028:緊張と疑念
本番はいつだって早くやって来るものだ。
時間というのが平等でないと数式で証明せずとも、凡人ですら勘付く事が出来る。例え異世界だろうと、それは変わらない。
とはいえ、嘆いていても致し方のないというのも普遍の事実。
僕は気合を入れて準備に取り掛かった。
出番は午前の部の大取りである。どうして、こんな重要な役回りを任されているかと言えば、監視業務に一番差し支えないからというのがその理由である。
準備中だと言えば、どこを忙しなく歩いても怒られやしない。
そういうわけで、僕は多大なるプレッシャーを食らう事になったのだ。
「無茶苦茶に緊張するよ。アラン助手」
手品用のだだっ広い耐火布に異常は無いかと手繰り寄せて確認するアランに向かって、僕がそう言った。
それに対し、彼は不機嫌そうに僕に訴えた。
「こんな大掛かりな仕掛けを作るからだ馬鹿たれ。契約違反だ、全く…」
彼がこうして舞台裏に居るのは、彼が申し出を渋々ながら同意してくれたからであり、ヴラドにそれを度重なる懇願の末に説得したからだ。
その結果、憲兵の精査が入り、火薬の製法云々で脅せるという点において、信用出来ると判断され今に今に至るのである。
「そう言わないで。今こそ、僕達の共同研究を売り込む時だ。そうでしょう?」
共同研究という単語を聞いて、アランは渋々といった具合に作業を続けた。彼の口角が二十度ばかり釣り上がっていたのは、言わないのが優しさだろう。
僕はそんな彼を傍目に、手品道具の一つを取りに扉際の木箱へ歩み寄った。
良い気分で箱の蓋を開けたその時、扉向こうから声が掛かった。
「今の所、問題らしい問題は無い。逆に不気味になってくるぐらいにな。其方はどうだ?」
くぐもっているが、確かにグレースの声だ。
演目も午前の部の最終盤まで来ていた。次の次が僕の番だ。
ここで来ないなら午後か昼休憩の最中の教国と帝国の会食ぐらいだ。
まだ手番が残っているというのに違いはないが、この際、ささっと尻尾を出してくれと思わなくも無い。
「特に何もありはしませんね。嬉しくもあり、悲しくもありますよ」
「どういう手口でくるか想像できるか?」
「僕がやるなら、派手かつ大胆にやるでしょうね」
「例えば?」
「両国王が座る席を丸ごと爆薬で吹き飛ばすか。天井のガラスを一気に叩き割って、阿鼻叫喚をもたらすか…」
「もう良い。結構だ。お前の好きなように考え、行動しろ。それが隊長からの言伝でもある」
僕は木箱から目当ての弩銃を取り出し、大いに笑った。
「最初からそう言ってくださいよ。教官殿」
剛に入れば剛に従え。つまりはそういう事だ。
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