第1章 13 憶測
「ど、どうすればいい? 俺、どうしたら……」
「ははは! おいおい私に聞くなよぉ。時間は与える。じっくり、じ~っくり
「う、裏切り……?」
「裏切り者だろぉ? そこの小娘は、自分の命を優先して供述したんだから。罪を認めるので、私だけでも助けて下さい~、とね」
「そ、そうなのか? メア……」
俺ははたと振り返る。視線の先にはメアが居た。蹲って静かに座り、そしてただ震えながら……。彼女はもうすっかり絶望していた。
「また来るよ。その時までに決めておいてくれ。期日は明日、あぁいや明後日にしようか。私は暇じゃない」
そんな事を言ってメガネは去って行った。牢屋はそれぎり静寂に包まれる。当然だ。何も、話す気力が湧いてこない。やはり死んだ方がマシだ。そんな事を考えながら、今日の不味い昼飯が運ばれてくるのを、ただじっと待っていた。
「め、メアはココの飯は初めてだったよな……? 朝飯ん時は居なかったもんな」
……メアは、何も答えを返さない。意気消沈と言った感じか。今はそっとしておくべきか否か。
いやもしかしたら、この昼飯があんまりにも不味そうだから呆気に取られているのかもしれない。それはそうだ、こんなに不味そうな物体は見たことが無い。元国際的なアイドルともなれば、この汚物に対し、俺以上の衝撃を受けるだろう。
「ほ、ほらメア、ちゃんと食べろよ? 餓死しちまったら元も子もないからな?」
メアは沈黙している。
「そうだ! ココから出れたら旨いもん沢山食おうぜ! 翠蓮と船長も誘ってさ! いや~楽しみだな!」
メアは、沈黙している。
「うわ~やっぱ不味いな~! どうだ? メアは何か気に入ったのあったか? あったら俺の分あげるよ……って、ココの飯に旨いもんなんてなかったか! ははは……」
メアは……やはり頑なに沈黙を続けている。意図的に、俺を無視している様だ。
その時、俺は違和感を感じた。
どうしてこの子は、ここまで愛想悪く振る舞うのだろう……と。
もし明後日、”供述は嘘だ!”と俺が言ったなら、メアは即座に処刑されてしまう。つまり、彼女の生死は俺に委ねられている。ならばメアがすべき事は、せめて俺に媚び、命乞いをする事だ。
まぁ勿論俺の命もかかっているので、命乞いしても無意味、と思っているのかもしれないが……少なくとも愛想悪くする事は得策ではない。無駄なヘイトを溜めるだけだ。
むしろ、それが狙いか? 嫌われることが狙いなのか?
まさか、何かを隠している? 俺の知らない何か、裏事情的な話を……。まぁどんなに考えても、結局は推測止まりで、何の意味も無いのだが……。
というか、聞いてみれば良いじゃねぇか。本人が目の前に居るんだし。
「な、なぁメア」
メアは、一向に相変わらずだ。
「ゴホンッ! な、なぁメア! なんで……どうしてそんな黙ってんだよ?」
……少し語気が強くなってしまった。メアは目線を逸らし、より小さくなった。余計に怯えさせてしまった……。
それもその筈、ただでさえ自分の生き死にが、俺みたいな頼りない奴に委ねられてて……おまけに判決の期日は明後日だ……。俺が取り乱している場合じゃない……分かっているが……。
……そうか。もしかしたらメアは、俺に肉体関係を迫られるとでも思っているのかもしれない。命を救って欲しければ~……と言った感じで。そうならない様に、何とか嫌われようとしているのか……。
学生時代からよく顔面が犯罪者みたいだと罵られて生きてきた。おまけに俺は、人におっぴろげ出来る様な性癖ではない。しかし、誰かを脅してまで行為に及ぶほど、乾いている訳でもない。俺は絶対にメアを襲ったりしない。
よぉし弁明はこのくらいにしよう。いくら正義漢を気取ったとて、どのみちメアからの信頼度も好感度も現在は地の底である。
「あ、安心しろよメア! お前を嘘つきにはしない!」
「……え?」
メアが、遂に呼応してくれた。
「な、んで?」
「なんでって……そりゃあそっちの方が、三人とも助かる可能性があるからだよ!」
メアは相変わらずキョトンとしている。
「あの眼鏡も言ってただろ? ”嘘だ”って言った場合はメアを即斬首にする……それに対して”真”と言えば、俺とネロの処刑の時期が”早まる”。そうなんだよ、早まるだけなんだよ! ”即”じゃない!」
「で、でも……! 私裏切ったんですよ? 嘘ついて、私だけ助かろうとしたんですよ……? すごく、酷いことして……」
確かに、そうかもしれない……。確かにこの状況を傍から見れば、仲間を売った女と、その女に心酔して、恩を売ろうとするこじらせ男の様だろう。きっと外野からは”お前は騙されている!”なんて言われる。
しかし俺は、メアという子が、生き延びたいが為に嘘の供述するなんて……まして仲間を売ったとは、到底思えなかった。
メアは、身動きの取れない状態の、まだ初対面の頃の俺に、あんなにも甲斐甲斐しく寄り添ってくれた。醜悪で役立たずで、下種な人生負け組の俺に、だ。そんな子を処刑台に差し出そうなんて、俺にはとてもできない。
きっとこの子の事だ、愛想悪く振る舞って、裏切り者のフリをすれば、俺たちが後腐れなくあの眼鏡に自分(メア)の命を差し出すだろう、とでも思っているのかもしれない。
俺はそんな風に、メアの無視や無愛想な態度に、無理やりな結論を付けた。これならある程度の辻褄が合う。
メアは良い子で、裏切り者じゃない。俺は嫌われていない、という、偏見で、おまけに押しつけがましい結論に辻褄が合うのだ。
もしかしたらメアは、ここまで俺が深読みするのもすべて計算済みで、その上で自分だけでも助かろうとしているかもしれない。となれば俺は手の平の上……。
その可能性は僅かにでもある。故に、いろんな辻褄合わせを頑張るが、最終的には信頼という一点を推す事しか出来ない。
メアからしてみれば、俺みたいな不細工人間に、こんな風に持ち上げられて、さぞ迷惑で虫唾が走る思いだろう。ほんと、ブスに愛情向けられるなんて、美人は大変だな……。
「メア、お前は絶対殺させないから。そんで俺も死ぬ気は無い! まだ希望があるんだ。だから、まだ自分が背負えば上手くいくとか、そんな事考えないでくれ」
希望とは、ダルマンの証言の事だ。彼さえ目覚めれば、そして証言をしてくれれば必ず助かる。何も、根拠のない励ましという訳ではない。
しかし事情を知らないメアは呆気に取られた様子だ。信じて、くれただろうか……。
「えっと~……希望についてはまぁ、話せば長くなるから、その説明はまた今度な。でも、とにかく……君は死なせないから……死んで欲しくないから……な? 頼むよ」
メアは、再び沈黙してしまい、そして俯いた。暗い表情は変わらない。
やはり俺は、嫌われているらしい。疎まれているらしい。
キモくてダサくて、陰キャでブスで……そんななんの実績も無い奴が、天下を取ったアイドルに”死んで欲しくない”とか、そんな臭いセリフ……そりゃ気持ち悪ぃよなぁ。そりゃ下心あるって思われるよなぁ。ホント損なルックスだ。何も、嘘はついていないのに。
「ごめんなネロ。お前も巻き込んだわ……。お前も絶対無事で帰すから……だから、お前も飯食え。俺の分もやるからさ」
ネロもメアと同様だ。特に何も呼応してくれない。やはり牢屋内は沈黙に包まれていた。
「久しぶりだね。強盗団諸君。さて答えは決まったかね? ”真”か、それとも”偽”か……」
「”真”だ。メアは、何も嘘をついてない」
「素晴らしい。自らの死を、選ぶというんだね」
返答後、メアの方に視線を送る。彼女は、心なしか俺を睨んでいた。微かに、そんな感じがした。きっと、俺の選択は間違っていたんだろう。少なくとも、彼女にとっては……。
「ははは! いやいや、何も後悔する事はないさ。選択できるのは強者の特権だよ?」
「うるせぇ」
「では、小娘の釈放と、君達の処刑の日付が決まったらまた来るよ。それまでぜひ、独房生活を楽しんでいてくれたまえ」
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