第36話 オースティンside10


「はぁ……緊張するわ」


「ユイナなら大丈夫だ」


「えへへ、ありがとうございます!オースティン様」



ユイナはドレスが着られたことが嬉しいのか機嫌良く歩いている。

パーティー会場に着くと、興味深そうに周囲を見回しながら会場の絢爛さに目を奪われているようだった。

今日は国内外から貴族たちが集まってくる。

王家としては威厳を示すためにも失敗はできなかった。

二人で王座の横で挨拶に来る貴族たちの祝いの言葉を受け取っていた。

ユイナはドレスや自分の容姿を褒められて照れながらも喜んでいる。


(何とか大丈夫そうだな……)


しかし十組目の挨拶が終わると次第に表情が曇っていく。

そして下を向くと「疲れた」「苦しい」「ドレスを脱ぎたい」と言い始めたのだ。

それには王座に腰掛けていた父と母も愕然として言葉を失っていた。

なんとか励ましながら挨拶を続けるものの、その態度は酷くなるばかりだ。


貴族たちはそんなユイナの様子を見て気を遣ってくれているのか足早に去って行く。

しかし王家としては挨拶もろくにできないユイナを婚約者として晒すことになり、とんだ赤っ恥である。

ユイナが「気分が悪い」「座りたい」と涙を浮かべ始めた。

オースティンや周囲の者達の苛立ちはピークに達していた。


そんな時だった。


突然、広間の大きな扉が開く。

遅れてくる貴族も多く、途中で扉が開くことは珍しいことではない。

しかしコツコツとヒールを響かせて入ってきた人物に、会場は恐ろしいほどに静まり返った。

二人が歩き出すと自然と道が開けていく。


恐怖を感じるほどに美しいアシュリーとギルバートの煌びやかな姿に人々は息を止めて魅入っていた。

記憶よりもずっと可憐なアシュリーの姿がそこにはあった。

ライトブルーの瞳は嬉しそうに細められている。

ギルバートはオースティンと歳が同じはずなのに、大人びた顔立ちと落ち着いた立ち振る舞いだった。

そんなところも癪に触る。


そしてその隣には真っ黒なゴシックドレスを着用して堂々と歩くアシュリーの姿があった。

透け感のある黒のレースが上半身に使われており、そこから見える真っ白な肌と大きく開いた胸元には、真っ赤な宝石が嵌め込まれたネックレスが不気味に輝きを放っている。


アクセサリーと同じ真っ赤な口紅は綺麗に弧を描いていた。

ガラス玉のようなライトブルーの瞳は何も映していない。

天使のように純真無垢だったアシュリーは、見る影もない。

妖艶さと憂いを纏い、その姿はまるで……。


(…………魔女だ)


ミルクティー色の髪には血のような赤みを持ったアザミの花とかすみ草を組み合わせた大きな花飾り。

黒と赤のコントラストが目を引いた。

ゾッとするような見た目は人形のようで現実味のないものだった。


(………あ、あれがアシュリーだと!?)


様変わりしたアシュリーの姿に言葉が出てこなかった。

ギルバートとアシュリーの様子に次々に順番を譲る貴族たち。

互いに気遣いながら歩いてくる二人の姿にオースティンは釘付けになっていた。

階段を上がり目の前に歩いてくるアシュリーを目で追うことしかできなかった。



「この度はご婚約、おめでとうございます」


「おめでとうございます」



二人は丁寧に頭を下げた。

そして顔を上げたアシュリーの表情がスッと抜け落ちる。

ライトブルーの瞳には底知れぬ憎悪が見え隠れしていた。

それも一瞬で元の表情に戻ってしまったが、アシュリーが今までのアシュリーと違うことだけは理解できた。

しかし祝いの場で真っ黒なドレスに身を包んでいるアシュリーに怒りを感じていた。



「……ギルバート、祝いの場にそのような色のドレスで来るとはどういうつもりだ?」



アシュリーに言葉を掛けようと思ったが負い目があるため名前を呼ぶことはできなかった。

ギルバートはアシュリーの肩を当然のように抱いている。

少し前までは自分が隣にいるはずなのに。



「あぁ、言われると思っていたよ。けれどアシュリーは僕と結婚してから初めての公の場だろう?どうしても僕の髪色や瞳の色に合わせたいと可愛らしいことを言ってくれたんだ」


「……っ」



サルバリー王国でも相手の髪色や瞳の色の物を合わせて身につけることは珍しくはない。

むしろ仲が良く、相手を深く愛しているという証にもなる。

たまたまギルバートの髪が黒かっただけのこと……言葉にせずともそう訴えかけているように思えた。



「僕は可愛い妻の願いを叶えたかったんだ。ねぇ、アシュリー?」


「はい……旦那様はわたくしの我儘を叶えてくださったのです。わたくしは黒を纏っておりますが、お二人を心から祝福しておりますわ」



アシュリーはどこか遠くを見ながら笑みを浮かべている。

そんな二人を見て惚けていたユイナが口を開いた。



「……素敵!お二人のこと侍女さんたちから話で聞いた時からずっとお話してみたいと思っていたんですっ!」



ユイナに悪気はないのだろう。

キラキラと瞳を輝かせてギルバートとアシュリーを見ている。

しかし間接的だとしてもユイナはアシュリーから婚約者の座を奪い取っている。

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