明るい日本のホラー教室

有笛亭

第1話 山の神

明るい日本のホラー教室


 同じ趣味を持つ者は、自然と一カ所に集まる習性があるらしい。たとえばギャンブラーが、カジノへ行くように。

 一介の農家に過ぎない穂羅蕗太郎(ほらふきたろう)が始めたホラー教室は、いつの間のか生徒が多い時で三十名ほど集まるようになっていた。生徒といっても年齢はまちまちで、子供もいれば年寄りもいた。また授業料や参加費といったものは徴収しなかった。なぜなら、これは蕗太郎の趣味だからだ。

 蕗太郎は自身の持つビニールハウスを教室にしていた。月に二回、そのビニールハウスで、蕗太郎は妖怪や幽霊といったホラー話を、声がかれるまでしゃべくりちらかすのだった。

 蕗太郎は農家の人間としては社交性がある方だが、といって社会には馴染めず、アンダーグランドな世界に身をやつしていた。子供の頃から怪奇的なものに興味を持ち、そういうものを聞くのも語るのも大好きだった。

 つまりホラー教室を開けば、自分で語ることも、人から話を聞くこともできる、と考えたわけだ。

 ただ資金がないから、ちゃんとした教室は作れない。生徒のための机や椅子もなく、(教卓はある)、ビニールハウスの中にブルーシートを敷いているだけなのだ。

 参加者は各自飲み物や座布団を持参する必要があった。しかし、たいていみんな手ぶらで話が面白くなければ途中で抜けて帰る者もいた。

 その日曜日の午後、蕗太郎は、いつものようにホラーの講義を始めた。講義というほど堅苦しいものではなく、蕗太郎がこれまで培ってきた膨大な知識を自慢げに披露するだけなのだ。

 考えてみれば、当年四十歳の蕗太郎は、これまで不思議な事柄に没頭してきた人生だった。

 ただ本を読むだけではない。蕗太郎は、日本全国にある霊験あらたかな神社仏閣をたずね、そこに伝わる怪奇現象を探り、幽霊が出るという廃墟にもたびたび訪れた。また妖怪については、あらゆる文献を蒐集した。


 さて、今回のお題は、山の神、である。

山の神は、一般に女神とされているが、地方によっては、蛇や鹿といった動物が山の神であったり、また架空の神獣が山の神であったりする。

 架空の神獣といえば龍が有名だが、龍は水の神様であるから、湖や池に住む。もちろん山に住んでいけない理由もないが。実際、神話に出てくるヤマタノオロチは、山の神に近いものがある。

 ただ神だからといって行いが正しいわけでも寛大でもなく、人間が山で不遜な行為をすれば、山の神はただちにこれを罰する。

 例えば入山してはいけない日に入山した場合である。こういうことは麓の民が一番よく知っている。しかし、よそ者は知らない。それで一騒動起こることがある。

 中国地方のとある山村でのことだった。そこは周りが山で田畑が少ない。そのため、人々は自然と山に依存して暮らしていた。

 秋になれば山にキノコが生える。それを採りに山に入る人が多い。しかし前に言ったように入山禁止の日がある。

 また神聖な場所は注連縄を張って人が入れないようにしているが、そういう場所に限って美味しそうなキノコが生えていたりするものだ。誘惑に負けて、ついその注連縄の中に入ると山の神の怒りに触れ、生きて下山できない場合もある。もちろんそれは最悪の場合であって、たいていはちょっとしたケガをしたり、イノシシなど動物に襲われたり、あるいはスズメバチに刺されたりする。スズメバチに刺されるのはかなり危険なことだが、山の神は山に住む生き物のすべての支配者であるから、自由にそれらを扱うことができるのだ。

 彼は、よそ者、と言っても比較的近くに住む若者だった。この山の入山禁止日に山に入ったのだ。たぶん入山禁止日を知らなかったのだろう。地元民がいれば忠告してくれたかもしれないが、そのときは誰もいなかった。さらに悪いことに若者は山の中腹にある注連縄を張った神聖な場所に入り込んでしまった。タブーを二つも犯しては、山の神が怒らないわけがない。

 若者はキノコを採りに山に入っただけだが、突然イノシシが現れ、若者に向かって突進してきた。イノシシは、牙がナイフのように鋭く、クマの次に恐ろしい動物である。若者はとっさに避けて、一回目の突進は免れた。しかし、イノシシは何度でも突進する習性がある。

 幸いなことに、この若者は手に杖を持っていた。この杖でイノシシを渾身の力で打ち叩いた。すると、イノシシは降参したのか、すたこらさっさと逃げて行った。

 この若者が持っていた杖は、四国の八十八カ所を参ったときに携えていた丈夫な金剛杖だった。山地では、杖がないと体のバランスが保てない。上るにも下るにも重宝する。まさかこんなことに役立つとは。

 これは霊場参りをしたご加護かもしれないと若者は杖をなでた。

 そうして、この若者は無事下山したのだが、それは大変運が良かったと言える。というのは、山の神が本気を出せば、最初の一つが失敗しても、二つ三つと追っ手を仕掛けることがあるからだ。

 ひょっとすると、この山の神は女神で、若者は男前だったのかもしれない。


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