第51話 にこにこ
「魔獣いるかな?」
「どうでしょうね」
「オリビアは何食べたい?」
「食べることしか頭にないんですか?」
わくわくする俺とは対照的に、オリビアは冷静だった。淡々と返事をしてくる彼女は、街までの道のりを足早に進む。「テオ様が駄々をこねるから。予定よりも遅れています」と、文句を言われてしまった。
あれは俺のせいではなく、重かったユナのせいだ。あとユナが遠慮して抱っこを断ってくれればこんなことにはならなかったと思う。『そっちが無理矢理抱えてきたんだろ!』と、ぷんぷん怒るユナは、短い足で一生懸命に歩いている。歩くというより小走りだ。
「ポメちゃんも来ればよかったのにね」
ポメちゃんは、やる気なしポメラニアンだが、見た目だけはライオンみたいですごく強そうだ。あのでっかい魔獣を従えていれば、一目置かれるに違いない。でっかいポメちゃんを引き連れて、街を練り歩く自分を想像する。みんなからすごいと褒められて、とても注目されるだろう。なんかかっこいいな。
ふふっと笑う俺を見て、オリビアが眉を寄せる。
「あの魔獣は遠出には向いていませんね」
「それはそうかも。面倒くさがりだもんね」
おそらく、少し歩いたところで『疲れた。歩けない』と言い出すだろう。屋敷の庭に出すのでさえ、ひと苦労だからな。
街に到着して、ぴょんぴょん飛び跳ねる俺の肩を、エルドが押さえつけてくる。「落ち着いてください」と、言い聞かせてくるエルドは、オリビアに目線で助けを求めていた。
街には、ちらほらとエヴァンズ家騎士たちの姿が見える。お忍びでのお出かけなんて、なんだか偉くなったような気分で楽しい。にやにやと頬を緩める俺。
早速、オリビアの手を取って駆け出した。
「美味しいもの食べる」
「はいはい」
街には店がたくさん並んでいる。前回こっそり訪れた時には、いつの間にか裏路地に迷い込んでしまいろくに楽しめなかった。おまけに騎士たちに見つからないようにと気を配る必要もあった。
今回は、オリビアも一緒なので堂々と楽しめる。
「喉かわいた」
とりあえず、たくさん歩いたので喉がカラカラだ。なんか飲みたいと催促すれば、オリビアとエルドが顔を見合わせて考え始める。
「あの店とか?」
目に飛び込んだジュース屋さんを指差せば、「お! いい店見つけましたね」とエルドが褒めてくれる。
オレンジジュースを買ってもらって、はしゃぐ俺。けれども、俺に渡す前にオリビアがひと口飲んでしまう。
「俺のだぞ!」
すかさず抗議すれば「毒味ですよ」との物騒な単語が返ってきた。貴族こわ。
思えば、オリビアは俺の護衛さんである。護衛が必要ということは、それなりに危険があるというわけで。普段は屋敷にこもって遊んでいるので気にしなかったが、もしかしたら街は治安が悪かったりするのだろうか。
なんだか急に不安が生じてきた。よくわからんが、敵がいるかもしれない。この場合の敵が、一体誰をさすのか不明だが。あれかな? 身代金目当ての誘拐とかかな?
きょろきょろと周囲を見渡して警戒する。
ささっとオリビアに近寄って、彼女の手を握っておく。オリビアは口煩いが、剣術は得意。護衛として、これ以上の適任はいないだろう。
「オリビア。俺から離れないでね。迷子になっちゃダメだよ」
「それはこちらの台詞なのですが」
呆れたように半眼となるオリビアに、微笑ましいものでも見たかのように微笑むエルド。
「猫。猫も迷子になるなよ」
『はいはい。わかったよ』
猫は小さいから。はぐれたら探すのが大変だと思う。
気を取り直して、人通りの多い道を進む。街の中心部にはイベント事を開催できる広場がある。本日は何も実施されていないが、人々が集まり談笑したりと賑やかだ。
オレンジジュースを飲み干して満足した俺は、次は小腹を満たそうと視線を走らせる。馬車の中でクッキーは食べたが、たくさん歩いて疲れたので、まだもうちょっと食べられそう。
何を食べようかなと考えて、そういえばクレアのパンを食べに来たのだと思い出した。お出かけにはしゃぐあまり、うっかり失念していた。
「美味しいパンを食べよう」
ふたりに提案すれば、オリビアが「あぁ。あの優しいお姉さんの」と低い声を発する。オリビアは、クレアの話題を出すと途端に不機嫌になってしまう。優しいお姉さんだと俺が言ったので、なんだか拗ねているらしい。「私はどうせ怖いお姉さんですもんね?」と、冷たい目で言われた。
「オリビアも、たまには優しい時があると思う」
「なんでそんな自信なさそうに言うんですか」
「じゃあパン食べようよ。美味しいパン食べるとね、オリビアもにこにこ」
むにっと己の頬を持ち上げて、にこにこアピールすると、オリビアが小さく吹き出した。
「そんなに美味しいパンですか?」
「うん!」
「でしたら、是非食べないといけませんね」
「うん!」
エルドも一緒に食べようねと振り返る。「もちろんです」と大きく頷いたエルドは、パンに対する気合いがバッチリであった。
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