SNSにまつわる大人達の群像
monica
第1話 主婦ブロガーみなみ、VSアンチ(みなみ)
今日も一日、やるべきことを終えた。
まもなく日付を超えようかという時刻、1人きりのリビングでスマホと向き合うひとときが、みなみにとって唯一の癒しだった。
気楽な専業主婦といえども、日々の鬱憤は溜まる。
とりとめのない日常をブログに吐き出すことは、手軽なストレスを解消法なのだ。
ふと、メッセージBOXに新着メッセージが届いていることを示す通知マークに目を止め、みなみはやや肩をこわばらせた。
ブログにはコメント欄を設けており、通常のやりとりはほとんどそこで行われる。
ブロガーにダイレクトに届くメッセージ機能が使われることも、年に数回はあるが、大概あまり平和な内容ではなく、自然と警戒してしまうのだ。
恐る恐るメッセージを開いてみると、改行・句点のほとんどない文字の羅列にまず目が眩んだ。
読み手の視認性など全く考慮せず、一方的に投げつけられる言葉のつぶては、みなみにとってまさしく暴力そのものに見えた。
どうやらメッセージの主は、昨日アップした記事に対して物申したいらしい。
何なのよ、これ。
みなみは憤怒で身体中の血が沸き立つような感覚を覚えながらも、3回ほどメッセージを読み返した。
昨日の記事は、月に一度の有休日であった夫の達也が、
「家のことはやっておくから、みなみも久々に羽を伸ばしてきたら?」
と提案してくれたお言葉に甘え、朝からエステ、友人とのランチ、デパコス巡り、ホテルでのアフタヌーンティー……と、久々の自由を満喫した1日のことを書いた。
幼稚園に通う息子のお迎えも、夕飯の支度も、全て達也が快く引き受けてくれた。
快く…
みなみは、その時の達也の様子を思い出し、首を捻った。
これまで家事育児の分担については、幾度となく言い合ってきた。
達也の言い分としては、専業主婦なのだから家事も育児も夫のフォローも全て1人で完璧にやりおおせるべき、ということなのだが、みなみにだって言い分はある。
話し合いは平行線を辿っていたが、どういうわけかその日は珍しく、達也の方から「一日家事育児を担ってやる」と言ってきたのだ。
ついに私の気持ちが伝わったのか、とみなみは呑気に喜んでいたのだが……
まあいい。
今はこのメッセージへの対応が先だ。
メッセージの送り主曰く、専業主婦のくせに稼ぎ手である夫に家事育児を押し付けて出かけるなんて怠けている、何より許せないのは、夫に対する感謝の言葉が足りないことだ、とのことだ。
「ご主人への感謝の一言ぐらい、あっても良いかと思いますけれど?」
敬語でありながら高圧的な最後の捨て台詞に、みなみは思わず、新規記事の編集ページを立ち上げた。
売られた喧嘩は買ってやる。
メッセージの内容も含め、面白おかしく晒してやろう。
ブログネタにして昇華してやろう。
私を傷つけるのが目的かもしれないが、その手には乗るもんか。
私に投げた意地悪な石つぶてすら、私のネタの肥やしになるのだ。
みなみは猛スピードで文字を打ち込んでいく。
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「夫への感謝」?
もちろん感謝してますよ!
ただ、わたし
夫への感謝を
夫本人ではなく全世界に発信することに
意味を見出せないんですよねぇ〜
こんなところで「夫くんありがとー(はぁと)」ってエアリプ(死語?笑)したって何になるのかな?
って思っちゃう!
世間に対する「私こんな素敵な旦那さんと結婚できて幸せ」アピールでしかなくなーい?
それはそれで「マウント」とか言って叩かれるんですよね〜(経験済み笑)
私は感謝の気持ちは本人に直接伝えればそれで良いと思っていますので。
メッセージは余計なお世話です!
永遠にサヨナラ〜
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ここまで打ち込んだ後、みなみはちょっと思案して、一旦ブログを保存する。
そして、フォロー中のブログ一覧から、「二児ママモデル ルリの毎日しあわせdiary…♪」というブログタイトルをクリックした。
ルリはみなみの学生時代からの友人であり、現在はモデルの仕事をしながら、子育てにも奮闘している。
同じブログサービスで記事を書いていることはお互いオープンにしており、相互フォローの間柄だ。
ルリの最新記事をクリックし、みなみは肩を落とした。
先日誕生日だったルリは、夫より贈られた花束とケーキの画像をアップし、
「私のことを誰よりもわかってくれる夫くん…
本当にいつもありがとう❤︎」
と締めくくっていたのだ。
みなみは先ほど保存した編集中の記事に戻り、一瞬の迷いののち「削除」ボタンを押した。
ルリの記事はまさしく、夫への感謝エアリプ。
「私こんな素敵な旦那さんと結婚できて幸せ」アピールそのもの。
みなみが先ほど書いたような記事をアップしたら、間接的にルリを批判することになってしまう。
ルリとは考え方が異なる点も時々あるが、良き友人だ。
傷つけたくはない。
みなみはいつも通り、今夜の献立の記事を書き、最後に
夫くん、いつもお仕事がんばってくれてありがと〜
と添えた。
と同時に、どっと徒労感に襲われる。
これでいい。
これで、良いのだ。
みなみはスマホをスリープモードにし、夫と息子の待つ寝室へと向かった。
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