第21項 面接の準備です


 面接の日になった。


 あのあと広報に問い合わせたところ、今回の誘致のキモは、外貨を落とす貴族を取り込むことらしい。


 それで、爵位持ち限定ということだった。

 たしかに、平民は豪商でもなければ外国旅行できないもんね。

 

 孤児院の子供達の顔が頭に浮かぶ。

 早くアイツらも自由に旅行できる時代になればいいんだが……。


 すると、メイが俺様の顔を覗き込む。


 「ルーク様。ルーク様。いま、柄にもないことを考えてたでしょう? 大丈夫。貴方が思うようにすれば、世の中は良い方向に向かいますので……」


 ん。

 やはりお前はクズ男が好きなのか?


 っていうか、むしろ、俺が息をするだけで世の中は悪い方向に向かっている気がするんだが……。



 ちなみに、面接はグループ面接で、衣装は各々が準備する。そして、衣装のセレクトも採点の対象となっている。


 ライバル達も趣向を凝らしていると思うが……。

 

 俺たちは、海外旅行といえばハネムーンでしょ。ということで、俺様の独断でウェディングドレスとフロックコートの組み合わせにした。


 メイは「外国にいくときは、みんなドレスなのですか?」などと言っていたが、外国はドレスでいかないと死刑になると言ったら簡単に信じた。


 相変わらずチョロいぜ。


 ちなみに、このコンセプトにしたのは、単にメイのドレス姿が見たかったからなのは言うまでもない。



 さて、衣装に着替えて会場にいくか。

 立ち上がると、俺は目眩がしてよろけてしまった。


 メイが心配そうに俺の左腕を支えてくれる。

 「ルーク様。大丈夫ですか?」


 「ああ、大丈夫だ。問題ない」

 


 実のところ、最近、寝不足なのだ。

 夜な夜な、深夜の2時くらいになると、トントン…って、誰かが俺様の部屋をノックする。


 俺の寝室の前には「メイは夜間入室禁止」と貼り紙があるから、メイではないだろう。


 先日、メイに存在を否定された俺様のプチキャノンがね。メイを怖がっているのだよ。

 

 それで、こいつは夜間入室禁止にした。



 それなのに……だ。

 毎晩2時くらいになると、トントンって……。


 メイじゃないとしたら誰なんだ。

 怖すぎる。


 それでだ。

 俺様は昨日、勇気を振り絞ってある試みをした。

 

 ソレは決まって深夜2時にやって来る。

 俺様は先に待ち伏せして、鍵穴から外の様子を覗いていたのだ。


 そうしたら、暗がりの中、目の前に突然、眼球がギョロっと……。


 ひーっ。

 考えただけでも失禁しそうだ。


 その衝撃でプチキャノンも再起不能になった。

 さらば。小さな相棒。


 まぁ、それから朝まで眠れなかったわけだ。


 思い切ってメイに相談してしてみよう。

 情け無い男だと思われても仕方がない。

 

 もしかすると、Eカップ(未確認)で抱擁してくれるかもしれんし。


 「実は、俺様の部屋に夜な夜な心霊がでるんだ。それで不眠気味でな……」


 すると、メイは驚いた様子で。

 「やっぱりそうなんですね! わたし、最近ルーク様が元気ないから、心配で様子を見に行ってたんですよ」


 嫌な予感しかしない俺様。


 メイはお構いなしに続ける。

 しかも、なんか楽しそうだ。腹が立つ。

 

 「そして、部屋に入るなと言われてたから鍵穴を覗いたら、向こうから眼球がギョロっと覗いてて。これは絶対に悪霊だって。こわかったんです!!」


 おい。ちょっとまて。

 おれは目玉のことなんぞ、お前に話してないぞ。


 なぜ、ノーヒントで正解にたどり着ける?


 しかも、たぶんそれ俺様の目玉だし。


 さぁ、お仕置きの前の最終確認だ。

 「なぁ、様子を見に来てくれたのは何時だ?」


 「いつも2時です」


 …………。

 ……。

 

 ビシッ。

 俺はメイにデコピンをした。


 メイはおでこを押さえて口を尖らせている。

 「ひっどーい!! 何するんですか!! ルーク様っ」


 ひどいのはお前だっつーの。

 こっちの眠れぬ日々を返せ。


 ついでにプチキャノンも返せ。

 あいつ、きっと今ごろ三途の川を渡ってる頃だぞ。

 

 こうして、尊い犠牲の下、メイの出禁は解除された。



 俺は、寝室(霊体験現場)で待っている。


 おれは既に着替えは終わっている。

 クロックコートにシャツ、ベストにズボン、ネクタイの出で立ちだ。

 

 ちょっとベストがきついかな……?

 健康寿命を伸ばすために、明日から散歩でもしようかな。



 それにしても落ち着かない。

 俺様は部屋の中を右往左往する。


 花嫁の着替えを待つ、新婦のお父さんってこんな感じなんだろうか。



 ガチャ。

 「お待たせしました……」


 メイが姿を現す。


 ゴトッ。

 

 俺様は不覚にも、手に持っていた万年筆を落としてしまった。


 メイは幸せそうにニコニコしている。


 自然に視線が下にいく。

 

 ドレスの胸元が大きく開いている。

 メイの胸元は何度も見たことがあるが、女性の鎖骨がこんなに美しいとは知らなかった。

 

 もっと視線を下に移す。


 すると、露わな肩口とは対照的に、美しい刺繍の入ったレースが、優しいラインを描きメイの二の腕を覆っている。

 その優しさは、まるでブーケのラッピングのようで、メイの優しさを表現しているようだった。

 

 短めのバストラインのすぐ下から流れるようなエンパイアラインのスカートには、適度にティアードが入り、十二単衣じゅうにひとえの裾ようだ。

 均整のとれたメイのスタイルをより美しく見せてくれている。

 

 カジュアルな中にもフォーマルさが混在している。

 そして、メイの美貌が、これに煌びやかさと可憐さを追加するのだ。


 相反する魅力が混在している。

 二律背反。

 

 俺様には、この美しさを言い表す言葉が見つけられない。



 このドレス。

 実は亡くなった母上からの借り物なのだ。


 時間もお金もなかったから、

 ……間に合わせのつもりだったが。


 まるで、メイのために仕立てられたドレスのように見える。

 何よりもドレスがメイを、メイがドレスをそれぞれ認め、尊重しあっているように見えるのだ。


 そんなことあるはずがないのに、母上に自慢の花嫁を紹介できた気がする。


 「ルーク、いい子を見つけましたね」


 とでも言いたげに。



 やばい。

 また泣いてしまいそうだ。


 込み上げる涙をグッと我慢する。


 メイと知り合ってから、どうも涙腺が弱くていけない。


 おかしいな。

 他人を追い詰めて泣かせる側の人間だったはずなのに。

 

 メイと長く過ごしたら、きっと、どんどん涙腺が弱くなって、泣き虫お爺さんになってしまうだろう。

 

 そうであってほしい。

 いや、そうでなければならない。



 そのために俺は舞い戻ったのだ。



 ずっとクズで傲慢ごうまんだった俺様を。

 自分自身でさえ否定した俺様を。


 ただ1人、真っ直ぐにみて。

 そして共に歩いてくれるこの女性のために。


 俺は彼女の騎士でありたいと思う。

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