竜の娘は月と踊る
石末結(いしずえ むすぶ)
第0話 どうせいつかは終わる出会い
ごつごつとした岩肌が朝焼けの日に照らされている。岩壁に拓かれた道を進む馬車の音だけが周囲にこだまする。
馬に鞭を入れて気合いをつけながら、牽き手の男が潰れ気味の鼻を鳴らした。
「まったく。ボスも人が悪いぜ。いつも通り”おこぼれ”の一つや二つよお」
「馬鹿言うんじゃねえ」
横で崖下の景色を眺めていた、薄いあごひげを持つ男が口を開いた。
「今回のは街の一等娼館でも見ねえ、相当上玉だぞ。ベルグの軍に引き渡す前に”遊んでた”のがばれて見ろや。俺たちどころかボスまでやばいぜ」
「そうは言ってもよお、兄貴……たかが娘っこ一人をこんな滅多に通らない道で運ばせるなんて、ボスもびびりすぎじゃあねえかな?盗賊団が盗賊に襲われる心配するかあ?アホらしいぜ」
潰れ鼻があくびをしながら応じる。首の辺りにあるエラが無意味にカパカパと動いた。
「そこは俺にもわからん。知ってるのは今後ろに積んでる娘は、山で化け物の死骸のそばに居たのをボルドンの野郎が捕まえたってことぐれえだよ」
時折石を踏んでガタンっと馬車が揺さぶられる。どこかで甲高い鳴き声のような音が聞こえた。
「なんだ兄貴が獲った女じゃねえのかよ。兄貴も知らねえなら、俺はなおさら知らねえわな。ハッハ」
恰幅の良い腹を揺すりながら、潰れ鼻が笑った。
「しっかしその死骸ってのは一体何の──!?」
その瞬間だった。あごひげ男の顔の上から半分を、筒のようなものが呑みこんだかと思う間もなく、そのまま崖下へとあごひげの体ごと放り投げたのだ。
「兄貴!あに──ガッ!?」
状況を飲み込みようがない速さで、潰れ鼻は服の襟を掴まれ、馬車の上に引っ張り上げられた。
「確か……”深海魚”のペタロオンだったか。お前、運がないな」
(さっき聞こえた鳴き声はただの鳥じゃねえ……油断を伝える合図か!)
気がつけば馬車の上に二人の男が乗っていた。白髪で痩せた中性的な青年と、さっき口を開いた目元に濃い隈を持つ茶髪の男だ。潰れ鼻は後者には見覚えがあった。
「”蛇”のシュトラール……!てめえ、なんでこんな所に!」
「おや、俺のことを知ってるなら、今誰とつるんでるのかも当然承知かと思ったが?」
「無駄話は良いよ、シュトラール。君と顔見知りってことは、どうせろくでなしなんだろう?」
ペタロオンは学はなかったが馬鹿ではなかった。迷った時はいつも兄貴と慕う”苔”のブドーアに相談したし、そうすれば賢い答えが返ってくることを学んでいる時点で、むしろ賢明ですらあったといえるだろう。
そしてそんな彼だからこそ察してしまう。今目の前に居る、胡散臭い微笑みを湛えた白髪の男──こいつは別格だ、と。
「悪いね。ペータロー君。君たちに恨みがあるわけではないけど、恩があるわけでもないから……じゃ、ネヴァン」
そう言って白髪が口笛を短く吹くと、断崖の遙か上から風切り音を引き連れて黒い影が飛び降りてきた。
影は勢いをほとんど落とさずに、馬車の上のペタロオンをシュトラールからひったくると、そのまま岸壁の道から横へ滑るかのように中空へと飛んでいく。
(俺みたいな木っ端のクズは名前すら覚えちゃいられねえってか)
大きなかぎ爪に艶のある黒い羽。それを眺めながら自分の末路を悟ったペタロオンは、これまでの悪行や贅沢を悔いたかというとそんなことは全くなく、彼の頭の中にはひとつの考えが巡るだけだった。
(まあ、兄貴とおそろいの死に方なら、悪かねえかな)
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