第17話
(……いい気分だわ。どうしてこんな簡単な嫌がらせを今まで思いつかなかったのかしら)
アシュリーの力に縋っている人は山のようにいた。
金さえあれば病気の症状を抑えることができる。
医者では治らない病もアシュリーならば治療できる。
だから命が惜しくて大金を持ってくる。
しかし同じ力を持ったユイナがいるからといって、貴族たちは国王の許可なしに彼女の力を使うことはできない。
異世界からやって来たユイナは王家が保護している。
国王はユイナが力を乱用するのを防ぐため、また余計な知識を吹き込まれないよう王宮から出さないようにしていると聞いた。
国王たちはアシュリーがエルネット公爵邸で大人数の治療をしていたことを知らなかった。
アシュリーが社交界の場にでることなく、王家から無心した金で優雅に遊んでいたと思っているのだろう。
(ギルバート殿下は、ユイナ様の力は一時的になるかもしれないといっていたけど本当なのかしら……ユイナ様はどんな世界で生まれ育ったの?)
しかしアシュリーには力が一時的だろうと、どれだけユイナの力が大きかろうとどうでもよかった。
アシュリーが今から壊す国のために力を使うことはもうないのだから。
ユイナの力を体感したオースティンたちは、魔力切れで苦しむアシュリーを簡単に切り捨てた。
(魔力切れだなんて、この国の人間がわかるわけないわよね)
そして異世界人のユイナならば、エルネット公爵家のように横柄な態度を取られることも、治療の対価として大金を支払う必要もなくなり万々歳というわけだ。
国王と王妃の様子を見る限り、とにかくエルネット公爵家が気に入らずに不満を溜め込んでいるようだった。
エルネット公爵家との縁を完全に切りたかったが、アシュリーの代わりがいないため我慢するしかなかったのだろう。
アシュリーが体調を崩したのをきっかけに、前々から準備していたアシュリーと同じ力を持つ異世界から人を呼び寄せた。
こう思うと相当前から準備は進められたのかもしれない。
ギルバートも言っていたが異世界から人を召喚することは誰でもできることではない。
禁術を使う魔術師を捕えなければならない。
サルバリー王国から膨大な金を得た魔術師はどこに潜んでいるのだろうか。
ユイナがどんな世界からやってきたのかはわからないが、彼女は聖女としてアシュリーと同じ目に遭うのだろう。
しかしそうしてまでサルバリー国王はエルネット公爵家とアシュリーを頼りたくはなかった。
オースティンとの婚約を破棄して、魔獣から国を守れなかったことをすべてアシュリーのせいにした。
そのためにアシュリーが〝偽物〟で、ユイナが〝本物〟にならなければならなかった。
けれど、これからはどうなるだろうか。
アシュリーはいなくなり、すべてユイナに頼らなければならない。
聖女としての激務を急にこの世界にきたばかりの少女がこなせるものだろうか。
病や怪我は絶対になくならない。
永遠に繰り返す治療行為に終わりはない。
(……ユイナ様はどこまで耐えられるのかしら)
それを思い出すだけで笑いが止まらなくなる。
そしてアシュリーに再び縋ろうにも、もう手が届かない場所にいる。
異世界から来たユイナをアシュリーと同じように偽物と罵るのだろうか。
それともあれだけ「もう用はない」と言っておきながら、再び頼ろうとするのか。
(プライドが高い王家のことだからありえないわね……)
それからオースティンは最近体調を崩しているようだった。
咳が止まらなくなり苦しそうにしている。
アシュリーは、小さな頃オースティンが患っていた病が再発したのではないかと思っていた。
オースティンは「バカなことを言うな!」と否定していたが、アシュリーは胸騒ぎがしていた。
しかしもう数年も病の症状は出ていないと言い聞かせていたが心配していたことを思い出す。
(……とっても楽しみだわ)
──数日後
ペイスリーブ国王から両親の元にも手紙が届いた。
それはギルバートからの結婚の申し込みだった。
そしてアシュリーの部屋の窓からひらひらと飛んできたのは宛先のない真っ黒な封筒。
真っ赤な蝋を剥がして中身を読んでいくとギルバートの伝言だと気づくことができる。
(ギルバート殿下の準備が整ったのね)
アシュリーは近くにあった蝋燭で手紙を燃やしていく。
早々に動いてくれたギルバートには感謝していた。
昔からアシュリーに想いを寄せていたと彼は言った。
アシュリーは大きなパーティーで何度もギルバートと顔を合わせたことはある。
しかしそれも数回だけで表面的な挨拶だけだった。
それでも彼はアシュリーを愛していると言う。
『ペイスリーブ王国では君の自由と幸せを約束しよう』
しかしペイスリーブ王国のギルバートの元に嫁ぐためには両親の許可がいる。
今まで散々逃げ回っていたためアシュリーが両親にキチンとした形で会うのは、玄関で罵倒されて意識を失って以来だった。
アシュリーは久しぶりに父と母の前に顔を出した。
二人は話し合いの場に現れたことに安心したのか、ホッと息を吐き出した。
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