第20話 救出

 ユナは、ちゃんとオリビアのことを呼んできてくれた。ついでにちっこい鳥であるルルも一緒だった。あの鳥、いままでどこに隠れていたのだろうか。


 木の上でシクシク泣く俺と、その下で困ったように立ち尽くすフレッド兄上を視界に入れるなり、オリビアは苦い顔をした。本音では苦言のひとつでも呈してやりたいが、兄上の手前強く出られずに困っているのだろう。兄上は、公爵家の長男である。オリビアの雇い主的立場だ。


 俺相手には文句を言いまくるオリビアも、兄上相手だと遠慮するのだ。俺が子供だと思って馬鹿にしているに違いなかった。


「オリビアぁ。兄上がいじめてくる」


 だが、そんな失礼オリビアも俺のことはちゃんと助けてくれる。とりあえず兄上の所業を報告しておけば、オリビアは何とも言えない顔をしてみせた。どう反応を返してよいのかわからないのだろう。


「そんなところに登るからですよ」


 ようやくといった様子で口を開いたオリビアは、呆れたように俺と兄上を見比べている。


「今おろしてあげますから」


 そう言って、携えていた腰の剣を鞘ごと兄上に預けたオリビアは、軽く腕をまわすと一番近い枝に手をかけた。そのまま身軽に登ってきた彼女は、あっという間に俺のところまでやって来る。


 身動きするのも怖くて仕方がない俺は、なるべく下を見ないようにして固まっていることしかできない。そんな俺のことを軽々と抱き上げたオリビアは、「しっかり掴まっていてくださいね」と言い聞かせてくる。言われなくてもそのつもりだ。ぎゅっとオリビアの首に腕をまわしてしがみつく。片手で器用に俺のことを支えるオリビア。


 そうして空いている方の手で枝を掴んだ彼女は、「いきますよ」と声をかけてから枝にぶら下がった。そのまま手を離して華麗に着地してみせる。さすが騎士。毎日体を鍛えているだけはある。


「はい。まったく。危ないことばかりして」


 俺を地面に立たせたオリビアは、眉間に皺を寄せる。服を整えて、ついでに乱れてもいない髪を撫で付ける彼女は、少しだけ動揺していたらしい。オリビアによる鮮やかな救出劇を見守っていた兄上は「なるほど。そうやって降ろすのか」と、ひとりで何度も頷いている。


 ようやく地上に帰ってくることのできた俺は、安堵から流れた涙を袖で拭う。


「もう一生あのままかと思った」


 オリビアにお礼を言えば、彼女は苦笑してしまう。その横では、兄上が「そんなわけないだろ」と呆れたように肩をすくめている。


 兄上から剣を受け取って、再び腰に戻したオリビアは騎士っぽくてかっこいい。役に立たない兄上とは大違いだ。


「オリビアありがと。ずっと俺の護衛騎士やってていいよ。いままで邪魔だと思っててごめん」

「私のこと、邪魔だと思っていたのですか?」


 虚をつかれたのか。動揺したように目を見張ったオリビアは、所在なさげに頬を掻いた。


 だってオリビアは俺のやること全てを妨害してくる。本音を言えば、はやく新しい護衛と交代してほしいと思っていた。


「もっと優しい人がいいと思ってた。オリビア早く辞めればいいのにとか思っててごめんね」

「……そんなこと思ってたんですか? 私は、それを聞かされてどういう反応をすればいいのですか?」


 偉そうに腕を組むオリビアは、なんだか怒っているようであった。そんな彼女の肩を叩いて、「すまない。テオはちょっと馬鹿なところがあるから」と、兄上がクソ失礼な発言をしている。兄上だって、俺に木から飛び降りろとか馬鹿な発言したくせに。


「ありがと、オリビア。お礼に俺の猫貸してあげる。今日は猫と一緒に寝てもいいよ」

『勝手にボクを貸すな』


 俺の足元に座っていたユナを指差せば、オリビアは困ったように兄上に視線を向ける。


「どうにかしてくださいよ、フレッド様」

「どうにかって言われても」


 こほんとわざとらしい咳払いをした兄上。


「いいか、テオ。これに懲りたらもう余計なことはするんじゃないぞ」

「うん」


 もう怖い思いをするのはごめんだ。心配しなくとも、当分の間は木登りなんてしないから安心してほしい。


 ユナを抱き上げて、オリビアに差し出す。だが、彼女は「お構いなく」と言って受け取ってくれない。


「なんで? 猫いらないの?」

「お構いなく。テオ様を助けることは私の仕事ですので」

 

 だからお礼はいらないと言うオリビアは、いい人だった。だが、お断りされたユナが可哀想ではある。


「じゃあ兄上に貸してあげる」


 兄上も、方法はちょっとあれだが、一応は俺を助けてくれようとした。感謝の気持ちとして猫を渡すが、兄上も受け取ってくれなかった。


「いらない」

「なんで?」

「私はもう大人だ。おまえと一緒にするな」

「どういう意味?」


 よくわからないことを口走る兄上は、大きくため息を吐いた。

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