第26話 味方

 渋々お出かけの件を受け入れてくれた兄上であったが、準備があるからすぐには無理だと言ってきた。そんな後出しは卑怯だ。要するに、お出かけできるとしてもまだ先のことというわけだ。なんだか騙された気分である。


 準備バッチリであった俺は、拍子抜けした。ユナを見下ろせば『そりゃそうでしょ』と偉そうな答えが返ってくる。こいつは猫のくせして、妙に偉そうな時がある。


 オリビアだけではなく、騎士団を巻き込んだ大規模なお出かけになりそうな予感がする。それはそれで楽しいが、そのためにお出かけが先延ばしになるのはちょっと嫌。


 やっぱりひとりで出かけるとも言えないし、なんだか微妙な気分である。


「いつ行ける?」

「騎士団の予定もあるからな。そんなにすぐには無理だろう」

「本気で言ってる?」


 これはあれじゃないか。忙しいとかなんとか言って、結局は有耶無耶になってしまう流れのような気がしてきた。兄上は、たまにそういう卑怯なことをする。


 まぁ、その時はお父様に告げ口してやるまでだ。今日のところは、これで納得しておいてやろう。


「俺は今から庭で遊ぶけど。兄上も一緒に来る?」

「私は仕事がある」

「大変だね」

「テオは勉強があるんじゃないのか?」

「ないよ」


 こちらを睨みつけてくる兄上を適当に宥めて、いそいそと兄上の部屋を後にする。宣言通り庭へ出て、ルルを探すがどこにも居ない。


「鳥ぃ。一緒に遊ぼう」


 何度も呼ぶが、姿を見せない生意気な小鳥に腹を立てる。ユナにも探してこいと指示するが、動く気配がない。揃いも揃って生意気なペットしかいない。


「遊んでくれないとオリビアに言ってやる!」

『告げ口するしか方法がないの?』

「じゃあ他にどうするんだ」

『自力で探すとか? そもそもルルと一緒に遊ぶ必要なんてある?』

「鳥だけ仲間外れは可哀想だろ」

『いやいや。ご主人様の相手をさせられる方が可哀想だよ』

「どういう意味だ!」


 突然の悪口にカッとなる。

 拳を握りしめて、とりあえずユナを追いかけまわす。わぁっと勢いよく駆け出してテンションが上がる。


『やめて。追いかけてこないで』

「じゃあ逃げるなよ」

『逃げるよ、普通に』


 ぴゃあっと走りまわっていれば、いつの間にか騎士棟に到着していた。訓練中の騎士たちの声や、剣がぶつかり合う音が響いている。


 ぴたりと足を止めて、訓練場に目をやってみる。オリビアの姿を探して視線を彷徨わせるが、なかなか発見できない。


 そうしてふらふらしていれば『危ないよ』と、ユナが引き止めてくる。剣が飛んでくることを心配しているらしい。この間は、オリビアに無理矢理剣の練習をさせられてうんざりしたが、別に剣が嫌いなわけではない。剣を振る騎士のことは素直にかっこいいと思うし、見ているのも楽しい。


 だが、実際に自分が振るうとなれば話は別だ。訓練は大変そうだし、なにより間近でみる剣は大きくて重くて怖い。ぼけっと訓練場の端っこに突っ立って見学してみるが、俺にあんな動きはできないだろう。それよりは魔法の方に興味がある。


「おや、テオ様」

「副団長」


 黙って見学する俺に気が付いた副団長デリックが、こちらに歩み寄ってくる。


「おひとりですか?」

「猫も一緒」


 足元で、ユナが己の存在をアピールするかのように尻尾を振っている。ピンと立った尻尾を、ぎゅっと掴んでみる。『にゃ!』と鋭い声がした。


『いきなり尻尾を触るんじゃない!』

「いいじゃん。尻尾くらい」


 ケチなユナは、ひらりと俺の手をかわして副団長の後ろに隠れてしまう。


「ケチなペットだな」

『横暴な主人だな』


 言い返してくるユナを、すかさず蹴ろうと頑張るが、副団長が邪魔で失敗してしまった。


「副団長は何してるの。サボり?」

「違いますよ。テオ様の姿が見えたので」


 どうやら危ないと注意をしに来たらしい。剣が飛んできたらどうすると、ユナと同じことを言ってくる。


「副団長はさ。美味しいパン食べたくない?」

「え?」


 怪訝な顔をする副団長に、俺は詰め寄る。


「美味しいパン食べたいかぁ!?」


 うわぁっと両手を上げて問い掛ければ、副団長はひくりと頬を引き攣らせる。


「えっと。よくわかりませんが。美味しいパンはいいですよね」

「そうだろう」


 ふんっと胸を張るが、副団長は微妙な表情である。だが、俺はいいことを思いついた。この副団長を味方にして、お出かけできないだろうか。要するに兄上は、騎士団の予定があるからすぐにお出かけはできないと言っていた。であれば、副団長がいいと言えば早くお出かけできるのでは?


 突然降ってきた天才的な考えに、俺はニヤリと口角を上げた。

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