第50話 オースティンside17


オースティンは咳き込みながらも安堵していた。

浮かない顔のカルゴに手伝ってもらいながらも、ゆっくりと体を起こすと無表情のユイナが近づいてくる。


(これでやっと楽になれる……!)



「……ユ、イナ!今すぐっ、治療を頼む!」


「……っ」



ユイナは僅かに目を見開くと何も言わずに黙っていた。

胸元を押さえながらも震える手を伸ばす。

部屋に淡い光が満ちていく。

ついにユイナの治療を受けても息苦しさも体の重さも以前のように消えることはなかった。


(やはりユイナの力では……)


そう思ったとしても本人の前では言えるはずもなく、ただ笑みを浮かべるしかなかった。



「ユイナ、ありがとう……楽に、なった。やはり俺には君の力が必要なんだ…!」


「……」


「ユイナ?」



ユイナは相槌も打つことなく静かにオースティン睨みつけていた。

こうして頼み込んでいるもののユイナは頑なに力を使おうとはしない。

しかしユイナの機嫌をこれ以上損ねるわけにはいかなかった。



「本当に、ありがとう」


「……もう、いいですか?」


「え……?」



ユイナは明らかに苛立ちを露わにしている。

彼女が握る手のひらはブルブルと震えていた。



「ユイナ……?一体、どうしたんだ?」


「………」


「な、何か欲しいものはないか?また新しいドレスを作るのはどうだろうか」


「ドレスなんていらないわ!他の人にプレゼントすればいいんじゃないんですか?」


「なっ、何を……」


「あなたと話したくない。もう部屋に戻らせて」



ユイナは目を合わせることもなく、そのまま部屋から立ち去ってしまった。

重たい体を引き摺ってオースティンは父と母の元に向かう。

ユイナは治療すること自体を拒否し続けていて、結界も張ることはない。

側妃を迎える案が侍女たちの口から漏れたことが決め手となってしまったようだ。


オースティンだけを治療していることを悟られぬようにしなければいけない。

辺境からは助けを求める声が届いた。

魔獣が入り込んでいると噂を聞いて貴族たちも説明しろと王宮に押し寄せてくる。

サルバリー王家は追い詰められていく。

ユイナとの婚約は解消されていたことは徐々に広がりをみせた。


オースティンの体調は悪くなるばかりで状況はどんどんと悪い方向へと進んでいく。

けれどオースティンはユイナの機嫌を窺いながら治療を受けるしかなかった。

医師ももう治療の手立てはないといった。

薬の研究はオースティンがアシュリーの聖女の力で病が治ったと思い、中断したことが仇となった。


治療の期間は短くなっていく。

その間、ユイナの気を引こうと必死にアピールしていた。

宝石にドレス、菓子や花と以前好きだったものを持っていった。

けれど喜ぶどころか、ユイナは嫌悪感を滲ませて態度はどんどんとひどくなっていく。

ついには何を言ってもオースティンを無視して、治療が終われば「話しかけないで」と言うようになった。


そんな時……決まってアシュリーの顔が思い浮かんだ。


今まで自分がアシュリーに言っていたことと同じことを言われているのだと気づいた。

長年アシュリーはこの態度に耐え続けていた。

『用が済んだらさっさと帰れ』『お前といてもつまらない』『俺に話しかけるな』

ユイナから冷たい言葉を投げかけられる度に、己の罪を見せつけられているような気がした。


あの時、アシュリーがどう思ったのか。

それを考えるだけで胸が痛んだ。


アシュリーは何故こんな扱いを受けながらも治療をしていたのだろうか。

オースティンはユイナに数日拒絶されただけで心が折れそうだった。


今、ユイナは目も合わせてはくれない。

そんなキツい態度のユイナと毎日顔を合わせるのは苦痛だった。

オースティンがアシュリーにしていたことをそのままされている。

ユイナからはオースティンに対する憎しみのようなものが滲み出ていた。


(……アシュリーも、こんな気持ちだったのか)


オースティンも冷めた態度でアシュリーの好意を踏み躙っていた。

アシュリーはいつでもユイナのように振る舞うことができたはずなのに、それをしなかった。


(こんな状況で、何故アシュリーは……!)


アシュリーがいなくなり、ユイナにこうした扱いを受けて初めて己の立場を自覚する。

もう完全に手遅れではあるがオースティンはアシュリーにしていた行動を悔いていた。


そしてついには一日、半日と治療の間隔は縮んでいった。

治療をする度にユイナはオースティンに軽蔑した眼差しを向ける。

その理由は側妃の問題だけではない気がした。


(こんな体じゃなければ……!)


またアシュリーが治療していた時のような体に戻りたいと願っても、もう二度とあの日々には戻れない。

絶望がオースティンのすぐそこまで迫っているような気がした。

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