第45話


破滅に向かってひた走る両親の姿を見てもアシュリーは何も感じない。

悲しくも辛くも苦しくもない。

自分の大切な家族であるロイスとクララ、ペイスリーブ王国だけが幸せに暮らせればそれでいい。

そのためにはまだ足りない。


(もう少しで、とどめが刺せるのね)


二人は今までの生活を忘れられずに、最後の最後までしぶとく足掻くだろう。

アシュリーは小さく笑ってから、ドキドキする胸元を押さえた。



「ギルバート、聞いて」


「なんだい?」


「わたくしね、ユイナ様に嘘をついたわ。本当は魔力が不足するだけで命は使っていないの」


「……そうだね」


「わたくしはうまく嘘をつけたかしら?人を欺くなんて初めてよ。まるで悪戯が成功した気分ね」


「とっても上手だったよ、アシュリー」


「そう、なら良かったわ。わたくし、まだまだ悪い子になる練習が足りませんわね」


「けれど、アシュリーのように真実と嘘を織り交ぜながら相手の解釈に任せたやり方もいいんじゃないかな?……大丈夫、きっとうまくいくよ」


「えぇ……あとはユイナ様が動くのを待つだけね」



アシュリーはホッと息を吐き出した。

うまく嘘をつけるのか、嘘がバレてしまうのではないか……危険なやり取りに気持ちが高揚していた。

今までついていた人を気遣う優しい嘘ではない。

王家を地獄に陥れるための嘘、あの男を苦しめるための嘘だ。

そこには憎しみと悪意をたっぷりと詰め込んだからだ。



「やっぱりユイナ様は外から魔力を補充できないのね」


「異世界から来た彼女は、どうやら魔法を使えるに適した人間ではなかったらしい。それにこのままいけばもうすぐ魔術師を炙り出せるはずだ」



サルバリー国王はもう一度、魔術師と接触を図るはずだ。

目的を達成するために着々と前に進んでいた。



「様子は都度伝えてくださる?タイミングは間違えたくないの」


「わかったよ」


「それに希望は突然消えた方がいいでしょう?だからまだ何もしないわ」


「アシュリー……」


「追い詰められてどうしようもなくなった後に何もなくなる……こんな絶望って他にないでしょう?」



アシュリーは満面の笑みを浮かべた後に、可愛らしく首を傾げて手をあわせた。



「そして惨めに縋りつく様を見て嗤ってやるの……ふふっ、愉しみね」



無邪気に笑うアシュリーの姿を見ていたギルバートの唇が微かに動く。

 


「ユイナはどうするんだい?もう決めたのかな?」


「ユイナ様は……」



アシュリーはユイナの笑顔を思い出していた。

あの無垢な表情はアシュリーの心の柔らかい部分を抉り出していく。



「彼女はやはり……」



アシュリーはギルバートの言葉を遮るように唇を塞いだ。

そっと顔を離した後に指を唇から首元にゆっくりと滑らせていく。

アシュリーの長い爪がギルバートの皮膚に容赦なく食い込んでいく。



「ユイナ様は、やっぱり昨日言った通りにしたいわ」


「……!」


「そうしないと……わたくしの気が済まないの」



ギルバートは一瞬だけ目を見開いた後に額に手を当ててから喉を鳴らすように笑った。



「あはは……!」


「…………」


「アシュリーは優しいなぁ……わかったよ。口を出した僕が悪かったね。城に帰ってからゆっくりと話そうか」


「ありがとう、ギルバート」



ギルバートに手を伸ばして、手のひらで包み込む。

赤い瞳は楽しそうに歪んでいる。



「ねぇ……聞いて、ギルバート」


「何だい?」


「愚かなわたくしはね、ずっと部屋の中でダンスの練習をしていたわ。いつか……愛する人と笑い合って踊れることを信じて」


「今日は楽しかったということ?」


「ふふっ、あの男の前で踊るダンスはとても楽しかったわ」



そっとギルバートの耳元に唇を寄せる。

そしてアシュリーは囁くように呟いた。



「愛してるわ。ギルバート」


「この件が終わったら君は本当の意味で僕を愛してくれるのかな?」



ギルバートの言葉にアシュリーはピタリと動きを止めた。

やはりこの男は頭がいい。

鳥籠の中にずっといたアシュリーと違い、外で生き抜く術を知っている。

唯一、残念なのは鳥籠の鳥に心を奪われてしまったことだろう。



「……意地悪ね」


「そうかな?」



アシュリーはギルバートの黒い髪を優しく撫でた。



「僕は諦めるつもりはないから」


「…………馬鹿な人」


「折角なら君と幸せな家庭を築きたい。アシュリーが心から笑えるように僕は全力を尽くすよ」



ギルバートの甘いセリフにアシュリーはフッと息を漏らして笑った。



「君はとても素敵な人だ。僕の女神だよ」


「……。ありがとう、ギルバート」


「今日は夢のような、時間だった……本当に」



ずっとアシュリーに焦がれていたギルバート。

パーティーでアシュリーに救われた日からずっとアシュリーを想い続けていた。



「僕は君が幸せならば何でもいい……もっと僕の前で笑ってくれ」


「わたくしは今、とても幸せよ。ギルバート」


「……アシュリー」



ギルバートに体を寄せたアシュリーの唇は綺麗に弧を描いていた。


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