謎にもならない

万奈 樹

謎にもならない

「それで……どうだった? 御堂さん」

 高校から徒歩で約二十分ほどのファミレスの一角。

 僕こと杉崎優は、テーブルの向かいに座る人物にそう問いかけた。

「そうですねえ」

 首元で縛り、胸元に垂らした金髪が揺れる。その先では豊かな膨らみが制服を押し上げており、思わず目をそらしてしまった。そんな様子を見たからか、彼女はからかうように小さく笑う。

「結論から言うと、犯人は分かりました」

「ほ、本当?」

「言っては何ですが、素人の書いた推理小説ですよ? しかも執筆者はあなたの親愛なる同輩でしょう、杉崎くん」

「うう。面目ない……です」

 思わずかしこまって敬語になってしまう。冗談ですよ、と彼女はまた笑った。

 この金髪の少女は、名前を御堂アリシアと言う。僕と同学年の高校三年生だ。ついでに同じクラスだが、これまで数える程度しか話したことはない。

 彼女はうちの学校内では有名人だった。理由は大きく分けて二つ。まず一つは、彼女が『探偵助手』のバイトを行っているらしいということ。バイトと言えば気楽そうだが、探偵協会に属する探偵というのは警察の捜査の手助けなんかも行う職種だ。その助手ともなればそれなりの経験と実力が無いと務まらない。それを一介の女子高生が務めているとなれば、一度知れればたちまち校内で有名になるのも仕方のないことだろう。それが探偵助手にとってメリットになるのかは置いておくけど。

 だが、もう一つの理由は少々……いや、結構な問題だ。

 彼女が我が校で有名人であるもう一つの理由。それはまあ、単刀直入に言えば男癖が悪い、ということだった。

 少しでも自分に気があると思えば翌日には関係を持っているともっぱらの噂だ。実際、僕の友人にも彼女の毒牙にかかったのが数人いる。とても高校生のムーブとは思えない。

 ちなみに、その友人たちの話を聞くに『翌日には』というのは流石に尾ひれの付いた話のようだ。実際には目をつけられてから行為に至るまで一週間前後の時間を要する。うん、正直大差ないと思う。

 しかもこの人、更に厄介なことに彼女持ちの男子までお構いなしなので、もう色々とめちゃくちゃになるらしい。男子の方も断りなよと思うのだが、なにせこの容姿だ。艶やかな金髪、いかにもハーフらしいはっきりとした目鼻立ち、そして高校生にしては発育のよろしいバスト。思春期真っ盛りの男子高校生が逃れようとするには酷なのだろう……たぶん。幸いにも(?)僕には男としての魅力は無いようなので、彼女に狙われることも無かったが。

 では、そんな僕がなぜ彼女と二人きりでファミレスにいるのか。

 それはまさに彼女がたった今テーブルに置いた、この紙束に起因する一件のためだった。

「『ある研究所の殺人』……飾り気も色気も茶目っ気もないタイトルで逆に好感を持ってしまいました」

 ふふ、と御堂さんが微笑む。その笑みはなんとも上品で、それだけを見れば彼女が校内でサキュバスめいた存在として恐れられているとはとても思えない。

「まあ、仮決めだと思うし。会誌に載せる前に考えるつもりだったんじゃないかな」

「そういうものですか? わたしは執筆活動というのをしたことがないのでよく分かりませんが」

「少なくとも、なな……筆脇さんは、そういうタイプなんだ」

 危ない、いつもの癖で下の名前で呼ぶところだった……

「なるほど。筆脇奈々子さんはそういうタイプと」

 そう言って御堂さんは目を細めた。

 ……明らかに僕と奈々子の関係を把握している笑みだ。今のでバレたか、もしくは元々知っていたか。まあ、知られたところで大した問題ではない、と思う。うん。少し気恥ずかしいのでお互い校内では隠しているつもりだが。

 んんっ、と咳ばらいをして羞恥心を払いのける。

「……そう、その奈々子が文化祭で文芸部の会誌に載せる予定だった小説を、なぜか途中まで書いた状態で僕に渡してきて……それから様子が変になったんだ」

「筆脇さん、あからさまに杉崎くんを避けてますもんねえ。ちょっと見ただけで分かる程度には」

「まあ、その。不満を隠そうとしないタイプだから……」

 そう、ちょうど一週間ほど前、夏休みが明けてすぐのことである。

『これ。会誌に出す予定の作品。問題編のみ』

 僕たち文芸部の部室になっている文化棟三階奥。ちょうど部室に二人きりになったタイミングで、僕は文字がびっしりプリントされたこの紙束を、半ば突き出すようにして渡された。

『解答、考えてみて。それじゃ』

 奈々子は元々愛想の良い方ではない。というか真逆だ。大体はむすっとした顔をしていてクラスでは近づき難いと言われていることを知っている。僕はもう慣れたつもりでいるが。

 それにしたってあの日の奈々子はいつにも増してそっけなかった。僕に紙束を渡すなり、さっさとバッグを持って背をむける。彼女の黒縁メガネのレンズが夕日を反射して輝いた。そうして奈々子はさっさと部室から出て行ってしまったのだった。

 その紙束――『ある研究所の殺人』は、いわゆるミステリと呼ばれるものに類する作品なのだと思う。僕は奈々子に勧められたもの以外にあまりそういったジャンルを読まないし、ミステリというのはその定義自体が難しいものらしいので断言するのも憚られるが、あくまで僕の感想として、その小説はミステリだった。

 つまり、殺人が起きる。容疑者と手がかりが用意される。

 足りないのは答えのみ。つまり『解答編』だけだった。それは今のところ、奈々子の頭の中にしか存在しない。

「いただきます」

 御堂さんが頼んだのはこのファミレスで一番高いパフェだ。グラス型の容器の中に果物やクリームがこれでもかと詰め込まれている。それを一口すくい、口に含んだ。僕は大して空腹でもなかったので適当にコーラを注文していた。

「……さて、それでは本題に入りましょう。まずは一応、形式的な確認から」

 クラスメイトとはいえ、今の僕と御堂さんは依頼人と探偵(助手だが)の立場だ。互いの認識に相違ないよう、改めて依頼内容を確認するということなのだろう。

「杉崎くんからの依頼は筆脇さんに渡された小説、『ある研究所の殺人』の犯人を当てること……といっても答えは筆脇さんに訊くしかないので、より正確に言えば『犯人とされる人物の指摘、およびその理由を杉崎くんが納得いく形で説明できること』――間違いありませんね?」

「間違いありません」

 僕が頷くと、御堂さんはまた一口パフェをすくう。

「成功報酬で現金一万円。間違いありませんね?」

「間違いないです」

「よろしい」

 なんとも手慣れた雰囲気だ。日頃は探偵助手として働いている彼女にとって、書類の一枚すらやり取りしないため法的拘束力も発生しない僕との契約は学生同士の戯れのようなものに過ぎないのだろうが、こちらとしてはどうにも落ち着かない気分だった。

 バイトもしていない高校生にとって一万円は痛いが、小遣いの貯金がそこそこあるので出せない金額ではない。それより、このまま奈々子の作品が完成しないまま会誌に載らない方が嫌だった。

 会誌を販売する予定の文化祭まであと一週間を切っている。会誌を刷り始めないといけないギリギリの期間だ。

「しかしなんとも律儀ですよねえ。幽霊部員になった筆脇さんの代わりに小説を完成させようだなんて。本人の問題なんですし、放っておくこともできたでしょうに」

 僕に原稿を渡した翌日から奈々子は部室に来なくなった。そしてあからさまに僕を避けるようにも。理由は正直、まったく身に覚えがない。一つ確かなのは、このままだと奈々子の小説は完成せず、会誌に載せることもできないということだけ。

「……まあ、その。奈々子には解答を考えてみろって言われたわけだし……それに、かわいそうじゃないか。せっかく書いたものなんだから、できれば人の目に触れる場所に出してあげたい」

 と御託を並べてみたはいいが、要するに交際相手のために何かしらしてあげたい、彼氏としての矜持のようなものだった。

 奈々子本人にはとても解答を訊けるような状況ではないため、一応文芸部の皆にも読んでもらったのだが、納得のできる答えを出してくれるメンバーはいなかった。曰く、『ミステリは専門外だから……』とのこと。それを言うなら僕だってそうだ。うちの部でミステリ好きなのは奈々子だけなのだから。

 そうして刻一刻と迫る文化祭の開催日を前に焦っていた時、ふと思い浮かんだアイデアがあった。餅は餅屋。では推理は探偵に任せるのが適任なのではないか?

 ……認めよう。この時点で僕は焦りのあまりヤケになっていた。しかしそうやってダメ元で頼んでみた結果、意外にもあっさりと承諾され、御堂さんに奈々子の小説を渡したのがつい昨日の出来事。そして今日、こうして彼女から『結論』を伝えられようとしている、というのが今回のおおまかなあらましである。

「なんとも彼女さん想いのいい人ですね、杉崎くんは」

 大きな胸をテーブルに置くようにして、御堂さんは顔の前で手を組み、その上に顎を乗せるような姿勢を取った。その両目は僕の顔を真っすぐに見つめている。照れると同時に、なぜだろう、背中を嫌な汗が伝うのを感じた。

 この感覚を形容するのに相応しい言葉を探し、やがて『蛇に睨まれた蛙』という慣用句に辿り着いた。

 そして今更ながら、こうして御堂さんと二人で会うことは間違いだったかもしれないと感じた。もしこんなところを奈々子に見られでもしたら――いや、それこそ今更だ。それを警戒して奈々子の家とは逆側にあるこのファミレスを選んだのだし、リスクは低いはず。

 それより今は、この小説の解答編を作成する。そのことだけを考えよう。

 僕は姿勢を正し、御堂さんの視線に対抗するように真っ向から見つめ返した。

 御堂さんはにっこりと笑い、席を立って僕の隣へと移動してきた。しかも距離が近い。制服越しに御堂さんの体温を感じる。思わず鼓動が高鳴り、同時に奈々子への罪悪感で胸が痛んだ。別に浮気をしているわけでもないのに。

「では、おさらいがてら一緒に読んでいきましょうか。この未完の作品を」

 僕の動揺を楽しむような笑顔で、歌うようにそう言い――御堂さんは、紙束の一枚目をめくった。 


――――――


 その建物は高さ二十メートルはあろう背の高い壁に、何重にも囲まれていた。

 ゴォン、ゴォン、ゴォン。

 鈍い音を立てて通用口を開ける鉄の塊たち。日の光を鈍く照り返すそれらを何枚もくぐり抜け、ようやく最深部までやってきた。最後の壁が開く。

 そこには一人の男が立っていた。短髪、小太りの男。深緑色をしたよれよれのTシャツに濃紺のジーンズ、その上から白衣を羽織っている。

「……どちらさまっすか」

 男が面倒そうに言った。だが、その表情からは明らかな警戒心が見て取れる。

「はじめまして、天城と申します」

 とりあえず頭を下げ、それから身分証を提示した。多くを語らずとも、これで理解はしてくれるだろう。

 小太りの男は驚いたように眉を上げると、

「……『監査員』さまっすか。なるほど、ここの抜き打ち検査にいらしたワケだ」

「そういうことです。中に入れて頂けますね?」

「……そんなこと言って、どうせこっちにゃ拒否権が無いんでしょ? はいはい、分かりましたよ」

 どうやら口ぶりからしてあまり歓迎されてはいないようだ……まあ、当然のことだが。

「それじゃあ、案内をお願いしますよ。太田さん、でよろしかったですよね?」

「うす。……こちらが名乗るまでもないんすね」

「一応、資料に目を通して来ていますから。職員の皆さんの名前くらいは覚えています」

 興味の無さそうに頷いた太田は「どーぞ」と一言呟いてから、彼がやってきた壁の中へきびすを返した。僕もその後に続く。

 壁の中には建物が一つあった。高さ四、五メートルほどの、真っ白な建物。無味で簡素な印象のそれは、まるで病院のように偏執的な清潔さを感じさせた。ここから見える限りでは、この建物は二つの棟に分かれているようだった。


「――こら、チェロ! 待ちなさいって!」


「ん?」

 なにやら女性の声らしきものが聞こえてきた。見ると、建物の傍に二つの人影がある。一人は白衣を羽織った女性。もう一人は――子供だ。真っ白な肌に真っ白な髪をした子供が、建物を背にして女性に詰め寄られていた。

「チェロ、あなたはもう少し慎みというのを持ちなさい! いつも言っているでしょう!」

「ええー、やだよ! あんなうす暗い部屋にいつまでもいたら、気がヘンになっちゃいそうだもん……ほいっと!」

 ぐぐっと身を屈めた子供が、バネが弾けるように上方へ飛び上がった。そして――およそ五メートルの距離を垂直に飛んだ彼(彼女?)は、ふわりとした動きで屋上に着地した。

「こら、降りてきなさい!」

「そっちが上ってくればいいんじゃないのー?」

「できるワケないでしょ! はしたないことを言わないで!」

 女性の叫びに笑顔を返して、子供は僕たちの視界から消えてしまった。

「もうっ、あの子は! ……あっ」

 肩で息をしていた女性はそこでようやく、僕たちの存在に気付いたらしい。顔を赤らめ、手グシで長い髪をささっと整えてから、こっちへ歩いてきた。

「……すみません、お恥ずかしいところを。あの、太田さん、そちらの方は? お客様がいらっしゃる予定なんてあったかしら?」

「や、この人は……」

 太田が何か言う前に、さっきと同じように身分証を見せた。この方が話が早い。女性もすぐに悟ったようで、顔色が変わるのが分かった。

「……なるほど、監査にいらしたのですね」

「ええ、自分は天城と申します」

「細谷です。そちらの太田と共にここで働いています」

 細谷は線の細い女性だった。水色のYシャツに黒い短めのスカート、そして白衣。太田と同じく飾り気の無い格好だ。赤いフレームの眼鏡が唯一、ほんの少しの洒落っ気を感じさせた。

「では、細谷さん。不躾で申し訳ないのですが、もしかしてさっきの子供が、ここで研究されている……?」

「はい、お察しの通りですわ。あの子が『実験体』の片割れです」

 なるほど、アレが……見かけだけで言えば、至って普通の子供に見えたが。

「立ち話も何ですから、とりあえず中へどうぞ、天城さん。後であの子も迎えに行って、きちんとご紹介いたしますわ」

「ええ、お願いします」

 細谷に従い、建物の入り口へ向かう。そこには大きめのドアがあり、その脇にごく小さな端末が付いていた。そこへ細谷が、首から提げていたカードケースを押し付けると、ドアは静かに開いた。

「カードキーですか」

「まあ、割と機密性のある建物っすからね、部外者に簡単に入られても困るんすよ。天城さんも通ったでしょ? ここに来るまでに、あのずんぐりとした壁を、何枚も。まったく大げさっつーかなんつーか」

 後ろの太田がぼやくように言う。その言葉に細谷が噛み付いた。

「決して大げさではありません。ここは政府直轄の研究所。絶対に外部へ情報を漏らすワケにはいかないのです。太田さんはもう少し、その辺りのことを自覚されるべきだと以前から言っているでしょう」

「分かってますよ、んなコトは……」

 ……細谷の辟易とした感じを見る限り、この二人はいつもこんな感じなのだろう。どうやらこの太田という男は人格者とは言いがたいらしいが、その方がなんとなく研究者らしい気もする。彼がこの施設――政府直轄の研究所にいるのも、恐らくはその能力を買われてのことなのだろう。

 建物の中に入ると、廊下が左右に伸びていた。

「向かって左側が研究棟、右側が居住棟です。……どちらから見て回られますか」

 そう言った細谷の顔には、若干の緊張が浮かんでいるように思えた。まあ、彼女が置かれた立場を考えれば当然のことだろう。

 彼ら研究員のように、僕もまた政府の下で働く人間だ。仕事内容は様々だが、ここ一年ほどの僕に与えられている肩書きは『監査員』だった。これはまあ、ざっくりと言ってしまえば、『政府が抱える各種施設の内部で不審な動きが無いか調査する仕事』である。

 僕はこの施設の中で、政府の意向に背くような不正――例えばそれは研究成果の破棄や隠蔽だったり研究費用の横領だったりする――が行われていないか確かめなければならない。そしてその結果如何では、研究チームの解散やプロジェクトそのものの凍結もあり得る。細谷が警戒するのも詮無きことだろう。

「では左側――研究棟の方から」

 しかし、彼らと同じくこちらも仕事でここに来ているのだ。少しの間我慢してもらうしかない。『監査』を始めるべく、僕は廊下を進んでいった。


 左側の廊下の突き当たりにはドアが一つあった。カードリーダーにタッチし、細谷がドアを開ける。その先には開けた空間が広がっていた。入って右側に『研究室』と書かれたプレートが取り付けられた大きめのドアがある。前方には『資料室』、『医務室』、そして『倉庫』とそれぞれプレートに書かれたドアが並んでいた。ここからは見えないが、どうやら右手奥にはさらに廊下が続いているらしい。

「この『研究室』が最も使用頻度の高い部屋ですね。『あの子たち』に様々な実験を試み、その際の脳波や脈拍、筋肉の動き、そういったものを逐一記録し、彼らを『調整』するための部屋になります」

 なるほど。ならば僕としても、最も注意して調べなければならない部屋になるだろう。

「あちらの『医務室』や『資料室』は名前の通りです」

「『資料室』ですか。紙媒体の消えたこの時代に、わざわざ作る必要があるんですかね?」

 正直なところ、すべての資料をデータ化して利用するのがスタンダードな現代では必要のない部屋だと思うが。

「主任の趣味なんすよ。その辺、ちょっと古い人なんで」

「『主任』……中手川さん、ですか」

 事前に確認した資料によれば、歳若いこの二人と違い、このチームを率いる中手川博士は五十歳を超えるベテランのハズだ。

「『倉庫』というのは?」

「既に使わなくなった備品や工具などを放り込んでいる余り部屋です。必要が無ければ入られない方がよろしいかと思います」

「この前久々に入ったら、でっけえハシゴが倒れてきやがってね。かわそうとしたら足元の工具箱につまずいて、転んだ先にはノコギリが。間一髪でかわしましたけど、一歩間違えたら死んでましたねアレは。……監査員ってのは、ああいう部屋までチェックするもんなんすか? 細谷さんの言うとおり、中に入るのはオススメしないっすよ」

 と言われても、すべての部屋をチェックするのが僕の職務だ。倉庫を調べる際には細心の注意を払うことにしよう。

「ところで、『医務室』なんですが。確かあなた方二人は医師免許を持っていないのですよね」

「そっすね。免許持ってんのはウチの主任、中手川さんだけっす。だから俺たちとかガキどもが体調を崩した時はあの人に診てもらうことになってるんすよ」

 また『主任』だ。そういえば、まだ姿を見かけていないが……。

「中手川主任はどちらに? 居住棟の方でしょうか」

「いえ、主任は……」

「引きこもってるんすよ、いつも通り」

「太田さん。人聞きの悪い言い方をしないでもらえます?」

 ふい、と顔を逸らす太田。細谷女史も中々に苦労していそうだ。

「引きこもっている、とは?」

「ああいえ、その、主任はあまりご自身の研究室から出られないものでして」

「はあ、なるほど。ちなみにその研究室というのはどちらに?」

「この奥を進んだ所ですわ。ご案内いたします」

 正面右奥に進むとまた廊下が伸びており、その先にはもう一つ、開けた空間があった。廊下から見て右側に『娯楽室』と書かれたプレートがはめられた大きいドア。左側には小さな二つのドアが並んでおり、それぞれ『チェロヴェーク』『ジェーンシチナ』と書かれている。その名前には見覚えがあった。

「例の子供たち……実験体の双子の名前ですね」

「ええ。玄関前で天城さんも見られたあの子が『チェロ』の方です。『ジェーン』は……恐らく、部屋にいるんじゃないかと」

「彼らに話を聞くことは?」

「もちろん大丈夫ですが、どうせなら後ほど、二人が揃ってからの方がよろしいのでは」

「まあ、確かにそうですね。一度に済ませてしまったほうが時間の無駄になりませんし。では、そこの『娯楽室』というのは?」

「読んで字の如くです。あの子たちや職員が退屈しないように設けられている部屋ですわ」

「中に色々と遊べるものが置いてあるんすよ。トランプやチェスなんていう定番から、遠く各国から取り寄せたマイナーなボードゲームなんかまで揃ってますよ」

「長く施設を出ないで生活するのは、色々とストレスですから」

 確かに、こういった閉鎖空間で生活すると溜まってくるモノもあるだろう。この部屋が研究棟の方にあるのは、双子も利用するためだろうか。

「そして、その先が……」

 細谷がこの空間の最奥、『く』の字型に延びる廊下を指差して言った。

「中手川主任の研究室です」

「……中を見せていただくことは?」

「もちろん、監査員である天城さんが言うならば私たちに拒否権はありませんが……」

「なんせ偏屈なジイさんっすからねえ。見せてくれと言ったって、はいどうぞ、と行くかは保証できねえっすわ」

 太田の相変わらずの物言いに細谷が眉を寄せる。

「でしたらまあ、そちらは追々ということで」

「ご迷惑をおかけします……研究棟の概要は以上です。次は居住棟をご案内いたしますわ」

「ええ、お願いします……ん?」

 『ジェーンシチナ』と書かれていたドアを小さく開けて、そこからひょっこりと頭を出すようにしてこちらを覗く影があった。子供――小さな子供だ。その姿には見覚えがあった。この施設の入り口で見かけた、あの子供だった。

「ジェーン」

 細谷が声をかけると、ジェーンと呼ばれた子供は部屋の中へ頭を引っ込めてしまった。

「相変わらずっすね」

「もう。お兄さんとは正反対ね」

「あの子は外にいたハズでは?」

「いえ、外にいるのはお兄さん、チェロの方です。チェロが活発すぎるほど活発なのに対して、ジェーンは少し大人しすぎるきらいがありまして……」

「双子というのはそうも違った性格になるものなんですか」

「双子っつーか、同一の遺伝子情報から生み出されたクローン体っすね……や、それを双子っつーのか。はは」

 太田が笑う。

「同じ環境で育つのならばある程度性格も似そうに思いますが」

「確かに、生まれてからずっと同じ環境下で育ってきたにも関わらず、あそこまで正反対の性格になるのは珍しいケースかもしれませんね」

 人間の性格というのは遺伝などの先天的ものよりも生まれ育った環境による後天的なものに大きく影響を受けるという。まあ、そのあたりは僕の専門外なので、あまり説明されても分からないのだが。

「それじゃあ、居住棟へ行きましょうか」

 話も一区切りついた所で、今度こそ研究棟を後にし、居住棟へ向かった。


 玄関から入ってすぐの廊下から左右に伸びる道のうち、今度は右側へ進んだ。研究棟への入り口と同じく、居住棟への入り口にもやはり、カードリーダーの取り付けられたドアがあった。

 その先に開けた空間があり、ドアがいくつか並んでいるのも研究棟と同じだ。まず入って正面に並ぶ二つのドアにはそれぞれ、太田と細谷の名前が記してあった。

「私たちの私室です」

「あー、もしかしなくても、俺たちの部屋にもチェック入るんすかね?」

「すみませんが、そうなります」

「はぁ。プライバシーも何もあったもんじゃないっすね」

「日頃から片付けていないからそうなるんです」 

 澄ました顔で細谷が言う。さっきの双子の話じゃないが、この二人も随分と対照的な性格のように思った。

「……あれ、こっちの壁はガラス張りになっているんですね」

 見れば、研究棟へ向いている側の壁はガラス張りになっており、そこから陽の光が入り込んでいた。その向こうには青々とした木々が茂っている。

「中庭ですか?」

「はい。緑は心を落ち着かせますから」

 研究棟とこの居住棟に囲まれた中央部分は中庭として使われており、植物の世話はロボットによってオートメーション化されているらしい。植物に水をやる無骨なロボットがここからでも見えた。

 そういえば、この建物に来て初めて窓を見たかもしれない。少なくとも研究棟に窓は無かったように思う。少し気になったので細谷に聞いてみると、

「そうですね、確かに研究棟には無いですね。機密性を考慮してのものでしょうか? このガラスも対衝撃ガラスですし」

「対衝撃……」

「確か、対戦車ライフルでも壊せないとか」

「この御時世に対戦車も何もって感じっすけどねえ」

 コンコン、と拳でガラスを叩いてみる。確かに、普通のガラスとは素材が違うように思えた。

 中庭で数機のロボットがせわしなく動いている。あの中には掃除用のロボットなんかも混ざっていて、中庭に何か落としたりしていたら即座にアラームを鳴らして知らせてくれるらしい。しかし一際僕の目を引いたのは彼らではなく、中庭の中央にそびえる円柱状の建物だった。

「あれは?」

「主任の研究室です」

 すると、さっき扉の前まで行ったところか。研究棟の奥から伸びる廊下はあの中へ続いていたのだ。

「中庭にはどこから入るんですか? 入り口が見当たりませんが」

「奥からですね。こちらになります」

 左奥から更に続く廊下を進むと、また同じような空間に出る。こちらも壁の一面がガラス張りになっており、そこにはドアが付いていた。やはりここにもカードリーダーが付いている。なるほど、ここから中庭に出るワケだ。

 すぐ正面に『食堂』と書かれた一際大きなドア。中を見せてもらうと、広い部屋に長テーブルとイスがずらっと並んでいた。ただ、長い間使われていないようで所々が埃をかぶっている。部屋の一角には棚が並んでおり、中には食器類が収められていた。

 食堂の更に奥にある部屋は台所になっており、調理器具一式にコンロやオーブン、冷蔵庫などが揃えてあった。

「随分と多くのイスを用意しているんですね?」

「もっと大人数がここに詰める場合を想定しているんでしょう。今回のプロジェクトは少人数のものですので、正直持て余していますが」

「ああ、なるほど」

 食堂を出る。どうやらこれで施設の中身はすべてのようだ。なんの気なしにガラスの外を見ると、中庭にあの子供の姿があった。

「あ、チェロ! あんな所に!」

 細谷がドアを開けて中庭に出て、なにやらあの子供――チェロと話し始めた。

 ……?

 そういえばあの子供、どこからやってきたのだろう? 聞く限り、中庭へ続くドアはここだけのハズなのだが。少し気になり、

「あの子、どこから来たんですかね。僕たちが食堂にいる間にここのドアを通ったのでしょうか?」

 そう太田に聞いてみた。太田は軽くあくびをし、

「や、それは無いっすね。実験体にはカードキー持たせてないんで」

「そうなんですか?」

「下手にその辺ウロチョロされても困るっしょ?」

「まあ確かに。最悪、脱走なんかに繋がるかもしれませんしね」

「脱走防止の措置はしてありますけどね、一応」

 それは資料で読んだな。確か、

「彼らが着けてるあの首輪ですよね」

「ええ。天城さんもここに来るまでに通った、あのデカい壁あったでしょ? あそこから外に出た瞬間にセンサーが感知、首輪から麻酔薬が流し込まれるって寸法っす」

 むごい仕掛けのように思えるが、まあ、仕方の無いことなのだろう。それをとやかく言う資格は僕には無い。所詮は僕もこの研究者たちも等しく政府の犬、同じ穴のムジナなのだから。

「だから、チェロは上から来たんでしょうね」

「上?」

「だから、上っすよ。建物の上から。アイツが屋上まで飛んだの、天城さんも見たでしょ」 

 なるほど、確かにちょっと考えれば分かることだった。チェロは屋上から中庭に飛び降りてきたのだ。

 太田と話していると、細谷がドアを開けて戻ってきた。傍らには白い肌の子供――チェロを連れている。

「しらない人だ! お兄さん、だれ?」

 チェロが僕を見上げるようにして聞いてきた。「チェロ、失礼でしょ」と細谷が注意する。

「はじめまして、チェロヴェーク。僕は天城といって、ちょっとこの建物を見学しに来たんだ」

「ふーん? こんなとこ、べつに見るものもないと思うけどなあ」

 チェロは大きく首をかしげ、

「まあいいや、あそんでよ! むこうにぼくの弟もいるからさ!」

「こら、天城さんは忙しいの。あまり困らせては駄目よ」

「まあまあ、細谷さん。どうせ弟くんにも会わなきゃいけないんですし、とりあえずジェーンシチナの部屋まで行かせてもらっていいですか?」

「……そうですね。分かりました」

 こうして四人組になった僕たちは研究棟に戻ることにした。


 ――十分ほど経って、僕たちは研究棟の『研究室』を訪れていた。

 目の前には二人の少年。チェロとジェーンが仲良さそうに話している。

 二人はまったくの瓜二つだった。太田の言う通りクローン体なので当然ではあるのだが、こうして目の前にしてみると何とも不思議な感覚だ。

 歳は十歳前後くらいに見えるが、実際は誕生から五年ほどしか経っていないらしい。真っ白な肌に真っ白な髪。人形と見紛うほど精巧なパーツで構成された顔は美しく、また中性的だ。初見の人ならば彼らが少女だと言われても信じてしまうだろう。二人とも入院患者が着るような簡易な作りの衣服――患者衣と言うのだったか――に身を包んでおり、首には例の首輪がはめられていた。

 さて、僕はこれから各部屋を色々と調べなくてはならないワケだが、折角双子が目の前にいるのだ。先にやれることはやってしまおう。

「細谷さん」

「はい、なんでしょう?」

「その……彼らの服を脱がしてもらいたいのですが。ああいや、変な意味ではなく、例えば虐待の痕なんかが無いかを確かめる必要があるので」

 この双子の扱いは『政府の抱える備品』だ。故に彼らへの過度な傷害行為などあってはならない。もちろん、そもそも虐待などという人道に悖る行為が許されていいハズもないのだが。

「……そうですね、分かりました」

 細谷は心外だとでも言いたそうに一瞬眉を寄せたが、そう言って頷くと双子へ何かしら言葉をかけた。双子がそれを聞き、片方は元気に返事を返し、片方は小さく頷いた。そして二人は僕の方にテクテクと寄ってくる。

「あまぎ、ぼくたちのハダカが見たいんだって?」

「……ふじゅん?」

 前者がチェロ、後者がジェーンの言葉だ。細谷はどんな説明をしたのだろうか。いや、別に間違ってはないんだが、ニュアンス的に、こう……

「……ちょっとした確認なんだ、断じて不純な動機じゃない。すまないけど、服を脱いでもらっていいかな?」

「しかたないなー」

「……ハダカのつきあい」

 言うや否や、双子はあっさりと服を脱ぎ捨て全裸になってしまった。

 ――美しい。それが、まず頭に浮かんだ言葉だった。

 胸部から腹部へのラインは白桃のようにつややかで瑞々しい。細くしなやかな手足は掴めばたちまち折れてしまいそうだ。二人の身体はまるで、一対となって完成する一つの芸術作品のように思えた。

「見すぎだぞ、あまぎ」

「……すけべ」

「……はっ」

 我に返って慌てて取り繕おうとする。

「い、いや、違うんだ! これは、その」

 しかし言葉は続かなかった。それはそうだ、何も違わないのだから。僕は今、間違いなくこの子供達の裸体に見蕩れていた。だが、欲情まではしていなかったと信じたい。僕は至ってノーマルのハズだ。少なくともこれまでの人生で幼い少年少女に性的な興奮を覚えたことは一度もない。

「すまない、もう服を着ていいから」

 虐待などの痕が無いのは痛いほどよく分かった。チェロの手足にはあちこちに小さな生傷が見られたが、それは活発な彼が施設の方々で遊びまわってる間に自然にできたものであるらしい。僕が逃げるように離れると、チェロからすけべー、すけべーと煽られた。それに言い返す資格は僕にはなかった。

「いやあ、そう気を落とさずに。分かるっすよ、天城さんの気持ちは」

「……太田さん?」

 我がことながら思わぬ感情の発露に肩を落としていると、太田が笑みを浮かべながら僕の肩に手を置いてきた。

「分かる分かる、よく分かる。なんせありゃあ掛け値なしに美しい。これからの人類のスタンダード……言わば超人類なんすからね」

「超人類……」

 ――それが彼ら双子に付けられた肩書き。人類を超えた者たち。資料に目を通すことで、多少の理解はしてきたつもりだ。

「遺伝子操作による人類を超えた人類の誕生、ですか」

「ええ。これからの世界、人類は更なる『外の世界』への進出を余儀なくされる。そのためには根本から変えていかなくちゃダメなんすよ」

 太田は薄ら寒い笑顔のまま、無邪気にじゃれ合っている双子を指差した。

「まだ成功例は少ないっすけど、あいつらのような存在を量産できれば、人類は更なる高みを目指すことができる」

「……確か彼らのような『成功例』が生まれるまでに随分と多くの犠牲があったと資料に書いてありましたね」

「仕方のないことなんすよ。あいつらの存在が奇跡みたいなもんなんすから」

 ……太田の言う『高み』を目指すためには、人の命など階梯に過ぎない、か。あるいは科学というのは本質的にそういうものなのだろうか。

「……あの子たちはそれぞれ、身体能力の強化と知能の強化に成功した例だそうですが」

「ええ。姿かたちこそ可愛らしい子供っすが、騙されちゃあいけない。あいつらは化け物っすよ。例えば筋力強化された実験体は腹を空かせた猛獣と素手でやりあえる……データ上ではね。しかも身体強化ってのは単純な筋力の強化だけじゃない、五感まで含めての強化なんすよ。例えば三キロ離れた山の中にいるパンダの柄を目で捉えたり、数リットルの水をひと舐めするだけで、塩が何粒溶けているかを当てられるとかね。一方、知能を強化された実験体は誕生から一年の時点で『ポアンカレ予想』を解いちまった。どうです、とんでもないと思わないっすか?」

 『ポアンカレ予想』というのは確か、かつて『ミレニアム懸賞問題』と呼ばれ、どこぞの研究機関が懸賞金をかけていた数学上の難問だったか。それを生まれてわずか一年で? 確かに化け物じみているが……しかし、

「それならわざわざ二人に分けずとも、筋力と知能を同時に強化した実験体を作ればいいのでは?」

「もう試しましたよ。ただ、やっぱ人間の持てる能力には限度があるらしい。そういう『欲張った』実験体はすぐに衰弱して死んじまいました。天城さんも言ったでしょ、あいつらは『成功例』なんだって」

 太田が笑う。なるほど。この太田という男は……いや、きっと太田だけでなく細谷も、その性根はマッドサイエンティストなのだ。そうじゃなければ、こんな恐ろしい笑みなど浮かべられるハズがない。

 一方で双子はどこまでも無邪気だ。彼らの屈託の無い笑顔は、僕の隣にいる男のそれと比べて汚れが無さ過ぎた。

 僕にはなんだか、この施設自体が酷く不格好で醜いものに思えてしまった。それはあまりに意味のない感傷だった。彼らの関係がどう歪んでようが、僕にはまったく関係ないのだから。

「……では、私は席を外させていただきます。そろそろ夕飯の支度をしなければならないので」

 双子に服を着せ直していた細谷が立ち上がって言った。

「あれ、ここの食事は細谷さんが作っているんですか?」

「太田が料理のできる男に見えます?」

 ……それはまあ、うん。

「今日の献立はなんすか?」

 自分への非難はどこ吹く風といった感じで太田が言った。

「ごはんー!」

「……ごはん」

 チェロは両手を挙げ、ジェーンはおずおずと体を揺らし、共に目を輝かせた。

「フレンチにしようかと思ってます。具体的な献立はこれから……まあ、今日はお客様もいるので、そう粗末なものにはならないかと思いますわ」

「僕の分も作ってもらえるのですか?」

 抜き打ちでの来訪だった上、既にここでやるべきことは済ませたのだ。その上食事まで頂くのは気が引ける。そう言ったのだが、

「折角ですし食べていかれて下さい。この子たちも、たまには私たち以外の人と食事がしたいでしょうし」

「そーだぞあまぎ、もっとゆっくりしていけ」

「……ほそやの『ふれんち』は、おいしいよ」

 双子が頷いた。どうやらそれなりに懐かれてはいるようだ。こう言われてしまっては、無下に断るのも失礼に思えた。

「でしたら、ご相伴に預からせて頂きます」

「はい。では少しお時間を頂きますね」

 軽く微笑み、細谷は研究室を後にした。


 それから僕は施設のすべての部屋――中手川主任の研究室を除いてだ――を回り、己の職務を全うした。カードキーを持つ太田には同伴してもらい、双子には娯楽室に残ってもらった。

 ここの研究員たちが政府へ送ってきている各種データと、施設内部の実態との擦り合わせ。不当な額の研究費を申請していないか。研究成果を改ざんし、自分たちに都合がいいデータをでっちあげていないか。そういった諸々の確認だ。

 とりあえずの結果はシロ。どの部屋からも、違和感のある物は何も見つからなかった。『とりあえず』と言ったのは、結局中手川主任の研究室は調べさせてもらえなかったためだ。だが、この分だとシロの判定がひっくり返るような何かがあるとも思えなかった。

 この研究所にやましいところは何もない……むしろ、その研究内容そのものが最もやましい部分かもしれなかった。だが、それは政府の意向だ。例えそれが人体実験だったとしても、彼らが白と言えばそれは白なのだ。


 調査を終えた僕は、太田、チェロ、ジェーンと共に娯楽室にいた。気付けば随分と時間が経っていた。

 チェス、将棋、トランプといった親しみ深いものから、聞いたことのないものまで、娯楽室にはありとあらゆるボードゲームが揃っていた。というより、ボードゲームしかなかった。

「はい、ぼくたちの勝ち~」

「……あまぎ。もしかして……よわい?」

 僕が弱いんじゃなくて君たちが強すぎるんだ。そう突っ込みたかったが口には出さなかった。なにせかつての世界的難問を生後一年で解くような頭脳が相手側にいるのだ、勝てるハズがない。

「僕はやったことないゲームなんだから、そりゃ君たちに一日の長があるってもんだろう。たかだか数戦で強い弱いと断じるのは早計じゃないかい」

「「ふふふ」」

 二人が微笑む。屈託のない笑みだ。引っ込み思案のジェーンも僕という異邦人に多少は慣れたのか、さっきまでよりも表情が柔らかくなっていた。

 ふと見ると、太田はテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。あれで色々と疲れを溜めているのかもしれない。毛布でも持ってきてやるべきかと考えたところで、

「お待たせしました、食事の準備ができましたよ」

 娯楽室に細谷が入ってきた。わーい、と双子が彼女の方へ駆け寄る。

「太田さん。食事ができたみたいですよ、行きましょう」

「うーん……」

 寝ぼけ眼を擦る太田を立たせ、娯楽室を出る。そのまま全員で居住棟にある食堂へと向かった。

「それじゃあ、二人には食器の準備をしてもらっていいかしら?」

「はーい!」

「……わかった」

 返事をするなり、双子はパタパタと動き始めた。二人ともかなり腹を空かしているらしく、早く食事にありつきたいという思いが透けて見えるようだ。ああいう欲望に忠実なところは子供の特権であるように思えた。

 食堂の棚に並んでいる皿はすべて簡素なデザインで、サイズだけが違う物だった。チェロがそれらをグワッと一気に何十枚も重ね持った。ジェーンはその横で、人数分の箸とコップをテーブルの上に並べている。食器の山を揺らしながら、チェロが器用に片足で台所への扉を開けた。次いで、ふわりと食欲をそそるいい匂いが台所から漂ってきた。細谷もチェロの後に続いて台所の中へ。僕と太田はとりあえず着席し、食事の用意ができるのを待つことにした。

 数分後、僕の目の前には温かそうな和膳が並べられていた。焼き魚に白米、お吸い物、エビや山菜の天ぷらまである。

「すみません、フレンチに使えそうな食材を切らしていることを失念しておりまして……和食なら作れそうだったので」

 先ほどの部屋検査で念のため台所を見回ったときにも謝られたのだが、そういうことらしい。

「いいっすよ細谷さん。食えればなんでも。ねえ?」

「……」

 細谷の冷たい視線を無視して、太田が箸に手を伸ばそうとした。その瞬間、食堂のドアが開き、見知らぬ人影が姿を現した。

「あれ、主任? 出てきたんすね」

「私が呼んでおいたのよ」

 主任? では、この人がこのチームのリーダー……中手川博士その人なのか。

 まだ五十台のはずだが、その頭髪は白く染まりきっている。黒のニットに身を包み、その上からやはり白衣を羽織っていた。小さな丸眼鏡の奥に静かな鋭さをたたえた両目が光っている。実年齢よりも老けて見えるが、しかし枯れるなどといった言葉とは程遠い覇気を感じさせる、不思議な雰囲気の持ち主だった。あえて例えるなら、千年以上の樹齢を重ねた老木……とでも言ったところだろうか?

「はじめまして、中手川主任。私は」

「細谷から話は聞いている。天城くん、だったか」

「……はい、不躾な訪問をお詫びします。しかし事前に訪問日を伝えると、その。万が一にも本部に連絡すべき問題が見つかった場合、証拠を隠蔽される恐れがあったので」

「分かっている、監査とはそういうものだ。元よりこちらに見られて困るものなど無い、存分に調べるがいい」

「申し訳ありません。でしたら、中手川主任の研究室に立ち入る許可を頂けませんでしょうか」

「……あまり長居はしてもらいたくないが」

「心得ています。そうお時間は取らせませんので」

「……分かった。後で来るといい」

「ありがとうございます」

 ふう、よかった。これで後は主任の部屋を調べれば、僕のここでの仕事は終了だ。

 しかし、なんとも妙な威圧感のある人だ。僕も一応、そこそこの経験は積んできたつもりだったが、それでも中手川の前ではどこか萎縮してしまう。これからこの人と共に食卓を囲むのだと思うと、失礼ではあるが、少々気が重く――

「じっちゃん!」

「……じぃじ」

 と、双子が中手川に飛びついた。チェロは激しく、ジェーンは寄り添うように、中手川の老体に抱きついている。

 ちょっと待て、そんなことをして大丈夫なのか? ただでさえ気難しそうにみえる老人なのに。

 心配する僕の前で、中手川は鷹揚な動きで足元の双子を見下ろした。そして、

「ふぉぉ~、お前たち! 元気にしておったか~?」

 ……満面の笑みを浮かべた。

「うん! じっちゃんこそ元気だったか? ここ何日かみてなかったから、しんぱいしてたぞ」

「……おつとめも、ほどほどに」

「すまんのぉ、ちと片付けなければならんデータがあってじゃなぁ。お前たちは身長が伸びたのではないか? ん?」

「そんなかんたんに伸びないって」

「……せっかち」

「いやいや、子供の成長とは早いものじゃからな! ちょっと見ない間に別人のようになってしまう! 私の甥なんてな――」

 カッカと豪快に笑い、そこで中手川は僕の存在を思い出したらしい。双子たちの頭を撫でていた手をおもむろに口元に持っていき、背筋を伸ばして、

「――おっほん!」

 大きく咳払いした。

「……では食事にしようか。天城くん、君も食べていくのだろう。細谷の料理の腕は確かだ、きっと口に合うだろう」

「……あ、はい。いただきます」

 どうやら今の一幕は無かったことにするらしい。一見したイメージと違い、中手川は子煩悩な人のようだった。


 確かに細谷の料理は素晴らしいものだった。僕たちは料理に舌鼓を打ちつつ談笑を……というよりは、双子と談笑する老人を穏やかに眺めながら、平和な時間を過ごした。

 そうして夕食も終わり、僕はチェロ、ジェーン、太田、中手川主任たちと共に研究棟へ戻った。細谷は付いてこなかった。食事の後片付けがあるとのことだ。

研究棟の最奥、カードリーダー付きのドアを主任が開く。

 中庭から見た、あの円柱状の建物。その中身はまるで図書館のようだった。天井までは高く、目測で二十メートル程はある。円状の壁を這うように螺旋階段が取り付けられており、大体五メートル程度ずつを区切りに足場がぐるりと作られ、そこを本で一杯になった棚が囲んでいた。

「書物がお好きなんですか? もう紙の本なんて絶滅したかと思っていましたが」

「古い人間だと思われるかもしれんが、あの手触りがないと落ち着かなくてな」

 その感覚は僕には分からなかった。この部屋の中の書物だって、データ化してしまえば携帯端末一つのサイズに圧縮できてしまう。そっちの方が便利なのは明らかだと思うのだが……まあ、そこは感性の違いというヤツなのだろう。

 ドアから入って正面には大きなデスクがあり、そこもやはり書物で埋め尽くされんばかりだった。

 やけに圧迫感のある部屋だ。そう思ったのはやはり、見上げる限り頭上に広がる書物の量によるものなのだろうが、それともう一つ――

「……窓はあれ一つだけなんですか?」

 頭上の最初のフロア、高さ五メートル付近の部分に、直径二メートルはあろう大きな窓が一つある以外に、この部屋に窓は見られなかった。

「うむ。あまり窓を多くすると日光で書物が痛むからな」

「はあ、そういうものですか」

 それならやはり、データ化した方が便利だと思うのだが。

「そんなことより、部屋を検めるのだろう? 私は外にいた方がいいかね?」

「いえ、そこにいてくださって大丈夫です。……不審な動きさえされなければ」

「ではデスクで待たせてもらおう。実のところ、まだ作業が残っていてな」

 そうして僕はこの日最後の仕事を始めた。

 

 やはり、特に怪しい所もない。この施設は至ってクリーンだ。調査の結果、僕はそう結論付け、ようやくすべてのタスクを終えることができた。とりあえずその旨を、ここの責任者である中手川主任に伝える。

「そうか。まあ当然だがな」

「突然の訪問、重ね重ねお詫びします。その上食事まで頂いて……普通、もっと邪険に扱われるものなんですけどね。監査員っていうのは」

「ふむ、まあそうだろうな。私たちのような人種は腹の内をあれこれ探られるのが大嫌いだからな」

「ははは……」

 中手川は部屋で作業を続けるらしい。カードキーでドアを開けてもらい、僕だけ外に出る。ドアが閉まる前に振り返り、もう一度礼を言った。

「失礼します。本日はありがとうございました」

 ドアが閉まる。さて、他の職員たちと双子にも挨拶をして、この研究所を去ることにしよう。

 

 中手川の部屋を出てすぐに、軽く伸びをした。少し疲れが出てきているようだ、じわじわと頭の奥から湧いてくるような眠気を感じた。

 そうして娯楽室の前を通りかかった時、中から出てきた太田に呼び止められた。 

「天城さん、こいつらの相手してやって下さいよ。俺はもう疲れたっす」

 太田が娯楽室の中を指差す。ああ、双子と遊んでいたのか。確かにボードゲームしか置いていないこの娯楽室はあの双子の独壇場だ。なにせ向こうには知能強化を施された子供がいるのだ、普通の人間には勝ちようがない。

「もうそろそろお暇しようかと思っていたところなんですが」

「この後、何か予定あるんすか?」

「いえ、特には……」

「じゃーいいでしょ、もう少しくらい」

 正直、早いとこ家に帰って休みたいのだが……まあ、郷に入ってはなんとやらか。夕飯の礼と言うのも何だが、少しの間遊び相手になるくらいならいいかもしれない。

「分かりました、少しなら」

「どもっす。んじゃ俺、向こう行ってるんで」

 言うなり、太田はさっさと歩いて行ってしまった。相変わらずの態度だ。

「あまぎ! しょうぶしよう!」

「……これ」

 ジェーンが差し出してきたのは『ダンジョンクエスト クラシック』と書かれた大きめの箱だった。

 中には折りたたまれたボードと、いくつかのコマ、それに大量の小さなカード。それをテーブルに広げながら、ジェーンがルールを説明してくれた。

 プレイヤーはドラゴンの眠るダンジョンに潜り、決められた日数が経過するまでに他のプレイヤーより多くの宝物を持ち帰ってくることが目的となる。ただし、基本的に脆弱なプレイヤー側のキャラクターは運が悪いと速攻でリタイアする羽目になるらしい。

「……だから、てったいするタイミングの見きわめがだいじ」

「なるほど、ルールは大体分かったよ」

「んじゃ、スタートな!」

 各自のキャラクターと順番を決め、ダイスを振る。パネルをめくる。……なんだろう、この不吉なドクロマークは?

「……あ、ワナだ」

「いいぞー、あまぎ! ほら、そこのワナカードから一枚ひくんだよ」

「あ、ああ」

 カードをめくる。ギロチンの絵が描いてあった。効果は……『プレイヤーは死亡する』?

「そくしだー!」

「……もってるね、あまぎ」

 双子が大笑いする。……あれ? 僕、これでリタイアか? ちょっと待ってほしい。

「こんなの完全に運じゃないか?」

「そうだよ、運ゲーってやつだな!」

「……この方が、差がなくていいとおもった」

 まあ、確かにそうかもしれないが。こうも早く死んでしまうんじゃ意味がないような……

 双子がワイワイと続きをプレイし始める。僕はしばらくそれを眺めていたが、即死した僕とは対照的に、双子のキャラクターは一向に死ぬ気配がない。どうやら二人とも中々の幸運を持っているようだった。

 ……いけない。眠気がどんどん強くなっている。

 元々の疲れに加え、まだ変声期を迎えていない双子の高い声は妙に心地よく耳に響いた。まぶたが勝手に閉じていくのを懸命にこらえる。

 駄目だ、眠い……

 ……

 ………………


「……はっ」

 い、いけない、眠ってしまっていた。

 テーブルに広げられていたボードゲームも、双子も、きれいさっぱり消えていた。……どれくらい眠っていたのだろう? 携帯端末を取り出し、時間を確認してみる。夕食から四時間ほど経過している。ということは、娯楽室では二時間ばかり寝こけてしまった計算になる。

「あー、おきてる」

「……おはよう」

 双子が娯楽室に入ってきた。

「きづいたら寝てるからびっくりしたぞ」

「……おつかれ?」

「いやぁ、まあ」

 こんな子供たちの前で寝落ちをかましたバツの悪さで、思わず目を逸らしてしまった。

 思っていたよりずっと疲れが溜まっていたようだ。これはもう、一刻も早く家に戻るべきだろう。まだ眠気の残る頭を軽く叩きながらそう考えた、その時だった。


 ビー、ビー‼


 耳をつんざくようなブザー音が響いた。

「これって……」

「かさいけいほう……?」

 ――火災警報?

 すると、施設のどこかで火の手が? と、とにかく外に出なければ――!

 そう思った瞬間、ジェーンがハッとした顔で呟いた。

「……じぃじ!」

 ジェーンは部屋を飛び出し、中手川の研究室に向けて一目散に走っていった。僕とチェロも慌ててジェーンの後に続く。

『中手川主任の部屋にて 火災発生 中手川主任の部屋にて 火災発生』

 合成音声のアナウンスが施設中に響いた。

 中手川の部屋の前に着くと、確かに火災はこの中で発生しているらしいことが分かった。なぜならドアの隙間から黒い煙がもうもうと漏れ出していたからだ。

 ――中手川はまだ中にいるのか? 可能性は否定できない。僕は扉を叩き、声を張り上げた。

「中手川さんッ! 聞こえますか、返事をして下さいッ!」

 しかし返事はない。もうとっくに逃げているのか、それとも――

「どけ、あまぎッ!」

 耳をつんざくような甲高い声に打たれ、慌てて脇に避ける。

 ズドン、と音がした。これまでに聞いたこともないような鈍く鮮烈な音。情けないことに、それが鉄製の扉が蹴破られた音なのだと気付くまでに随分と時間がかかった。

「じっちゃん‼」

「……じぃじ‼」

 二つの白い影が同時に部屋の中へ飛び込んでいった。しかし、あの新品のキャンバスのように真っ白な足の一体どこにあんな怪力が宿っているのか……僕は改めて目の前の双子が人間を超えたモノなのだと実感していた。

 スプリンクラーが作動し、部屋の中は炎と水と煙で混沌としている。その部屋の中心で、中手川は仰向けになって倒れていた。その胸の中心には深々と刃物が突き刺さっている。中手川が既に事切れているのは誰の目から見ても明らかだった。双子が駆け寄り、慌てて抱き起こしたが、やはり中手川が再び動くことはなかった。

「――あなたたち、何してるの! 早く非難を……ッ⁉」

「――しゅ、主任⁉ こりゃあ一体……」

 背後から細谷と太田の声がした。どうやら中手川の身を案じてここまで来たらしい。

 そうだ、スプリンクラーが作動しているとはいえ、この部屋はまだ炎に包まれている状態だ。一刻も早くここから出なければ僕たちの身も危ない……!

「チェロ、ジェーン! ここは危険だ!」

「やだぁ! じっちゃん‼」

「……じぃじ‼」

「いいから来なさい! 死にたいの⁉」 

 細谷さんと共に必死に説得し、なんとか火に巻かれる前に部屋の外に出ることができた。僕たちとすれ違うようにロボットが集まってきて、中手川の部屋へ向けて消火用の液体を噴射する。

 数分後、なんとか火は収まった。しかし、中手川が集めていた書物のほとんどは焼失してしまったようだった。


 ――あれから三十分ほど経っただろうか。僕は施設の入り口で細谷たちを待っていた。真上から降り注ぐ日光がやけに眩しい。

と、ちょうど細谷と太田がやってきた。

「警察には通報したっす」

「そうですか……あの子たちは?」

「主任に懐いていましたから……相当ショックだったようで、今は誰にも会いたくないと」

 それも仕方のないことだろう。火に包まれた部屋に迷うことなく飛び込んでいったのだ、よほどあの老人が好きだったに違いない。

 だからこそショックも大きいだろう。なにせ、中手川は間違いなく何者かに『殺害』されたのだから。

 しかも、恐ろしいことに犯人は『僕たちの中』にいるのだ。この施設に外部からの侵入者はありえない。研究所の周りは何枚もの鋼鉄の壁で守られており、ここ数日間でそこを通ったのはデータ上では僕だけ。何者かが壁を乗り越えて侵入しようとしたら防犯センサーに引っかかっているハズだが、それも無かった。

 更に、殺害時刻もある程度は絞り込める。それはつまり、夕食後、僕が主任の部屋を出てからあのブザーが鳴るまでのおよそ二時間と少し。その間に主任は殺され、恐らくその犯人によって部屋に火を放たれたのだ。

 話を聞く限り、施設の中の誰にもアリバイは無いらしかった。まず太田は娯楽室を出た後、資料室で研究に使う資料の整理をしていた。細谷は台所で夕食の後片付けをした後、自室に戻ったらしい。双子は僕が寝落ちした後は彼らの部屋で一緒に遊んでいたらしいが、いくらでも互いをかばった偽証ができる関係である以上、アリバイとは言えないだろう。

「……? 天城さん、その手に持ってる端末は?」

「ああ、これは……夕食食べ終えてすぐから火災警報のブザーが鳴るまでに、各カードリーダーが作動した回数の記録を映したものです。すみませんが、監査員の権限で見せてもらっています。犯人特定の鍵になれば、と思いましてね」

カードリーダーの作動。つまり、ドアが開いた回数の記録だ。

そこにはこのような内容が表示されていた。


玄関ドア:開閉記録なし

玄関→居住棟ドア:一回

玄関→研究棟ドア:一回

研究棟→中手川室ドア:二回

居住棟→中庭ドア:二回


「ちなみにですが、これは確かな情報ということでいいんですよね? 犯人によって改ざんされている可能性は……」

「それは無いっすね。内部の人間でもこういったデータは書き換えられないようになってるっす」

「書き換えられるようなデータじゃ防犯になりませんからね」

 太田と細谷が答える。

 ということは……きっと、犯人はあの人だ。しかし、なぜ?

 僕は混乱しながら、犯人の名を口にした――


――――――


 以上が奈々子の書いた『問題編』だ。

 最後のページに目を通した御堂さんは再度立ち上がり、元の席へ戻る。助かった。再び向かい合う形になり、再度御堂さんがパフェに口を付けた。もぐもぐと咀嚼し、満足そうに嚥下する。

「……さて、杉崎くん。まず大前提として、わたしたちはこのお話を『解けるモノ』だと決め付けて考えなければなりません。ちゃんと合理的な解答があり、突き詰めて考えれば犯人が分かる、そういうお話だと」

「まあ、そうだね。奈々子本人が『問題編』だって言ってたし」

 御堂さんが頷いた。

「ではまず、このお話で真っ先に考えなければならないのはどの部分だと思いますか?」

 どの部分、か。また随分と抽象的な問いだけど……

「ええと。何はともあれ、まず犯人じゃないかな? それが分からないことには解答編だって書きようがないし」

「それはもちろん、『犯人が誰か?』というのはこういった犯人当てにとって至上命題ですが。そこに至るまでの段階もまた必要なものですよ。つまりですね、わたしが言いたいのはいわゆる『5W1H』というヤツです」

 というと、

「『いつ(WHEN)、どこで(WHERE)、だれが(WHO)、何を(WHAT)、どうして(WHY)、どうやって(HOW)』だっけ。奈々子が話してたような」

「ええ。まずはこのお話がどこに主題を置いているのかを考えることが重要ですね」

 なるほど、そういうものなのだろうか。

「この小説の場合は……少なくとも動機、つまり『WHY』は問題にならないよね。この研究員たちは中手川をどう思ってるのかあまり描写されてないし、双子は懐いていたようだけど、動機なんて後からいくらでも出てきそうだ」

「ええ。まあ結論から言うと、この小説で問題になるのは『HOW』一点です」

 HOW。つまり犯人が『どうやって』中手川を殺したのか、だ。

「一見すると夕食後から死体発見までの間に中手川さんを殺すのは、施設にいたどの人物にも不可能なんですよ。お話の最後に開示された、『カードリーダーの作動数』、これが問題です。順を追って考えてみましょう」

 御堂さんがバッグからメモ帳を取り出す。有名なメーカーの売っているごく一般的な、飾り気のないメモ帳だった。その一枚を破り、次いで取り出したペンで見取り図のようなものを描いていく。玄関、研究棟、居住棟、各人の部屋、その他諸々。なるほど、改めて図にしてみると分かりやすい。あるいは奈々子もこういった図を用意するつもりだったのかもしれない。

 見取り図を描き終えた御堂さんが僕にそれを差し出し、キャップを付けたペンでぺしぺしと叩いた。

「まず、玄関のドアの開閉はなし。夕食後に施設を出入りした人間はいないということです。また、この施設の外側の『壁』には防犯用のセンサーが張ってあると描写がありました」

「作中でも断言されてたし、外部犯の可能性はないってことだね」

 御堂さんが頷く。

「次に玄関前廊下から居住棟へのドアと研究棟へのドアがそれぞれ一回ずつ。これは夕食後、一同が居住棟から研究棟に戻った時に開いたものです。またこの時、細谷さんだけは居住棟に残っています」

 ああ、確かにそんな描写があった。食事の後片付けのためだったか。

「それと研究棟から中手川さんの部屋へのドアが二回。また、居住棟から中庭へのドアが二回。問題はここですね」

 それぞれのドアにペンで丸を付ける御堂さん。

「まず研究棟から中手川さんの部屋へのドアが二回開いていることについてですが、これは中手川さんが天城さんとの会話後、一度も部屋を出なかったことを示しています。つまり彼が殺されたのは間違いなく彼の部屋、ということになります」

 それは僕でも分かる。この二回というのはつまり天城が部屋に入り、そして出て行った時のドアの開閉を表している。もしその後中手川が部屋から出たのならドアの開閉は三回以上行われているはずだ。

「そして居住棟から中庭へ続くドアの開閉が二回。ここが大きなポイントです」

「……夕食後、誰かが中庭に出たってことだよね?」

「誰かというか、細谷さんですね。その時居住棟にいたのは彼女だけなんですから」

「けど……」

「そう、彼女に殺人は犯せない。なぜなら中庭から中手川さんの部屋に入るのは不可能ですから」

 中手川の部屋へは研究棟からしか行けないため、それは自明だ。

「中手川の部屋には一応、中庭に面した窓はあるけど……」 

「『高さ五メートル付近の部分』にある窓ですよ? 何か足場でも用意しない限り、出入りなんてできません」

 それは僕も考えていた。そうなると当然検討すべき可能性がある。

「ハシゴを使ったっていうのはどう?」

 御堂さんから原稿を渡してもらい、該当ページを探す。

「確か、この辺に……ほら、倉庫について言及するとこ。『この前久々に入ったら、でっけえハシゴが倒れてきやがってね』って太田が言ってる。細谷はこれを使って窓から中手川の部屋に入り、犯行に及んだんじゃない?」

 どうかな、と御堂さんの顔を伺うが、彼女はふるふると首を横に振った。

「ハシゴを使ったのはあり得ないと思います」

「……その根拠は?」

「細谷さんが倉庫からハシゴを持っていけるタイミングは、料理をするために一人で居住棟に向かった時しかありません。あるいはもっとずっと前だったのかもしれませんけどね。まあとにかく細谷さんがハシゴを使ったのだとしたら、それは居住棟のどこかに隠しておいたことになります」

 確かにそうなる。でも御堂さんの言う通り、居住棟に隠しておけば犯行は可能で……

「しかし夕食が出来上がるまえに、んです」

「あ……!」

「その結果、彼は『どの部屋からも、違和感のある物は何も見つからなかった』と言っています。例えば食堂や私室に大きなハシゴが隠してあったとしましょう、それを見て『違和感が無かった』と言える人がいるでしょうか?」

 ……確かにその通りだ。普通は私室にハシゴなんて置かない。

「あ、じゃあ、ハシゴは中庭に隠してあったとしたら? 天城はすべての部屋を調べたとは言っているけど、中庭を調べたって描写は無いよね」

「それもあり得ません。『あの中には掃除用のロボットなんかも混ざっていて、中庭に何か落としたりしていたら即座にアラームを鳴らして知らせてくれるらしい』という描写があるんです。ロボットに管理を任せている環境にハシゴが転がっていたら、それはやはり『落とし物』扱いになるんじゃないでしょうか? けど、ロボットのアラームが鳴っているなんて描写はどこにもありませんでしたよね」

「それは……そうだね」

 ハシゴ説はこれで完全否定されてしまった。こうもあっさり崩されるとなんだか悔しい。

「窓が駄目なら、中手川さんの部屋に入るにはドアを通る以外の方法はないです。ですが、ドアの開閉記録には天城さんが通った時のものしかありませんでした」

「……つまり、これはある種の『密室』だってこと?」

「もちろん窓があるので完全ではないですけど、状況的密室とは言えるんじゃないですかね」

 状況的密室。なんだかミステリっぽい響きだ。話がそれっぽくなってきたせいだろうか、御堂さんの表情も心なしか生き生きしている気がする。

「以上のことから、窓からもドアからも、犯人が現場に入ることはできなかったことになります」

「……迷宮入りじゃないか」

「ところが、まだ検討すべきもう一つの可能性が残ってるんですよ」

 もう一つの可能性?

「ま、結論から言えばこれも間違いなんですけどね」

 思わずテーブルに突っ伏しそうになった。

「じゃあ言わなくていいんじゃない……?」

「いえいえ。推理とはあらゆる可能性を検討してこそですよ」

「僕としては早めに結論を教えてほしいんだけど」

「それで、その可能性というのはですね」

 きれいな無視である。

「いわゆる『早業殺人』と呼ばれるものです」

 早業殺人……これも奈々子に聞いたことがある。

「密室モノでは割とありがちなトリックなのですが、要するに登場人物たちが密室を破って部屋に踏み入った時、実は被害者はまだ生きているというヤツです」

「犯人はその場で被害者を素早く殺して、あたかも密室で殺人が起こったかのように見せかけるっていうパターンだね」

「その通り。ただし今回の場合、それもあり得ないわけですが」

「……なぜ?」

「ここ、見てください」

 御堂さんの指差したページを覗き込む。

「『中手川は仰向けになって倒れていた。その胸の中心には深々と刃物が突き刺さっていた。中手川が既に事切れているのは誰の目から見ても明らかだった。双子が駆け寄り、慌てて抱き起こしたが、やはり中手川が再び動くことはなかった』……んです。よって早業殺人は否定されます。彼らが部屋に入った時点で、中手川さんは刺されていたんです」

 なるほど。僕はそもそも早業殺人という発想に行き着かなかったのだが、御堂さんは流石によく考えている。

 だが、

「それじゃあ八方塞がりじゃない? 窓は駄目、ドアも駄目、早業殺人は不可能。一体犯人はどこから入って、どうやって中手川を殺したの?」

「それはれひゅね」

 半分ほどまで減ったパフェを口に運びながら、御堂さんは話を続ける。

「……ごくん。えーと、答えに辿り着くために必要な鍵はですね、この小説の前提となる『舞台設定』にあります」

「……舞台設定?」

「ええ。まずそこを考えないとこのお話は解けません。というか、それ以外は考える必要がないんです」

 ……それはつまり、『舞台設定』について考えれば密室の謎も解けるということでいいのだろうか? 一体どういうことなんだろう……?

「そもそもこのお話は設定からしてどこか変です。具体的な時代設定や舞台の地名は明示されない。謎の研究所、国名が名言されない『政府』、職務内容がいまいちピンと来ない『監査員』……すべてがなんとなく不明瞭で捉えどころがありません」

 それは僕も同感だった。恐らく奈々子はその辺りの設定を重要視せずに書いたのだろうと、漠然と思っていたが。

「その中で最も目立っていて、いかにも本筋に絡んできそうな設定と言えば、そう。『双子』ですね」

 『チェロヴェーク』と『ジェーンシチナ』――

「片方は身体能力を、もう片方は知能を、それぞれ強化されているんだよね」

「ええ。けど、いくらなんでも違和感がありますよね? 

「うん、まあ」

 それは僕も……というか、これを読んだ人ならば誰だって違和感に思うだろう。

 作中ではチェロとジェーンのうち、どちらが身体強化を施されたのか、またどちらが知能強化を施されたのか、それを明言するシーンがどこにも無いのだ。

「けど、それは読んでれば自然と分かることじゃないかな?」

「ふむ。では参考までに杉崎くん、あなたはどう考えているんですか?」

 まるで教師から授業でも受けているような気分だ。それならいっそ開き直って思う存分意見を述べさせてもらおう。間違っているなら御堂先生が正してくれるだろう。

「チェロが肉体強化、ジェーンが知能強化……じゃないかな」

「その根拠は?」

「ええと」

 僕は原稿をめくりながら、該当するシーンを探していく。

「……まず話の冒頭、チェロが施設の屋上までジャンプするよね。これは筋力が強化されてることを示してるんだと思う。他にも例えば……そう、ここ。夕食の準備をするシーンでチェロがお皿を持っていこうとする時、『それらをグワッと一気に何十枚も重ね持った』って書いてある。それと、火災報知機が鳴った時に中手川の部屋のドアを蹴破ったのもチェロだよね? 『どけ、あまぎッ!』って言ってるし」

「なるほどなるほど。まあ最後のは実際に行動した人物が明記されていないのでちょっと弱いにしても、他の二つ――とりわけ屋上までの跳躍というのは確かに、チェロこそが身体強化を施された実験体であることの証明になるのかもしれません」

 うんうん、と頷く御堂さん。その笑顔からはまさに、ダメな生徒を抱えた教師のオーラが漏れ出ていた。

「……あのさ、御堂さん。もしかして僕、間違えてる?」

「なんでそう思うんです?」

「御堂さんが露骨にニヤついてるから」

「いつも笑顔を心がけてますので」

 いや、なんと言うか……笑顔の質が違うのだ。確かに御堂さんは常に笑顔だが、その中に僕をからかうような意図が多分に含まれている。本人がそれを隠そうともしていないことまで分かってしまう程度には。

「……じゃあ、つまり御堂さんはこう言いたいんだよね。、と」

「その通り。そうじゃないと解けないんですよ、このお話は」

 そう言われても、僕にはそれが何を意味するのかさっぱり分からない。いや、それ以前に、

「それじゃあ諸々の描写と矛盾しない? 事実、チェロは施設の屋上までジャンプできるほどの脚力を持ってたんだよね?」

 御堂さんの言ったことが正しいなら、チェロにそんなことができるはずがないじゃないか。

「それとも、最初に登場した子供は実はジェーンだったとか?」

「いえ、細谷さんがちゃんと名前を呼んでいるのでそれはないでしょう。チェロは確かに屋上まで跳躍したのです」

「じゃあ、やっぱり身体強化されてるのはチェロってことになるんじゃ」

「ところがどっこい」

 御堂さんが原稿をめくり、あるページを見せてきた。夕食の準備をするシーンだ。

「最も注目すべきポイントはここ、夕食のシーンです」

「……よく分からないな。チェロはお皿を何十枚も持ってるわけだし、これは筋力が強いってことを意味しているんじゃないの?」

「まあ、それは置いといて。ここで見るべきはジェーンの行動なんです」

 ジェーンの行動……『人数分の箸とコップをテーブルの上に並べている』。

「何もおかしくないと思うけど」

「いやいや、大問題ですよ。なんでジェーンが並べたのは『箸』だったんです? 

 頭を小突かれたような錯覚を覚えた。

 確かにそうだ。双子は研究棟から出られないから、居住棟にある台所に行って事前に献立の変更を知るようなこともできない。このタイミングでジェーンが箸を用意しているのは、おかしい。

「……隣が台所なんだから、匂いで和食だってことを察したんじゃないの?」

「それはありません。『チェロが器用に片足で台所への扉を開けた。ふわりと食欲をそそるいい匂いが台所から漂ってきた』という描写があるのは、ジェーンが箸を並べた後なんです。わざわざこんな描写をするということは、それまで食堂は何の匂いもしなかったということですよね」

「そ、そっか」

「さらに言えば、双子が天城さんや太田さんから献立の変更を聞いていたということもあり得ません。彼らも食事のシーンになって初めて知ったような口ぶりだったので」

 けれど、ジェーンが箸を並べたことから、夕食が和食であることを彼が知っていたのは間違いない。

「だったら、なんでジェーンは先んじて箸を用意できたの?」

 御堂さんは我が意を得たり、と口元を歪める。

「それは単純に、んですよ。天城さんに分からなかった台所の匂いも、ジェーンには嗅ぎ取れたんです。だからフォークやスプーンじゃなく箸を並べたんですね」

 ――身体強化。『筋力、及び五感』の強化!

「ここだけじゃありません。火災報知機のブザーが鳴ったとき、真っ先に中手川さんの部屋へ走り出したのはジェーンでした。あれはたぶん、部屋の燃える匂いを嗅ぎ取ったからではないでしょうか」

「じゃあ、その後に部屋のドアを蹴破ったのも」

「もちろんジェーンです。確かに『どけ』と言ったのはチェロですが、その後の一文にこうあります。『あの新品のキャンバスのように真っ白な足の一体どこにあんな怪力が宿っているのか』。ここで思い出してもらいたいのが、天城が双子の身体を調べるために服を脱がせたシーンです」

 ページをめくり、そのシーンを読み返してみる。

「……『チェロの手足にはあちこちに小さな生傷が見られた』んだ! 確かにこれじゃあ、『新品のキャンバスのよう』だなんて言えない!」

「以上のことから、やはり身体強化を施されていたのはチェロではなくジェーンだったことが分かります」

 ううむ、なるほど……いや、でも、

「さっきも言ったけど、それじゃあチェロの跳躍力についてはどう説明するの?」

 それに大量の皿を持ったという描写もそうだ。チェロが頭脳強化された実験体だったとしたら、これはおかしいじゃないか。

 そこで御堂さんはぐいっと背伸びをした。本人が知ってか知らずか、強調される二つのふくらみが目に毒だ。

「んー……実はですね、その辺りの描写は何も矛盾なんてしてないんですよ。それどころか、言ってしまえばそれこそがこの小説の『答え』なんです」

「え。手がかりを通り越して答え?」

「ここで見るべき箇所は二つ。一つは娯楽室の描写、もう一つは一番最後の部分です」

「娯楽室? 何か伏線らしい文章なんてあったかな」

 ペラペラとページをめくるが、やはり何が問題なのか分からない。そうこうしてる間に、御堂さんはパフェを食べ終わっていた。

「……ごめん、分からない。何が問題なの?」

「それはですね」

 紙ナプキンで口元を拭きながら御堂さんが言う。

「娯楽室に『ボードゲームしか置いていない』ことです。普通娯楽室って言えば、例えばビリヤードとかダーツとか、そういった室内遊戯が置いてあって当然ってイメージ、ありません?」

「それは、まあ。確かに変には思ったけど、そういうこともあるんじゃない?」

「もちろん、明らかにおかしいとは言えないです。けれど杉崎くん、考えましたか? どうして娯楽室にはボードゲームしか置いていないのか、その理由を」

「いや……そういう設定ならいいかなと思って、深く考えることはしなかったけど」

「ではちょっと考えてみて下さい。で、最後あたりの文章なんですけど」

 僕の手から原稿を取り、御堂さんが一番最後のページを開いた。

「ここです。『真上から降り注ぐ日光がやけに眩しい』、この一文。あまりに堂々と、もはや隠すことすらしていない、剥き出しの伏線ですね」

「ああ、そこは確かに、最初に読んだときから変だと思ってた」

 なにせ露骨におかしい一文だ。火災が起きたのは夕食のおよそ四時間後。最後のシーンはそれから三十分くらい後。ならば当然、時刻は夜。

「これ、奈々子のミスなんじゃないの? 単に時刻の設定を忘れちゃったとか」

「いえ、むしろこの一文こそが最大の、意図的に剥き出しにしてある伏線なんです」

 ……一体、どういうことなのだろう? チェロにはあり得ない身体能力。ボードゲームしか置いていない娯楽室。夜に出ている日の光。

「ごめん、訳が分からない。そろそろ答えを教えてもらえないかな」

 僕は思わずテーブルに突っ伏してしまう。

「あはは。まあ随分と勿体つけさせてもらいましたし、わたしも満足です。そろそろ答えを言ってもいいでしょう」

「是非ともそうしてもらいたいな……」

 顔を上げると、先ほどまでより口角を上げた御堂さんの得意そうな顔があった。ああ、ほんとに楽しんでるんだろうな、この人。

 御堂さんは僕がしっかりと聞いていることを確認し、一拍置いて、言った。

 この物語の核心を。


「――つまりですね、


「……はい?」

 いや、あの……ちょっと待ってほしい。

「いくらなんでもそれは……」

「別に唐突でもないでしょう。舞台設定はぼかしてありましたし、ロボットとか超人類とか、近未来SFっぽい設定だってあるじゃないですか。なら人類が月面に移住していても問題ないと思いません? ほら、ドーム状のコロニーとか作って」

「いやいやいやいや」

 舞台が月だった……? あまりと言えばあまりな結論に、僕は思わず頭を抱えた。

 そこにちょうどウェイトレスさんがコーヒーを二つ持ってきた。御堂さんが追加で頼んでいたらしい。気を利かせて僕の分も頼んでくれていたようなので、気持ちを落ち着かせるために一口含む。

「……よし大丈夫、落ち着いた。チェロが施設の屋上まで跳べたのは単純に、重力が弱い月面だったから、と。つまりそういうことだよね」

「はい。月の重力は地球のおよそ六分の一。一方で成人男性の垂直跳びの平均は五十センチ程度と聞きます。これを月面で行ったとすると、単純計算で三メートルは跳べることになります」

「三メートル? 確か施設の屋上までは五メートルくらいあったんじゃなかったっけ」

「あくまで単純に計算した場合の話ですから。少し調べたんですけど、実際には複雑な物理法則云々が働いて五メートル近い高さまで跳べる計算になるらしいです。まあ仮にそれが間違っていたとしても、ほら。そこは素人による創作の中の出来事ということで一つ。ね? 大事なのは『月では地球の何倍も高くジャンプできる』っていう結論なんですから」

「身も蓋もない……」

 まあこれを書いた奈々子は物理を履修していないし……いや、そういう問題か? というより、

「ちょっと待った。それだとおかしい点があるよ」

「天城さんが施設に着いたばかりの時のやり取りですか?」

「う……」

 指摘する前に先回りされてしまった。どうやら御堂さんには僕の考えることなどお見通しらしい。けれど、疑問を残すわけにもいかないだろう。

「そう、チェロが細谷から逃げるために屋上へ跳んだシーン。ほらここ、チェロの『そっちが上ってくればいいんじゃないのー?』という言葉に対して、細谷は『できるワケない』と返してるんだ。もしここが月面だったら細谷にも跳ぶことはできたことになるよね? だけど彼女はできないって明言してる。矛盾してるじゃないか」

 うむうむ、と頷く御堂さん。

「確かに、彼女には屋上へ跳ぶことなんて不可能だったでしょう」

「……え、それを認めると御堂さんの考えが間違ってたってことに」

「なりませんよ。わたしが認めるのは『物理的に不可能』ということではなく、『状況的に不可能』だったというだけの話です」

 そして、その細い指で原稿の一文を指さした。

「ほら、ここ。細谷さんのセリフは、正確には『できるワケないでしょ! はしたないことを言わないで!』です。そりゃあジャンプなんて不可能ですよ。

 ――そうか。確かにそれは不可能だ。来客の前で下着を丸出しにして子供と追いかけっこするわけにもいかないだろう。なるほど、読者を騙す気が滲み出る、意地の悪いセリフだ。

「その他にも、舞台が地球ではなかったことを示す手がかりはいくつかありました。まず娯楽室にボードゲームしか置いてない理由ですが、例えばダーツとかビリヤードのような『何かを投げる、あるいは転がす』ゲームは地球との重力の差で成り立たないんじゃないでしょうか?」

 確かにそういったゲームはすべて、当たり前だが地球上の重力の元で生まれたものだ。もしこれらが月の上で行われればどうなるだろう? 例えばダーツであればダーツの軌道が地球とはまったく異なってしまう。ビリヤードであれば玉の挙動が別物になるだろう。それはもう、本来の形とはまったく違った遊戯だ。その点ボードゲームなら重力が変わったところでルールを変える必要はない。だから娯楽室にはボードゲームしか置いていなかったのだ。

「それと日光については、月の一日が地球でのおよそ二十七日だってことを考えるとすぐ分かります。この場合の一日とは、星が一周自転することを指すんですけど」

「そういえば中学の頃、そんな内容の授業があったような気がするよ」

 そうすると月面における『昼』と『夜』はそれぞれ、地球基準でおよそ十四日間ほど続くことになる。作中では明確な時間は示されていないが、まあ全編通して二十四時間も経っていないだろう。話の始まりの時点で『日の光を鈍く照り返すそれらを何枚もくぐり抜け』とあり、月面が『昼』であることが分かるから、当然最後のシーンでも太陽は出ているのだ。

「それじゃあもしかして、犯人が現場に出入りした方法って」

 ここまで来れば自明だが、僕は恐る恐る確認してしまう。

「ええ、普通に窓までジャンプしてそこから入ったんでしょう」

「な、なんて単純な……」

 しかし、舞台設定に気付けなければ辿り着けない結論だ――そして、それが可能だったのは一人しかいない。

「唯一中庭に出入りできた――細谷。彼女が犯人だったんだね」

 僕という生徒への授業を終え、御堂さんは満足そうに頷いた。

「けど、だったらあの火事も細谷が起こしたってことになるよね? なんで彼女はそんなことをしたんだろう」

「事件当時、窓が開いていたことを部屋ごと隠ぺいするためじゃないですかね。あるいは事故死に見せかけるためとか。筆脇さんの頭の中には別の理由があるのかもしれませんが、少なくとも問題編には理由は読み取れるだけの情報はなかったように思います」

「……そこは適当なんだ?」

「与えられた材料で可能な限りの推理をするのが探偵のお仕事なので」

 澄まし顔で煙に巻かれた気もするが……しかし、僕にもそれ以上に合理的な火事を起こす理由は浮かばなかったので突っ込むこともできない。

「以上でわたしの『解答編』はおしまいです」

 ぽん、と御堂さんが胸の前で手を合わせた。

 僕はコーラで喉を潤し、御堂さんの提示した答えを頭の中で咀嚼する。そしてどうしようもなく大きな違和感にぶつかった。

「犯人は細谷。それは間違いないと思う。けどそうなると、どうしても避けられない疑問が出てこない?」

「ええ、そうですね」

 僕ですら気付くくらいだ。当然、御堂さんがそれを把握していないわけがない。

「作中の舞台が月面だったことは当然、登場人物にとっては周知の事実だったはずだよね」

「まあ、それはそうでしょうね」

「だったら……僕たちが『謎』だと思っていたことは、登場人物たちにとっては謎にもならない、ごく当たり前の結論だったんじゃないの?」

 僕がこの話を解けなかったのは舞台が地球だと認識していたせいで犯人が現場に入った方法が分からなかったからだ。しかし作中の人物たちにとって、細谷なら犯行が可能であったことは火を見るよりも明らかであるはず。つまり、

「細谷には自分の犯行を隠す気なんて無かったってことになってしまう」

「さっきも言った通り、元々は火事による事故死に見せかける予定だったのかもしれません」

 僕をからかうように御堂さんは小首をかしげてみせた。

「いや、それはおかしい。火事に見せかけたいなら、職員である細谷なら火災警報のブザーを切ることくらいはできたはずだ。そしてもし警報が鳴っていなかったら、いずれジェーンに気付かれたとしても、多少は死体発見までの時間を稼げたはず」

「一応、伏線も答えも用意されているんですから解答として成立はしているでしょう」

「でも、細谷がこのタイミングでバレバレの犯行を行う必要なんて無かったよね? こういう犯罪っていうのは普通、自分が犯人であることを隠すのが大前提じゃないの?」

 中手川を殺すにしても、細谷にはこれから先、いくらでも計画を練る時間はあったはずだ。なのに天城という部外者がいるこのタイミングでわざわざ窓から押し入り、殺人を犯し、挙句に火を放つなんて、一体どんな理由を付ければいいんだ?

「そんなの……ストーリーとして破綻してるじゃないか」

 御堂さんがコーヒーを口にする。カップを置き、口元に指を添えた。

「だから筆脇さんはあなたを避けるようになったんですよ。直接その疑問をぶつけられるのを恐れて」

「ど、どういうこと?」

「確かにこの小説はお話として破綻しています。ここから違和感のない解答編を考えるのは中々に厳しいものがありますよ。杉崎くんのようにミステリに精通していない人なら尚更でしょう」

 それを聞いて、事の元凶――奈々子の顔が頭に浮かんだ。

「これは想像ですが」

 と前置きし、御堂さんは言う。

「文化祭を前にした筆脇さんは急いで会誌に載せる作品の執筆を行っていました。その結果、解けはするけど物語として成立しない、そんな推理小説の問題編だけが完成してしまった。それは読者にとっては謎ですが、作中の人物にとっては謎でもなんでもない、まさに出来損ないのミステリでした。新しい作品を書き直そうにも時間もアイデアもない。困った筆脇さんはしかし、己のプライドが邪魔をして他人にアドバイスを求めることもできませんでした」

 ……確かに、奈々子は色々と抱え込む性格をしている。もし御堂さんの言った通りのことが起きたとしても無理筋ではないと思う。

 改めてこの人は、他者をよく観察していると思い知らされる。奈々子とはただのクラスメイト以外の接点も無いだろうに。

「そこで考えたのが、クイズのような体で他者に問題編を渡し、続きのシナリオを考えてもらうという方法でした。その相手として筆脇さんが選んだのは当然、杉崎くん、あなたです。筆脇さんはあなたの性格をよく知っています。彼女想いのあなたは筆脇さんの望み通り、全力で『解答編』を作ろうと奮闘し――そして今、その入り口に立ったわけです」

「……奈々子がちょっと捻くれた性格をしてるのは否定しない。けど、いくらなんでも迂遠に過ぎると思う」

「だからあくまで想像ですよ。大体、やましいところが無いならなぜあなたを避けるんです? 何か心当たりでもありますか?」

 ……ない。ないからこそ混乱していた。無意識に彼女の気に障ることでもしたのか、悩んでいた。

 確かに御堂さんの言ったことは何の根拠もない、ほとんど妄想に近い話だ。しかし、もしこれが真実だったら? 僕はただ奈々子に利用されただけになる。

 だが、

「……もし、そうだったとしても。奈々子のためになるなら、僕はそれでいいよ」

そうだ、別に利用されることに抵抗はなかった。

 ただ、もっと素直に頼ってほしかった。それだけの話で。

「……ありがとう御堂さん。明日、無理やりにでも奈々子と話してみるよ。それじゃあこれ、約束の報酬」

 半ば放心しながら、財布の中から取り出した万札を差し出す。

 御堂さんはそれを眺め、

「……お金を出すのに抵抗があるなら、報酬を変えても構いませんよ?」

「え?」

 手に柔らかく暖かいものが触れる。見ると、御堂さんが僕の手を包み込むように握っていた。

 思わず御堂さんの顔を見る。そこにあるのは変わらない笑み。だけど……何だろう? 臓腑が冷えるような、とても良くないものに目を付けられたような。

「彼女さんのためになるなら……ですか。健気でいい人ですよね、杉崎くんは」

 蛇に睨まれた蛙。

 彼女の『解答編』を聞く前にも覚えた感覚。

「ちょっとだけ興味が出ちゃいました。あなたみたいな人の不徳はどんな味がするのか」

 ――狙った男子と一週間で関係を持つ。彼女持ちでもお構いなし。その魅力からは逃れられない。

 優しく手を撫でられた。やけに神経が過敏になっていて、耐えられないほどくすぐったい。

「どうでしょう? 諭吉さんの代わりに、一晩。……お相手してもらえませんか?」

 視線が僕の意思を離れ、御堂さんの身体を這いずり回る。大きな両目。長いまつ毛。艶やかな金髪。瑞々しい唇。豊かな胸元。女性の魅力を詰め込んだような容姿を前に、理性が警鐘を鳴らしている。

「もちろん筆脇さんには内緒にしますよ。わたしとあなただけの秘密です」

 ふたりだけの秘密。なんて甘美な響きだろう。御堂さんの声が甘く耳に染み入る。

 バレない……のだろう。僕の周りでも彼女と関係を持ったやつの話は聞くが、彼女から他人にそれを漏らしたというパターンは聞いたことがない。僕が黙っていれば、奈々子にバレることはないんだと思う。

 奈々子の顔を思い浮かべた。雑に伸ばした黒髪、むすっとした表情、平坦な体のライン。思えば御堂さんとは色々と対極にあった。

 御堂さんと関係を持つことの魅力と、奈々子を裏切ることの罪悪感が、無意識の天秤を揺らす。

 心が決まるまでは、そう時間はかからなかった。

「……御堂さんは確かに魅力的な人だと思う。僕にとっては理解できない行動も、御堂さんにとっては何でもないことなのかもしれない」

 彼女の手を握り返し、指を開かせる。そこに万札を押し込んだ。

「でもやっぱり、そんなふうに自分を安売りするのは良くないよ。僕が学校を楽しいと思えるのは友達や奈々子がいるからで……だから……その」

 何を言うべきなのか、自分でもよく分からなくなり。

「……人の関係を壊すようなことは、しちゃいけない」

 結局、そんな月並みのことしか言えなかった。

 御堂さんの表情を伺う。その表情は――あの見慣れた笑顔ではなかった。何か珍しいものでも見たかのような、ほんの少しだけ驚いたような顔。それがどういう感情なのか、僕には分からなかった。

 しばしの静寂の後、

「……ふふっ、あははっ」

 御堂さんが笑った。奇妙なことに、僕は初めて彼女が笑うところを見たような錯覚を覚えた。彼女は常に笑顔だったというのに。

「ほんとにいい人ですねえ、杉崎くんは。将来絶対に損しますよ」

 そして僕が握らせた万札をテーブルに置き、席を立つ。

「ちょ、ちょっと待って! それ、報酬……」

「報酬ならもういただきました」

 混乱する僕を横目に、彼女は言う。

「今どき、いくらお金を積んでも貰えませんよ。善意百パーセントのお説教なんてね」

 御堂さんの顔はとても満足そうで、僕は何も言えなくなってしまった。

「あ、それと」

 立ち去ろうとした足を止め、振り返る。

「答え合わせは後ろにいる彼女さんとしてください」

「え?」

「それでは二人とも。また学校で」

 ひらひらと手を振り、今度こそ御堂さんは店を出て行った。

 その後ろ姿を見送ってから振り返り、仕切りを挟んで背中合わせとなっている席を見る。そこでよく知った顔と目が合った。

 その人物――奈々子がバツの悪そうに顔を反らす。

「……い、いつから? というか、なんで?」

「……最初から。あんたが御堂さんと一緒に学校出るの見たから、気になって追いかけた」

 思わず手で顔を覆った。なんたる不覚だ。

 というか御堂さん――奈々子がいることに気付いててあんな振る舞いを? 改めて自分がどれだけ危険な相手を前にしていたのか思い知り、嫌な汗が噴き出た。

 互いに気まずい空気の中、先に動いたのは奈々子だった。無言で立ち上がり、つい先ほどまで御堂さんが座っていた席に移動してきた。

「いや、奈々子の方の席は……」

「バッグ置いてるから大丈夫よ」

 ……まあ、あまり長く時間をかけないようにしよう。店にも迷惑になるし。

「まず断言しておきたい。話を聞いてたんなら分かると思うけど僕は別に御堂さんとやましいことがあったわけじゃない」

「……やましくなりかけてたじゃない」

「結果やましくなかったから無罪。潔白です」

「……」

 いつもの眉間のしわをさらに濃くして僕を睨んでくる。あの誘惑を断って尚これだ。もし乗っていたら今頃どうなっていたことか、想像もしたくない。

「それで、奈々子。実際のところどうなの」

「……さっき御堂さんが言ってたこと?」

「そう。僕を利用したっていうやつ」

 奈々子がまっすぐに僕の目を見つめてくる。

「ない。あんなのでたらめよ」

「……そっか」

 奈々子はこれで創作活動には真面目な人間だ。自分で書いた作品の解答編を人任せにするなんてことはしないだろうと思ってはいたが、こうして本人から否定してもらってようやく安心できたのは、僕の心の弱さ故だろうか。

「それじゃあ、なんで僕を避けてたんだよ。これでも結構気にしてたんだぞ」

「ん……」

 奈々子は自分のテーブルから持ってきたメロンソーダをスプーンでかき混ぜ、そこに視線を落とした。そして、ぽつぽつと語りだす。

「……あたし、優に渡したじゃない。原稿」

「うん」

「……あれさあ、その……そこそこ自信あったのよ。もう。やったわ。めっちゃ面白いトリック浮かんだわって」

「舞い上がってたと」

「そう。早く読んでもらいたくて、まだ解答編も書いてないのに、あんたに渡すくらいには」

 原稿を渡されたとき、また随分そっけなく渡してくるもんだと思っていたが、あれは単に逸る気持ちを抑えていただけか。奈々子らしいと言えばそうかもしれない。

「……でも、その後で気付いたの。御堂さんが言ってた通り」

「あの作品の謎は、作中人物にとってはそもそも謎にならない」

「……そういうこと」

 奈々子は肩を落とし、

「しかも、しかもよ。その直後に読んだミステリとネタが被ってた! もうちょっと早く読みたかった! そしたらあんな話書かなかったのに!」

 ……それはまた、なんとも気の毒なことだ。

「なるほど。いや、同じ文芸部員として気持ちは分かるよ。読み返してみると話がおかしかったり、自分が知らないだけで思いっきり既存の小説とネタ被りしてたり。みんなそんなものだと思うけど」

 うつむき、小さく頷く奈々子。

「で、解答編を書こうにも書けなくて。気付くとつい、優を避けるようになってた……ごめん」

「うん?」

 ちょっと待った。そこがよく分からないのだけど。

「なんで僕を避けるのさ。それこそ相談でもしてくれれば良かったろ? 役に立てたかはさておき」

 どうにも腑に落ちない。話を聞く限り僕の方に落ち度はないように思うのだが……

 奈々子はすっかりアイスの溶けたクリームソーダをストローで吸い上げる。その間も僕と目は合わせてくれない。

 僕も残りのコーヒーを飲み干し、じっと答えを待つ。

 やがて観念したように、奈々子は小さくつぶやいた。

「……だって、出来損ないの、しかもネタ被りの作品を自信満々に読ませたの、恥ずかしいじゃん……合わせる顔がなかったのよ……」

 コーヒーを飲み干しておいてよかった。もし口に含んでいたりしたら噴き出していた自信がある。

「……おい笑うな。このまま別れ話に移行するわよ」

「ごめんごめん」

 そうだよな。僕はもっと奈々子のことを信頼するべきだった。

 いつも不愛想だし愛嬌も何もあったもんじゃないが、他者に悪意を持ち続けられるようなタイプでもない。僕に不満があるのなら素直に言ってきただろう。

 分かってみれば、それこそ、謎にもならない自明のことだった。

「奈々子の方の席、支払い済ませてきなよ。一緒に解答編を考えよう」

「……」

「おごるからさ。使うはずだったお金が浮いたし」

「……わかった。その、ありがと」

 さて、これからが問題だ。

 文化祭まであと一週間。それこそ今日中に完成させるくらいの勢いじゃないと会誌に載せるのは難しい。

 御堂さんならもしかすると、ここから完璧な解答編を作れたりするのだろうか――少し考えて、そんな意味のない思考を頭から追い出した。

 もし歪な作品が完成するとしても、それを奈々子と考える時間はきっと楽しいものになるだろうから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

謎にもならない 万奈 樹 @Manjuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ