第73話 頼もしき案内役
「それじゃ、最初はどこに行きましょっか! 行きたい場所の名前とか特徴とか分かりますか?」
「ああ、まあな……」
俺はバスのターミナルへと向かって歩みを進めていた。
隣には、一人の女子生徒がマスコミのように貼りついてきている。
結局、成り行きで吹村に迷宮学園を案内して貰うことになった。
学園内を案内してくれるのはありがたいんだが、微妙に気を張っている自分がいる。
それも当然だろう。
こいつとの会話の中で何か失言したりポロっと口を滑らしたりしたら終わりだ。
一瞬でスクープとして特集記事を組まれることになりかねない。
そういう意味では、無意識でも絶対に情報漏洩が不可能なエレトワ姫の契約魔法は安心感がある。
少なくともミノタウロスの異常現象や魔界についての情報をうっかり喋ってしまう可能性はないが、俺の個人情報についてはその限りではない。
特に馬男の正体が俺だということはバレないよう留意しなければ。
内心静かに決意しつつ、怪訝に思われないよう努めて自然に吹村へ返答した。
「まずは俺が泊まってたホテルに戻りたい。名前は分からないんだが、瑠璃たちのクラスがある校舎に近くて、中枢エリアの一角だったと思う。たしか結構高いビルで、詳しくは覚えてねぇが……少なくとも三十階以上はあったはずだ」
「むむむっ!? 瑠璃っていうのは、もしやあの『キラキラ☆ルリィ』ちゃんのことですか!?」
「……そうだが、それがどうかしたのか」
「いえいえ、思わぬビッグネームが出て少し驚いてしまっただけです。ルリィちゃんは『新世代』筆頭と恐れられる将来有望な探索者ですからねぇ。学園内でたまに会うことがあるのですが、元気良く挨拶をしてくれます。他の『新世代』メンバーに打ち勝って事実上トップの座を獲得したというのに、傲ることもなく私のような一般生徒にも優しく接してくれる良い子ですよね」
「傲ることもなくってそれマジで言ってんの? 俺に対してはめちゃくちゃ傲慢かつ高圧的なんだが」
「にはは、それは先生が愛されているということでは?」
そうだろうか?
俺にはとても愛ゆえの行動とは思えないんだが。
多分俺のことは認めたくないけど、実力でねじ伏せられたから渋々言うことに従ってるだけって感じがする。
心春はともかく、瑠璃の方は俺に対する尊敬の念のようなものは皆無だからな。
だが、瑠璃が吹村にはそんなに好意的に接してるのは意外だったな。
心春は友達だから置いておくとしても、その他の人間にはメスガキよろしく舐めた態度をしてるのかと思ってたが、やっぱりそういう目で見られてるのは俺だけということか……?
そう言えば一昨日も吹村こと『謎ミスちゃん』が登場した時、瑠璃もテンションが上がっていたような気がする。
さっき『謎ミスちゃん』のチャンネルを再確認したが、瑠璃のチャンネルより数万人だけ登録者が多かったから、ダンジョン配信者の先輩として尊敬しているのかもしれない。
吹村は自身のデバイスを神速の指技で操作しながら、ものの数秒足らずで俺に画面を見せてきた。
「先ほどのお話ですが、先生が仰られた条件にヒットしそうなホテルはこちらの三棟しかありませんでした。外観はこんな感じになっているのですが、ピンとくるものはありますか?」
「早ぇな!? えーっと、どれどれ」
腰を少し屈め、目を細くしてデバイスを見る。
画面には三枚の写真が一部重なるような形で配置されていた。
どれも高層階でかなり立派な外観だ。
それらの写真の背後には地図アプリが開かれていて、それぞれのホテルの位置を指し示す赤いピンマークが見え隠れしている。
提示されたホテルを順繰りに見ていき……一つ、見覚えのある写真を名指しした。
「多分これだ。一番右上の写真」
「なるほど! これは中枢エリアと第一学区の境界線辺りに位置しているホテルです。第一学区には『新世代』専用のクラスがある校舎が建っているので、ルリィちゃんが通っている学校はそこですね。ちなみにですが、ホテルは何階に泊まられているんです?」
「あん? 一応、最上階だったかな」
「なんとっ! このホテルは結構お高めなんですが、先生ってお金持ちなんですね!」
「いや、このホテルは学園長に手配してもらったやつだ。だから俺が金を払ってる訳じゃないんだが……ちなみに一泊おいくらくらい?」
「何でも汗水垂らして働いたサラリーマンの一、二ヶ月分のお給料はくだらないとか……」
「マジでか!? 普通に高級ホテルじゃねぇか!」
ホテルの金額には驚いたが、同時に納得もした。
思い返してみれば、たしかにサービスは極上だったからな。
電話一本でほぼ全てのお困りごとは解決してくれるし、専属コンシェルジュみたいな爺さんもいたような気がする。
こんな贅沢を知ってしまったら、もう根倉と二人暮らししてた安アパートには一生戻れない。
まあ、きっとあいつともしばらく会うことはないだろうから、良しとしよう。
「うーん、このホテルの位置的に向かうとしたら中枢エリア行きと第一学区行きのバスどちらに乗ってもそう変わらなさそうですが……ダイヤ的に中枢エリア行きのバスがまもなくやって来るので、そちらに乗りましょう!」
「そ、そうか。助かるぜ」
「これくらい、へっちゃらです! 私に着いてきてください!」
歩きながら喋っているといつの間にかバスターミナルへ到着していたが、吹村は迷うことなくその先へ進んでいく。
そしてターミナルの一角に着いたと同時、一台のバスが減速して、俺たちの目の前で停車した。
バスの電光掲示板には、『中枢エリア直通』と表示されている。
「このバスか」
「そうです! タイミングばっちりでしたね!」
俺は吹村と共にバスに乗り込んでいく。
ふぅ、とりあえずホテルにはたどり着けそうで良かったぜ。
根倉の家から持ち出してきた荷物がパンパンに詰まったこのボストンバックをどうにかしたかったからな。
こうして、吹村による迷宮学園案内旅が幕を開けることとなった。
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