第9話

 目を閉じるといつも、瞼にあの光景が浮かぶ。


 私の両親は比較的裕福な方だった。

 父と母はどちらとも企業に勤めており、共働きの家庭であった。

 だから特段、将来に困るって訳でもなかった。


 でも、裕福ではあったが両親の仲はいい方ではなかったと思う。

 どちらもとても不器用な人で、寡黙な人だった。

 たぶんそう言うので気が合って結婚したのだろうか?


 両親は不器用で、静かだったので互いに何を思ってるのか、とか何をしたい、だとか特に言う人じゃなかったからやがてすれ違ってしまったのだろう。

 いつも目を合わさないし、一緒にご飯を食べる事はなかった。


 でも、何故だろうか。

 私にだけは仲直りしたい、って言うのだ。

 本当に人間ってのはめんどくさい生き物である。

 そんな事を幼いながらに思った。


『あしたで10歳ね、祝わなくっちゃ』

『嬉しいよ、理音が生まれてきてくれたことが』


 今からちょうど15年前だろうか?

 私が10歳になる前日、それは起こった。


『逃げろ!理音!』

『私はここに残るから、理音だけは逃げて!』


 空が赤と黒の輪郭をなし、世界の終わりを成す。

 数々の魔物が湧き、世界はさながら地獄の様相だった。


 黒い光の柱が遥か先に伸びるなか、両親は私を置いて行ってしまった。

 両親が行った先に不気味な鎧を纏った石像が向かった。


 後に聞いたが、ダンジョンが出現したらしい。








 




「ねえ、君、お父さんとお母さんは?」


「・・・・・・居ません」


 寂れた公園で、そこら辺で拾ったボソボソのパンを齧っているとスーツ姿の男の人が話しかけてきた。

 

「駄目じゃないか。ダンジョン出現孤児は保護施設に行かなきゃ」


「・・・・・・嫌です」


「そう言っても、ねえ?どうやって生きてくの君」


 ああ、吐き気がする。

 気持ち悪い。

 もう何も失いたくないのに。

 そして、走り出す。


「ちょ!君!」


 後ろからさっきの人の声が聞こえて来た。

 でも、それでも脚は止めない。

 まあ、結局その後生きてけないって事で孤児院に入ることになったけど。







 

「D-18のボスって、ガーゴイルなの?」


「らしいよー」


 同じ孤児である佳が言った。

 孤児院に入ってからおおよそ5年が経過した頃、世間はダンジョン出現の悲劇なんてすぐに忘れてダンジョン攻略に沸き立っていた。

 曰く、ダンジョンから取れる未知の資源である魔石が石炭や石油に変わる新たなエネルギー源になるとの事。

 

 そして、ダンジョンブームというのは、配信という形となって孤児院にも広がり始めた。

 あの人面白いよー、だとかこの人凄いーなんて声が良く聞こえるようになった。


「ガーゴイル・・・・・・」


 そいつは両親を殺した魔物の名前だった。


 たぶん、その時だろう。

 自分が冒険者になろうと思ったのは。

 そして、D-18に潜ろうと思ったのは。






 当時はダンジョン法なんて決まってなかったし、ちゃんとしたルールなんて無かったものだから誰で私でも簡単にダンジョンに潜れた。

 子供だった私は当然装備を買うお金なんてなかったし、孤児院から勝手に持ってきた包丁でダンジョンに潜った。

 今振り返ると、大変危険な行為だと思う。


 でも、当時の私はどこにもぶつけようのない苛立ちをぶつけるために捌け口を見つけようとしていたのだろう。

 まあ、そんな訳でD-18に潜ったのだが・・・・・・死にかけた。

 今も残ってるこの左胸の傷はその時の物だ。


「えー、はい。今回は巷で話題のD-18を攻略していこうと思いまーす」


 仕方がないんで、攻略方法、というか戦い方を学ぶために”ねむれむ“なる当時一番有名だった配信者の配信を見てみることにしてみた。

 ちなみにこの時にどはまりしてファンになった。

 私と違ってキラキラしていたから。


 





 やがて、ダンジョン法が可決され、国営のギルドが作られる事になった。

 それに当たりギルド嬢が募集されたから、孤児院の友達と一緒に応募してみた。そうして私は職場を持つ様になった。








 人間の記憶は風化される、とは言ったものが実際そうだ。

 両親が死んだあの時の記憶はすでに薄れつつあり、私は職場を持ち、友達を持てる様になったし、推しも居るようになった。


 でも、それでもやっぱりトラウマというヤツは風化しないらしい。

 何かを失う事が怖くて怖くて仕方がない。

 もしもまた、友達が死んだり、離れていったりしたらどうしよう。

 職場から追い出されてしまったらどうしよう。

 そんな恐怖が胸の中を渦巻いてしまって、どうにかなってしまいそうだ。



「おえええ!」


 便座の前に跪き、黄色い吐瀉物を吐いた。

 

 あんな事、言わなきゃよかった。

 顔出しなんてしてしまったら、私の日常が壊れてしまう。

 職場から追い出されてしまうし、友達も離れてしまう。

 あの時の両親みたいに。

 

 

 ああ、気持ち悪い。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い

 

 


「・・・・・・・・・・・・・・・配信しなきゃ」


 

 こうなったのは私の責任だ。

 ちゃんと責任を全うしなきゃ。

 現実と向かい合わなければ。


 そう思い立ち上がったその時。





 ピンポーン





 玄関のチャイムが鳴った。

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