第74話  策士の手法


 バスに揺られて中枢エリアまで移動してきた俺たちは、吹村の案内のおかげで無事にホテルまで帰ってくることができた。

 バカ高いホテルのエントランスに入り、ホテルマンから手厚い歓迎を受けながら俺の部屋に帰宅。

 さっき一度かつての安アパートに戻っていたからか、ホテルの部屋がより広く、より美しく洗練された空間のように見える。


 俺は中へ入り、奥の寝室まで直行して壁際にボストンバックを降ろした。


「とりあえず適当にこの辺りに置いておくか。それにしてもこの部屋……」


 と同時、寝室の違和感に気づく。

 今朝起きた時はベッドや掛け布団がぐしゃぐしゃだったはずだが、今ではシーツが取り替えられ、しわ一つ見当たらない。

 まだチェックアウトしてないんだが、留守中にベッドメイキングもしてくれるのか。

 ただ、その他の床や壁、テーブルの上などに散らばっている俺の私物には一切手をつけていない。

 ベッドや床は掃除や片付けが行き届いていて清潔感が溢れているが、対照的に床に散らばった私物のミスマッチ感がすごい。

 片付いてるのか片付いていないのかよく分からない空間になっている。

 俺が綺麗好きの片付け上手だったら完璧な一室が完成していたんだろうが、自堕落な性格で申し訳ないね。


 すると、遅れて後ろからドタドタと騒がしい足音が追いかけてきた。


「ふわぁ~、すごい!! これが迷宮学園有数の高級ホテル最上階のお部屋ですかー!!」


 吹村は目を輝かせてわーきゃーと叫びながら、首からぶら下げているデジカメでパシャパシャと部屋中を撮影しだした。


「おぉい! なんで写真撮ってんだ!?」

「こんな高級ホテル、しかも最上階の部屋に入れることなんてこれが最後かもしれませんからねっ! 今のうちに記念用と記録用に二枚ずつ激写しておかないと!!」

「いや写真撮ってる理由を聞いてるんじゃねぇよ! 勝手に写真撮んなって言ってんだ!」

「ええ~? ちょっとくらいいいじゃないですか! 安心してください、先生の個人情報に関わることですから誰にも言ったりしませんので。それにぃ、先生も白昼堂々と学園の女子高生と一緒にホテルに入ってました~、なんて情報流されたくないでしょ?」

「それだけはやめてください。冗談抜きで死んでしまいます」


 そんな情報がリークされたら社会的に抹殺されてしまう。

 特に彩夏なんかにバレたら物理的にも殺されかねない。

 ……誰にも情報を漏らさないと言うなら、部屋の写真くらい好きに撮らせてやるしかないか。

 今さらだが、こいつはホテルのエントランスに残しておけば良かったと後悔する。

 まあここまで着いてこられてしまった以上、後の祭りなんだが。


 俺が密かに頭を抱えていると、吹村が綺麗に整えられたベッドにダイブしてぼふぼふとバウンドを楽しんでいた。

 めちゃくちゃはっちゃけている。

 ひとしきりバウンドを堪能した吹村は、ベッドの端にちょこんと座った。


「ふぅ~、ベッドもふかふかでたまらないですね! こんな高級ベッドで毎日寝られるなんて羨ましいです! あ、それで葛入先生! 行きたい場所はここだけですか?」

「……なんだと?」

「他にも行きたい場所や分からないことがあるならお教えしますよ! ほら、もう一軒くらい気になる場所とか施設とかあるでしょう? ありますよね??」


 吹村はぴょんとベッドのバウンドを利用して飛び上がり、俺に詰め寄ってきた。

 有無を言わさぬ圧力を感じる。


 ……たしかに、気になる場所というか見学しておきたい施設はあるんだが。 

 果たしてこいつと長時間一緒にいていいものかと不安がよぎる。

 が、今の俺は登録者百万人オーバーの超有名ダンジョン配信者(JK)と一緒に真っ昼間から高級ホテルの最上階の自室にいるという状況。

 どのみち拒否権はない、か……。


「……ま、たしかにこの後に行こうとしてた場所はないこともないが」

「さすがは葛入先生! そうこなくっちゃです!」


 昨夜、学園長から直々に与えられた任務――『新世代』の教育。

 神の寵愛を授かりし者とも称される、生まれながらにして特異な、あるいは並外れた能力を宿しているガキんちょ共の総称。

 十歳にしてすでにそこらの成人の探索者を軽く上回る実力を有する『新世代』だが、実戦で使えるかと言われればまだまだ不十分と言わざるをえない。

 新しき魔王――『魔厄九王ディザスターズナイン』の襲来に備えて、今の内から『新世代』のガキんちょ共に実戦ベースの指導を施す必要がある、と学園長は考えているらしい。

 面倒くせぇが、そのような教育指導を任されたからには、それなりに真剣に取り組むつもりだ。


「聞きたいんだが、この迷宮学園で生徒が使える訓練施設みたいな場所はあるか?」

「訓練施設ですか?」

「ああ。例えば、スキルの発達訓練や高ランク脅威度のモンスターとの実戦を想定した訓練場とか」


 吹村は人差し指をあごに当てて、斜め上に視線をあげる。

 ん~、と唸ったあと、困ったように眉を寄せた。


「いくつか……というか、小さな所も合わせたら恐らく五十ヵ所以上はあるかと思いますけど……」

「なら、最初はお前がよく使ってる施設に案内してくれ」

「え、私??」

「そうだ。さっき探索者階級は一級だって言ってたよな。その歳でその階級は十分異常だ。お前も探索者としてかなり上澄みの生徒だろう」

「い、いやぁ~、葛入先生にそう言われると照れちゃうと同時に少しだけ恐れ多くもありますねぇ……」


 吹村は苦笑しながらぽりぽりとほっぺをかいた。

 が、すぐに表情を変えて、自信の表れを示すように自分の胸を拳でどんっと叩いた。


「ですが、お話は分かりました! 私が普段トレーニングに通ってる施設で良ければ、惜しみ無くご紹介いたします!」

「そうか。なら、よろしく頼むぜ」


 その後、少しだけ休憩をしてから、やる気満々の吹村を先頭にこのスイートルームを後にするのだった。




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