第18話

そして珍しくアシュリーの顔色を窺っているように見えた。



「ア、アシュリー……お前にギルバート殿下から結婚の申し込みがきているのだが」



カルロスの言葉に答えるようにアシュリーはにっこりと微笑んだ。

そちらから話題に出してくれるのなら話が早いではないか。



「是非、お受けしたいですわ」


「けれどお前はまだ体調がよくなったばかりだ!早過ぎはしないか?」


「そうよ、アシュリー!あなたはオースティン殿下との婚約を解消されたばかりでしょう!?」


「はい。けれどオースティン殿下もユイナ様とすぐに婚約なさいました……わたくしと婚約破棄した直後に」


「……っ、それは」


「だが……」



オースティンは婚約破棄してすぐにユイナとの婚約を発表したそうだ。

当たり前だが、アシュリーが眠り続けていたとしてもお見舞いや労りの手紙も一切ない。

それも当然だろう。

彼らにとってアシュリーは偽物なのだから。

今はユイナのおかげで結界は保たれている。

アシュリーが国を出るなら今しかない。



「だが、ギルバート殿下との接点など今までなかったろう?よく知らない相手に嫁ぐなど……」


「もうこの国にわたくしの居場所はありませんわ。偽物の聖女と呼ばれるのはもうたくさん。わたくしは新しい場所に行きたいのです」



アシュリーとギルバートの関係など両親が知るはずもない。

しかしアシュリーの力を手放したくはないのだろう。

他国の王族に嫁ぐ名誉よりも目先の金。

アシュリーがいなくなれば、簡単に稼げなくなってしまう。


結婚したら当たり前だがこの屋敷から出て行くこととなる。

そうしたらアシュリーは自分たちの手の届かない場所へと行ってしまう。

つまり、もう楽にお金が手に入ることはないのだ。


ギルバートから突然の結婚の申し出に困惑する両親の態度は予想通りだ。

しかしこのことが知れ渡ればアシュリーの力を求めて他の国も動き出すのではないかとギルバートは言っていた。



「わたくしはエルネット公爵邸から今すぐ出ていきたいのです。だから結婚の申し出をお受けいたします」


「……!」


「ど、どうして?アシュリー」


「お父様とお母様も言っていたではありませんか……わたくしは役立たずで無能の娘ですから」



今まではどんなことがあったとしても、アシュリーはずっと黙って気づかないフリをしていた。

けれどそんな愚かな日々はもう繰り返すことはないだろう。



「そ、それは……あの時は感情的になってしまっていたんだよ!本当はそんなことを思っているわけないだろう?」


「本当はあなたを世界で一番愛しているわ!大切な娘ですもの」


「気が動転して……どうかしていたんだ!アシュリー、お前ならわかってくれるはずだ!」



焦りながら言い訳を繰り返す二人をじっと見ていた。

そしてその後にアシュリーはいつものように口角を上げた。

それを見た父と母は許してもらえたと解釈したのだろう。

ギルバートの元へはいかないと解釈したようで、彼らはホッと胸を撫で下ろしているようだ。

二人は様子がいつもと違うことに気づきもしない。


(ロイスお兄様とクララとは全然違うわ……)


手紙と共にギルバートから贈られてきた花をクララから受け取った。

俯くように咲く赤や紫のオダマキの花を見てクスリと笑った。

それから、そっと花弁を撫でた。

ギルバートの気遣いのおかげでアシュリーは迷わず前に進めるような気がした。



「わたくしは……」


「なんだい?アシュリー!何でも言いなさい」


「あなたは本当に自慢の娘よっ!私たちはアシュリーを愛してるわ」



その言葉にアシュリーの指がピクリと動いた。

オダマキの花を机の上に置いてから両親に向き直る。


(…………なんて気持ちが悪いの)


あの瞬間から世界が色褪せて見える。


(自慢の娘……?わたくしを愛してるですって?馬鹿みたい。なんて意味のない言葉なのでしょう)


今更、何を言われようとも気持ちは変わらない。

もう彼らは切り捨てると決めたのだから。

アシュリーの気持ちを知ってか知らずか、タイミングを見計らったように母が口を開いた。



「そ、そうだわ……アシュリー」


「……」


「あなたに頼みたいことがあるのよ!ねぇ、あなた!」


「あ、あぁ……そうだな!そうだった」


「またアシュリーの力を必要としている人たちから依頼がたくさんきているのよ?」


「以前のように皆の治療をして欲しいんだ……!アシュリーもそろそろ皆のことが心配に思っただろう?」


「また困っている人を助けて欲しいのよ!前のように人を呼ぶから部屋で順番に治療してあげてちょうだい」


「お前の治療を心待ちにしている人がたくさんいるんだ!さぁ、部屋に戻ろうか」



その言葉を聞き流しながら腹の奥で煮えたぎるような怒りを抑えていた。


(ああ……なんて浅慮なのでしょう)


よくあんなことを言っておいて平然と「治療を行え」「部屋に戻れ」と、言えたものだ。

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