第5話 空間魔法物理学

 いや、だが。


 ここは未踏領域だ。そのさらに向こうには、未知の大陸やら未知の大国があったとしてもおかしくはない。まだ知らない脅威があるのかもしれない。


「ヨハンナ様が生涯をかけてその全貌を調査し、防衛手段を研究していた侵略国家のことよ。見てもらったほうが早いかも」


 ベネトナシュは風の魔法陣を展開させ、俺たち三人をふわりと浮遊させた。そのまま高速で上昇していく。


 徐々に見えてきたのは、巨大な浮遊城だった。


 セプテントリオの魔導技術は規格外とは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。こんな巨大な鉄塊を浮かせているなんてな。


「すごいな……なぜこんなものを?」


「ここは結界の基点なの。そして……」


 眼下には、さっきまでいた森。ベネトナシュの爆発魔法で、雲は吹き飛んでいた。そして遥か彼方、山脈の向こうには、灰色の都市が見えた。


「帝国を見張るための監視塔でもある」


 遠目にだが、天を衝くほどの巨大な尖塔群も見える。


「あんな巨大な塔、見たことがない……」


 俺は思わず驚嘆してしまった。これだけの上空からでも、あの建物の高さが異常なのは分かる。


「そうでしょう? あれこそが我らの敵、オヴェスタ帝国の領土なの」


「敵なら、撃ち落としてくるんじゃないか?」


 当然の思考に行き着く。あれほどの技術力を誇る国であれば、遠距離攻撃の手段などいくらでも持っていそうだ。


「とっくにそうされている」


 ベネトナシュが指を鳴らすと、辺りの光景が暗転した。


「これは……!」


 どうやら、このセプテントリオを守る結界を可視化させたようだった。藍色の結界に、無数の光の粒が浮かんでいる。まるで星々のようだ。


 だが、星にしては低すぎる。


「そう。これが結界の食い止めている帝国からの攻撃の数々。メラクの張った時空間魔術に搦め取られたもの」


「時間の流れを遅くしているのか?」


 俺は、考え得る仮説を思わず口にする。


「そう。この結界の境界だけね」


「そんな芸当が……ヨハンナ様なら可能か」


 ヨハンナの数々の偉業にはないが、そのくらいのことはやってのけそうだ。ヨハンナ様は空間魔法物理学の創始者でもあるしな。それまで系統立っていなかった結界魔術の術理を解き明かし、結界内部の環境を様々に書き換える理論を構築していたと聞く。


 結界内部の時間を遅くするくらい簡単なのだろう。

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