029:幸運の車輪祭
会場は熱気に包まれていた。
天井からは鮮やかなる陽光がステングラスを通して七色の光と化して降り注いでいる。誰も彼もが次に始まるスペクタルを待ち望んでいた。
正しく白昼堂々というところである。
大きな鐘の音が鳴り響く。開始の合図だ。
誰も彼もが静まり返る。固唾を飲んで見守る。社交場としてこの場を使う貴族や皇族連中を除いた場合の話だが、それでも曰く言い難い空気感だ。
静寂を破るように、口上が響き渡る。
「帝都にて、たったの三月と少しで爆発的デビューを果たした道化師。テリー・グレアム。誰も目にしたこのない大奇術の数々をとくとご覧あれ!」
闘技場の如き威容の登場門から、僕は舞台へと歩み出た。
七色の光が照らす中央へ屹立し、一礼してみせる。それは帝国式でもなく、教国式でもなく。前世で慣れ親しんだ礼である。ハリー・フーディーニがそうしたように。
僕は懐から、バネ式の弩銃を取り出して高らかに宣言した。
「さあ、皆様。心の準備は良いですか?」
僕は弩銃の引き金を引いた。鉄パイプに仕込まれた犬釘がバネによって打ち込まれる。詰め込まれた綿火薬とワセリンの混合物が作烈する。雷管なしでも上手く稼働してくれる。
それは弩銃の皮を被ったフレアガンだ。
赤燐と硫黄、マグネシウムが燃焼する強烈な光弾が天へと打ち上がった、
そして、天井に着くギリギリの所で光弾は炸裂し、会場に正しく爆音を響かせた。
硝煙の香る舞台にて、僕は叫んだ。
「昔々のお話です。我々は大陸の中央にどデカい共通の爆弾を抱えた。しかし、皮肉な事に我々はそのおかげで平和を手にしたのです」
会場は静まり返ったままだ。僕は背後のアランに向かってハンドサインを送る。
「しかし、その仮初の平和に終止符を打つ日が来ました。真に手を取り合う日が来たのです」
そう言って、僕は指を鳴らした。
コートの裏に隠したガス管のバルブを捻った。中にはメタンガスが詰め込まれている。原油の蒸留で収集したものを、硝石で冷却しながら、水車を利用したコンプレッサーで詰め込んだものだ。いつ破裂するか気が気ではないが、文字通り、背に腹は変えられない。
メタンガスは
先端の火打石が打ち鳴らされ、硫黄を混ぜたガソリンに引火する。
凄まじい熱気。踊り狂う体長十数mの炎の渦。硫黄が燃える蒼白の灯。実に現代的な火吹き芸。
客が息を呑むのをその身に感じながら、僕は次のハンドサインを出す。アランが徐に台車を押す。ゼンマイ仕掛けが動き出し、凄まじい速度で中央に向け走り出す。
その背後には細いワイヤが貼られ、その先には対火布で編まれた巨大な凧が結えられている。
凧が上昇し、その身を天井ぎわまで踊らせる。
やがて落下を始め、ぼんぼりのようにそれまで折り畳んでいた正体を露わにする。
その姿は、脅迫状に描かれていた二種類の紋章に酷似していた。
同じ鷹と三叉。だが、二つは互いを害する事なく共に立っている。鷹は三叉を宿木とし、三叉は鷹を守護者としている。
実に分かりやすい象徴であり、下手人への当てつけであった。
僕は再び火炎を操り、ぼんぼりに熱気を吹き込み、踊らせた。耐火布は焼ける事なく、その身に気流を唸らせ、シミーを踊った。
時に青く、時に赤く。両国のシンボルカラーが内部では睦みあった。まるで初々しい恋人達の如く。
現実と照らし合わせればタチの悪い冗談に過ぎないだろう。
だが、少なくともこの瞬間ばかりは虚実が不都合な蟠りを塗りつぶし得たのである。
やがて火柱は収まり、ゆっくりと灯籠が舞い落ちてくる。
そのしめやかな威容を背景に、僕は観客席へ深々と一礼して見せた。
曰く、第一幕の終わりであった。一時の静寂。そして、帝国側かあるいは教国側か、もしくはその双方の誰かが席を立ち拍手を送った。それは波の如く広がり、勢いを増し、万雷の拍手へと上り詰める。
やがて、寄せた潮が引く様に、自然調和的に再びの静寂が訪れた。
僕は機を見計らい声を張り上げた。
「我々は今こそ祝杯を上げる時なのです。仮初を恒久へと変える。この過渡期を謳歌し、後押しせねばなりません!」
これ見よがしな綺麗事。分かりやすいパフォーマンス。
一階席の市井の観客には真っ向からの礼賛。二階席の富裕層からは小気味良く自身の富を謳歌する歌声。貴族からは建前と本音入り混じる拍手が響く。
僕は、ちらりと視線を関係者席へと送る。
ハワードとレイが座る予定だったその席には二人の姿は無かった。
少しばかり、寂しい気分に襲われる。興奮が燻り、その勢いを弱めた。
何にせよ、僕は最善を果たした。そして、これからの午後の部でも更に神経を張り詰めなきゃならない。幸か不幸か、僕の手番では何も起こらなかった。
これだけ準備を重ねていたというのに…
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