これからも僕達は 外伝5

春渡夏歩(はるとなほ)

これからも僕達は 外伝5

春が来た

春が来た1

 その日は本当は3人で出かける予定だったが、ノヴァは体調が悪いらしく、朝から気分が悪そうだった。


「大丈夫? 何だったら、一緒に行って、ディープの所で休んでいたら?」

「ウチでひとりで休んでた方がゆっくりできるから」

 それもそうかもしれない、とラディは思った。

「エス。ごめんね。ふたりで楽しんできて」

「うん」

 今、エステルが夢中になっているビデオアニメが映画化されて、前から観に行く約束をしていた。エスは、そのお気に入りのぬいぐるみをノヴァに渡した。

「母さま、この子がエスの代わりに一緒にいてあげるね」

「ありがと。ルー、父さんと母さんによろしく言って。あまり父さんを心配させないようにして」

「わかってる。じゃあ、行ってきます」

 エスに手をふりかえし、ノヴァはぬいぐるみを抱いてソファに横になった。


 映画がはじまるまでの時間、ふたりは立ち寄ったのだという。

「こんにちは!」

「お邪魔します」

 以前は自由に出入りしていたラディが、エステルの手前、挨拶してから入って来るようになったのが、エリンには可笑しいらしく、いつも少し笑って迎えてくれる。

「いらっしゃい」

 エステルは部屋に駆け込んで、ディープに抱きつく。

「ディーパパ!」

 お祖父ちゃんと呼ばれることに抵抗したディープをエステルはそう呼んでいて、大好きなのだ。

「エス! よく来たね」

 ラディからノヴァの様子を聞くと、

「ウチで休んでいればいいのに」

 やっぱりディープはそう言った。


(あ、もしかしたら……?)

 エリンは思い当たるものにそう思ったが、口には出さなかった。

「あとで様子を聞いてみるわね」

 ディープはエスを少しでも引きとめようと試みて、

「エス。ゆっくりしていけばいいのに。映画は今度にしない?」

 エスは困った様子で、ラディを見た。

「え〜。どうしよう……」

「ディープ、エスが困ってるだろう。ノヴァも一緒にまた来るから」

 ラディに言われてしぶしぶ引き下がったが、そのとき、映画を見に行くエステルをもっと強く止めていたらと、あとになってディープは後悔することとなった。


 映画を楽しんで、そのあと大好きなパフェを食べて、エステルはご機嫌だった。

「母さま、これなら食べられるかなぁ」

 エステルが選んだ綺麗なフルーツゼリーをお土産にした。


 雨が降り出して、帰りのフリーウェイは混雑気味だった。

 後ろのジュニアシートに座ったエステルが静かなので、ふりむいて見ると、お土産を膝の上に大事に抱えたまま、うとうとしている様子に、ラディは微笑んだ。


 そのとき、エアカーの警告音が鳴って、自動運転が突然、解除された。

(えっ?!  何?)

 バックミラーに、後方から急に押し寄せるように迫ってくる幾つもの塊……それは、後ろの車の列で、避けようがない。

「エスっ! 起きて!! 頭を抱えてっ!」


 —— 衝撃。


 その日、フリーウェイで、整備不良車が原因の大規模な多重追突事故が起きた。ラディ達の車はその中にあって、巻き込まれていた。


 ラディは衝突した際に胸を強打したらしく、息をするたびに痛みが走った。

(エス……)

 後部席のエスは無事だろうか。おそらく車の前方部分が潰れているのだろう。足が挟まり、動けなくて、確認できない。

「エス、きっと……助けてもらえるから……ね」

 腕の端末で連絡をとろうと試みる。

(頼む……気がついてくれ)

 コール音の後で、相手につながった。

『はい。……ラディ?』

 ディープの声が聞こえたけれど、そこで視野が暗転して、あとは何もわからなくなった。


 ラディは事故の際、潰れた車に挟まり、長く圧迫されていた影響で、一時は危険な状態となった。

 —— 医療用生体モニターの赤いランプが点滅を繰り返し、警告音が鳴り続いていた。


 

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