第49話 オースティンside16
父の手も大きく震えていた。
しかし自らを落ち着かせるように深呼吸をした後に頷く。
「わかった……皆にもそう伝えてくれ」
「ですが、サルバリー国王陛下ッ!」
父の背後に控えてる宰相が焦ったように声を上げる。
オースティンだけを治療しているのが知れ渡れば、貴族や大臣たちの反発は必至だろう。
それよりも結界がなくなり魔獣が入り込むようになれば国民の反発は免れない。
騎士を派遣するにしても力のないものばかりでは意味もない。
「魔術師に連絡はとれたか!?次の聖女を呼び出せ」
「連絡はとれましたが……また大金を要求してきています」
「……クソッ!」
ユイナが使えないのなら、次の聖女をと魔術師に連絡を取ったらしいが、前回を超える大金を要求されてしまう。
『お金が貯まったらまた連絡をしてくれ』
そんな魔術師の言葉に絶望していた。
サルバリー王国がこれからどうなってしまうのか。
考えるだけでゾッとする。
「仕方ないがユイナは病床に伏せっていることにする」
「そ、そんな!国はこれからどうなるなってしまうのですか!?」
「致し方ない。今すぐに魔獣の対策する……大臣たちを集めてくれ」
「……っ、ですが」
「後は任せる。調整してくれ」
納得できないのか宰相は強く唇を噛む。
「このままでは……」
そんな声を父は無視して聞こえないフリをしているようだ。
そんな中、王妃はユイナを見ながら困惑して首を横に振る。
「ユイナ、どうして……」
「私、皆のためにがんばろうって思ってました。でも皆、私を利用するばかりで大切なことを何も教えてくれなかったじゃないですか!」
「大切なこと?何を言っているの?」
「私はもう騙されませんからっ!それに全部自分たちの思い通りになるなんて思わない方がいいですよ?何を言われても私は絶対に屈しませんから」
「……ッ」
ユイナはオースティンに力を使うと、こちらを睨みつけながら侍女たちとともに部屋に戻るため去って行く。
母が呆然としながら呟くように言った。
「ユイナに、何があったというの……?」
「クソッ!」
父は椅子の肘掛けに向かって苛立ちをぶつけるように何度も拳を叩きつけた。
「生意気な小娘がッ!このような態度っ、許されないぞ……聖女の力さえなければ今すぐに処罰してやったものを。黙っていればつけ上がりおって」
「やはり、アシュリーの方が……」
「───黙れッ!」
広間に父の怒鳴り声が響き渡る。
王妃は申し訳なさそうに瞼を伏せた。
「アシュリーのことは忘れろっ!二度とその名を口に出すなっ」
「だけどサルバリー王国の未来やオースティンの命に代えられないわ……!」
「わかっているッ!」
「なら……」
オースティンのためならばと王妃も珍しく意見を返す。
このままでは結界を張ることもできずに、王家は責任を問われることになる。
アシュリーが治療していた貴族たちが、ユイナの力を求めて王家に押し寄せている中で、ユイナが治療をやめてしまえば不平不満は自然と王家に向けられることだろう。
本音を言ってしまえば、今すぐにアシュリーの力を借りたかった。
アシュリーをオースティンの婚約者にすれば、また安定した日々に戻ることができたのに……。
ユイナの態度に振り回されている今だからこそ、そう思えた。
オースティンは心の底から後悔していた。
宰相はアシュリーを予備として取っておけばと言っていた。
そのことが今になって響いてくるとは思いもしなかった。
あの時、アシュリーを〝偽物〟として切り捨てたことで、取り返しのつかないことになってしまった。
動き方次第ではすべてを手に入れていたかもしれない。
だが、選択を間違えたのだ。
エルネット公爵の元にアシュリーがいたのなら金をチラつかせれば治療させることは簡単だったろう。
アシュリーは何も文句を言うことなく言うことを聞いていた。
しかしいくら嘆いたところで過去は戻らない。
「一度、アシュリーに謝罪の手紙を出して様子を窺ってみるのはいかがでしょうか?」
「……好きにするがいい」
父にそう提案すると、苛立ちを含んだ低い声でそう言葉が返ってくる。
不安、心配、苛立ち……暗く淀む空気に誰もが口を閉じて下を向いていた。
(どうしたらいいんだ)
胸元の痛みは日に日にひどくなるばかりだ。
オースティンは痛む頭を押さえていた。
数日後、オースティンは高熱と息苦しさで視界がぼやけていた。
ユイナの力は一時的で、すぐに効果は切れてしまう。
そんな時、ノックと共に部屋に入って来たのはユイナとカルゴだった。
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