第56話 オースティンside21



アシュリーの挑発するような言葉に父と母の眉がピクリと動く。



「結婚して随分と横柄になったのだな……アシュリー!」


「あら、お褒めいただきありがとうございます」



優雅に佇んでいるアシュリーに父はずっと気になっていたことを問いかけた。



「エルネット公爵の、今の状況を知っているか?」



エルネット公爵の変わり果てた姿を見てアシュリーがそのことを知っているのか、オースティンも気になっていた。

もしかしたらギルバートがアシュリーを守ろうと黙っているだけなのかもしれない。

そう思っていたがアシュリーの次の言葉に驚くことになる。



「勿論、存じ上げております」


「………!」


「え……?」



両親のあの姿を見ても心一つ動かされないというのだろうか。

アシュリーは無邪気に、そして嬉しそうに手を合わせている。



「あのような姿を見て、何も思わないのか!?」


「何も思わないのか、とはどういう意味でしょうか」


「……何故、会ってやらんのだ!」


「わたくしが、あの方たちに会う必要がありますか?」



話が噛み合っているようで噛み合ってはいなかった。



「サルバリー国王陛下も王妃陛下も、あの方たちを嫌っていたではありませんか。関わらずに済むと清々すると仰っていたのに」


「……それは」


「まさかとは思いますが、あの姿を見て同情でもしましたか?」



アシュリーはクスクスと小さく笑っている。

国王達はループ伯爵の話を思い出していた。

やはりアシュリーはずっと治療をさせられていたことで恨みを募らせていたのだろうか。



「わたくしはあの二人にとって、ただの金儲けの道具でした。王家にとっても、わたくしとユイナ様は道具でしかなかった……そうですよね?」


「な、にを……言って」


「ユイナ様はとても素敵な方でしたわ。オースティン殿下のために力を強めたいから何か方法がないのか……お二人の婚約披露パーティーの日にわたくしに一生懸命聞いておりました」


「まっ、まさかユイナが……!?」


「ただ利用されているだけとも知らずに可哀想に……」



ユイナはオースティンの中で我儘で厄介な娘だった。

言うことは聞かないし、オースティンを困らせてばかりだった。

けれどユイナはユイナなりにオースティンのことを考えて動いていたようだ。

しかしいなくなった今では謝罪もすることができない。

もう何もかもが手遅れだった。



「まさかユイナのことを何か知っているのか?」



父が震え声でアシュリーに問いかける。

オースティンもアシュリーが何かを知っているのではないかとそう思った。



「いいえ……?お友達になってくださいと言われたので、少しお喋りしてユイナ様の知りたいことを教えてさしあげただけですわ」



知りたいことを教えてあげた……アシュリーのその言葉に父が大きく反応を返す



「やはりユイナに余計なことを吹き込んだのは、アシュリー……お前なのか!?」


「余計なことなんてとんでもない!ただ用がなければゴミのように捨てられると、わたくしの経験に基づいて教えてあげただけですわ」


「……!」


「今日も会えるのを楽しみにしていたのに……残念でなりませんわね」



アシュリーの真っ赤な唇が歪んだ。

その瞳には憎悪が滲んでいるように思えた。

ユイナが消えたことについて何か知っている、直感的にそう思った。

しかし証拠がない以上、問い詰めることもできない。


アシュリーはギルバートに寄り添うように腕を絡めた後にニコリと微笑んだ。


もし自分たちがアシュリーを大切にしていたら。

オースティンがアシュリーとこんな風に愛し合っていたのなら……今、アシュリーの隣に立っていたのはオースティンだったかもしれない。

そう思わずにはいられなかった。

オースティンは急に体が冷えていくのを感じていた。


オースティンは先ほどから咳き込んでいて言葉を紡げない。

ヒューヒューと音を立てて呼吸している。

そんな様子をアシュリーやギルバートは気にもせず、視線を送ることすらない。

母が必死に背を摩る。


以前ペイスリーブ王国に来た時とは比べものにならないくらい体力は落ちていた。

季節が寒くなってきたこともあり、熱も上がりひどい状態だった。

オースティンはソファに倒れ込む。

カルゴが焦って首を横に振っているのがぼやけた視界に見えた。



「アシュリーッ、一刻を争うのだ!頼むから力を貸してくれっ」



父の悲痛な叫び声が部屋に響き渡る。



「どういたしましょうか。ギルバート殿下」


「アシュリーの好きにしていいよ」


「では、サルバリー国王陛下に窺います。オースティン殿下を治療して、わたくしやペイスリーブ王国に何かメリットがあるのでしょうか?」


「は…………?」


「わたくしはもうサルバリー王国の人間ではありません。お忘れですか?」


「わ、忘れてなどいないがっ」


「どうしてもと言うのならわたくしが納得できるメリットを提示していただいて出直してくださいませ」


「……っ」


「まさか無償で治療を受けようと思っていたのですか?」


「そ、れは……!」


「まぁ……!なんて厚かましいのかしら」

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