アンタッチャブル・ミッション
@ICHIRYU-SHOKO
降臨
1
ある秋口の昼下がり、要塞のような壁に囲まれた豪邸の一室、主である黒雲雄呂治は、息子たちを仕事場に入れた。綺麗に整理整頓された部屋は主以外、普段は入室できないことになっており、今日は特別な日なのだと3人の息子は悟っていた。
この部屋の主は、ゴルフ焼けした黒い顔を覆うような勢いで瞼を開き眼光鋭く発光させていう。
「これから俺の商売のことを話す
俺が金に困らず今日まで富を築き何とかやってこれたのはこの商売のおかげだ
この商売のからくりは絶対に他言するな
俺は胃癌だ
ステージ4だといわれている、あっさり早死にするかもしれん
だから真剣に聞け
これから話すことは一歩間違えればブタ箱行きになるかもしれない
だから母さんには言うなよ、あいつはまともな商売だと思っているからな
まあ、俺が生きているうちはイチミリも間違えることはないがな
あの国税でさえガサをしても俺を刑務所送りにはできなかったからな
だから俺が築いたこのからくりを利用するかどうか、お前たちがどう生きるかは自分で決めろ」
黒雲雄呂治は、いつにもなく真剣で凄みのある顔を息子たちに向け、彼のビジネスについて、書類を見せながら、諭すように長く長く語り始めた。
2
それから3年後。
9月の内閣改造で副大臣以下が大幅に入れ替えられて1か月がたった。
大蔵省大臣官房秘書課長室にスラリと背の高い30歳半ばの男がひょっこり顔をだした。
ちょうど昼時であり、秘書課長の蔵内主悦が自室で昼食をとっている。
その背の高い男、政務官の玄武多聞は、蔵内が自室に籠っているのを見計らってやってきたのだ。
「いやあ昼時にすみませんね、課長さんはご多忙なんでこのタイミングで話をしたくてね、いや、そのままそのまま、堅苦しい挨拶は抜きにして、実はお願いがあってきたんですよ」
蔵内は大蔵省の官僚人事を左右する権力者である。課長といっても専用の運転手付官用車を使用できる要職であり、普段は頭を下げられることに慣れているせいか、一瞬の躊躇の隙をつかれ、立って挨拶するのを、自分より10歳以上も若い政務官に制せられたのだ。
検察官出身でいわゆるヤメ検の玄武多聞は、法務省での勤務経験もあり、霞が関の作法を心得ているはずで、事前に政務官付の担当秘書官も通さず、時間調整もせずに突然やってくるのは、どういうことか蔵内が訝しんでいると。
「単刀直入に申しますとね、実はある人物を次の4月の人事で大蔵省に受け入れてほしいんですよ」
玄武多聞は、ある人物の経歴書を持参しており、この人物を大蔵省が受け入れるメリットを一方的に説明し始めた。
蔵内は説明を聞き終え、目の前の男の魂胆がどこにあるのか、不審に思いつつ、ここはひとつ貸しを作っておくか、と調整を受け入れる方向で検討すると応じていた。
一方、玄武多聞は、政治家になってから、常に腰の低い男になりきることを誓っていた。尊大にしていたら、得られる情報も逃してしまうからである。誰からも気軽に相談され、多様な情報を入手し、これから始まる自分で名付けた「アンタッチャブル・ミッション」の野望実現のための布石について、手ごたえを感じていた。
3
翌年の4月の午後。
横浜市にある日本大通り駅に長い黒髪をなびかせて白いブラウスに黒いスーツを纏った一人の女性が降り立った。
彼女は陽の光に包まれながら、大きな黒い鞄を携えてツカツカと真っすぐ目的地に向かっている。
霞が関で午前中に法務省から大蔵省への出向辞令を、次に大蔵省で併任発令の辞令を交付され、午後、勤務先の横濱税関に向かっているのである。
横濱税関では、調査部長から辞令を交付され、2階にある調査部の大部屋に案内され、彼女は部屋中の職員の好奇心の的にされているのを全く無視して、自席につくと立ったまま誰に言うともなく、真っすぐ眼の前を見ていう。
「ごきげんよう、今日から、調査部特別関税調査官第2担当兼検察官を拝命いたしました、天照緋美子ともうします、よろしくお願いいたします」
凛々しくも艶やかなよく通る声で彼女は言いながら、1か月以上前の事を思い浮かべていた。
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