粛清者
イカクラゲ
第1話 粛清
トマスとダニエルは、息を切らしながら走った。
直線上に続くトンネルは、果てしなく長く感じられた。
出口の光は、大きくなっているのだろうか──そんな不安がトマスの胸いっぱいに支配する。
そんな不安を打ち消してくれるかのように、ダニエルはトマスの手を優しく包み込んだ。
「もうすぐ出口だ!がんばれ!」
「このトンネルを出られたら僕たち、やっと恋人になれるんだよね?」
トマスの問いに、ダニエルは「ああ」と力強く頷く。
「この国を出たら、俺たちは誰にも邪魔されない場所で暮らすんだ」
誰にも迫害されず、自由な地──トンネルの出口は、トマスにとって希望の光のように思えた。
二人がトンネルの出口に差し掛かろうという時、一つの人影がゆらりと現れた。
「──ッ!!」
出口の光に照らされ、その姿が二人の目に映り込む。
機能的ながらもシンプルな漆黒のコートジャケットを身に纏い、長く整えられた黒髪を揺らす女性。
彼らが最も会いたくなかった『粛清者』だ。
猟犬のような深紅色の瞳は二人を見据えると、ジャケットの内側に手を入れる。
「──トマス・マーフィー、ダニエル・ギブソン」
粛清者の女性は、淡々とした口調で名前を読み上げるように言うと、胸元から取り出した黒鉄色の短銃を二人に向ける。
「正常性規範法違反により──粛清する」
暗闇の中で、二つの銃声と火花が鳴り響く。
粛清者──セナは、足元を見下ろし、死体が二つ出来上がったことを確認すると、踵を返してトンネルを出る。出口の先にいる二人の仲間に「運べ」と告げる。
彼女と同じくコートジャケットを纏う彼らは死体を担ぎ上げ、小型トラック──焚火モービルの荷台に向かって放り投げる。
黒い車体の両側には大きな炎のマークが描かれていた。
モービルの荷台には、いずれもセナが粛清した人々や、押収した本の数々が積み上げられている。
セナは山積みの死体によじ登ると「出せ」と命令する。
二人はそれぞれ運転席と助手席に乗り込むと、モービルを走らせる。
不安定な荷台から、何度か死体がずり落ちそうになりながら、夜空の星を眺める。
彼らは反逆者のうちのほんの一部に過ぎず、この夜空に煌めく星のように散りばめられていることだろう。
国家の安泰のため、必ず全員粛清してやる──セナは奥歯を噛み締めた。
★
広場に着くと、モービルを停める。
セナは死体の山からひょいっと降りると、広場の光景を眺める。
広場には、モービルで運ばれてきた死体や本が山のように積まれていた。
モービルの荷台が浮き上がり、ばさばさとセナの作り上げた死体が転がされ、その上に大量の押収された本が投げ捨てられる。
そのいずれもが同性愛に関する書物、多様性を象徴する小説──全て焚書対象だ。
粛清者たちは、死体と禁書を取り囲うように並ぶと、一斉に黒鉄色の短銃──ガンフェルノを取り出す。
ブラックメタルと銀色のクロムの合金で作られ、煙突のような円筒形のバレルが特徴的な短銃は、焚書や反逆者の処刑の際に用いられる象徴的な武器となっている。
引き金の握られたガンフェルノは、竜が炎を吐くような強大な火力で本と死体の山をあっという間に炎で包み込む。
正常性規範法──同性愛、また文化的多様性を一切排除し、違反者は即座に処刑される。この法が制定されてから、三十年余りが経過した。
国家公務員『粛清者』を勤めるセナ自身もまた、正常性規範法を重んじるべく、法に逆らう者や先程の逃亡者を粛清して回っている。
ばちばちと肉を焦がす音が響く。すっかり嗅ぎ慣れた人体を燃やす激臭が鼻に入り込む。
どす黒い煙をあげながら死体と禁書の燃やされていく姿を、セナはただ立ち尽くし、眺めていた。
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