第21話 真面目に遊ぶ

 変な遊び方をするんじゃないと言い置いて、兄上は自室に戻って行った。


「オリビア。虫取り網返して」


 先程、彼女に剣の練習を無理矢理させられた際、俺の虫取り網は彼女に取り上げられてしまいそれきりである。


「私と遊びましょうか」

「なんで?」


 俺の要求をまるっと無視したオリビアは、そんなことを言い始める。


「テオ様は、少し目を離すと何をするかわかりませんので」


 なにやら疑いの目を向けてくるオリビアは、要するに俺と遊びたいらしい。もしやこいつも訓練サボりたくなったのか? サボりの口実に俺を使いたいだけなのか?


「いいよ」


 断る理由もないので、即答する。

 オリビアの肩にとまったルルが『やめとけよ、オリビア。このチビちゃんの相手は骨が折れるぞ』と小声でささやいている。心配しなくても、ちっこい鳥とも遊んでやる。


「じゃあ追いかけっこの続きやろうね。俺が追いかけるからみんな逃げてね」


 ふんっと気合いを入れる俺とは裏腹に、オリビアとルルはそっと顔を見合わせている。俺の足元では、ユナが『またぁ?』とげんなりした声を発している。


「私が追いかけましょうか?」

「いい。俺がやる」


 少しだけ眉を寄せるオリビアは、けれどもそれ以上の言葉は飲み込んでしまう。そうして渋々立ち上がるオリビアは、「えっと、それでは」と鈍い反応を残して逃げ始める。それにルルとユナも続く。


 わぁっと追いかける俺。


 オリビアは、同じところをぐるぐるまわるばかりで遠くへ逃げる気配はない。ルルは、そんなオリビアの頭上をぱたぱた飛んでいる。ユナは、やる気なさそうに少し離れたところに座り込んでいる。


 俺の狙いは、自然とオリビアに定まる。待てと追いかけるが、彼女は待ってくれない。しかし、なんというか逃げ方にやる気が感じられない。


 いつもはシャキッと動く彼女が、ちらちらと背後の俺を確認しながら比較的ゆったりと逃げまわる。そうして少し経った頃である。


 突然、こちらを振り返ったオリビアは、すごくわざとらしく速度を落とす。ん? と思いながらも追いついた俺は、迷うことなく彼女の腕を掴んだ。


「おや。捕まってしまいましたね」


 そう言って肩をすくめる彼女には、やる気というものがなかった。なんだろう。すごく馬鹿にされている気がする。今のだって、オリビアが飽きてきたから適当に捕まっただけだろう。


「真面目にやって!」

「やっていますよ。テオ様は流石ですね」

「もう! ちゃんと俺と遊んで」


 適当にあしらってくるオリビアは、背後から俺の両肩を掴むと、そのまま押してくる。遠慮なく押される俺は、されるがままに前へと進む。


 なんだか、屋敷に向かっている気がする。


 外で遊ぶんじゃなかったのか? 嫌な予感を察知した俺は、頑張って足を踏ん張る。だが、オリビアはしぶとい。ひょいっと俺を抱き上げてしまう。抱っこされてしまえば、もうろくな抵抗はできない。せめてもの抵抗にと腕をぶんぶん振り回してみるが、オリビアはどこ吹く風である。まったくダメージになっていない。


「おろせ!」

「はいはい。お部屋に戻りましょうね」

「まだ遊ぶ!」

「遊んでばかりいないで、お勉強もしてくださいね」


 なんて嫌な奴だ。俺はまだ七歳だもん。全力で遊んでも許される年齢だと思う。


 そのまま部屋に連行された俺。「おとなしく遊んでいてくださいね」と眉を寄せるオリビアは、再び訓練に戻るらしい。


 だが俺をひとりにはしたくないようで、近くにいた使用人に声をかけて、ケイリーを呼びつけている。


 颯爽とやってきたケイリーは、オリビアのことを不思議そうに見つめている。


「ケイリー。頼むから、テオ様から目を離さないでくれないか」

「え?」


 意外そうに目を瞬いたケイリーは、ユナを抱きしめてぽつんと佇む俺を視界に捉えると、すぐに頷いた。


「わかりました」

「頼むよ」


 偉そうに指示するオリビア。よくわからないのだが、オリビアはたまにこうやってケイリー相手に偉そうにしている。侍従のケイリーと、騎士のオリビアだと、どうやらオリビアの方が偉いらしい。まぁ、オリビアは騎士の中でも実力派だからな。


 オリビアが去った室内にて、俺はケイリーのことをじっと見上げる。


 ケイリーは優秀な侍従だが、あまり仲良くはない。いつも淡々と仕事をこなすので、一緒に遊んだことはないな。


 ルルは、俺の手が届かない高い棚の上にとまっている。あいつも、オリビアに俺の面倒見ておけと頼まれていた。


「ケイリー。何して遊ぶ?」

「……お絵描きでもしますか?」

「いやだ」


 にこやかに提案してくるが、俺はそんな子供っぽい遊びには興味がない。もっと楽しいことがしたい。


「ケイリーは? 魔法使える?」

「はい。多少ではありますが」

「教えて」

「私が?」


 驚いたように目を見張るケイリーは、困ったように眉尻を下げてしまう。


「申し訳ございません。私の勝手な判断では」

「えー」


 勝手に魔法を教えることはできないと、ケイリーは冷たいことを言う。仕方がないので、ユナを床におろして、ひたすら毛をわしゃわしゃ撫でる。


 俺もはやく、もっと魔法が使えるようになりたいのに。

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