転生ショタ、イケメン女騎士さんに手綱を握られる
岩永
第1話 ショタと女騎士
「今日もお元気ですね、テオ様」
「う、うん」
隙のないきれいな微笑を向けられて、居心地の悪さにさっと目を逸らす。こいつが俺に元気という言葉を静かに投げかけるとき、その後に続くのは説教だと決まっている。
俺を見下ろす線の細いイケメンさんは、手入れの行き届いた艶やかな銀髪を、風になびかせて仁王立ちしている。緩く括った長髪に、色素の薄い青みがかった瞳。全体的に色白で、華奢な身体つき。
細身のイケメンにしか見えないが、その正体は、実力ひとつで成り上がった女騎士である。
日頃の鍛錬の成果だろう。危なげない佇まいに、腰に携えた細身の剣がやけに目を引く。黒い騎士服に身を包んだ長身の彼女は、音もなく片膝をつくと、今度は下から覗き込むようにして俺と視線を合わせてくる。
その眉間に、グッと皺が寄る。
「いたずらっ子め」
「だって」
苦々しく呟かれた直後、腕の中に抱えていた猫がひょいっと取り上げられてしまう。俺の猫だぞ。返せと騒いでやるが、銀髪イケメンさんはどこ吹く風。
「かわいそうに。怖かったね」
『怖かった。すんごく怖かった。これだから子供は嫌いなんだ』
よしよしと猫の背中を撫でるイケメン――オリビア・マーリングは、猫を解放すると、俺の方へと向き直る。
結構な頻度で女の子に囲まれているオリビアは、その美貌を惜しげもなく活用していることを、俺は知っている。困りごとがある度に、権力持った女の子を適当にとっ捕まえて、悩ましげな表情作って小首を傾げるのだ。己の顔の良さを自覚して、それを最大限に利用している。嫌な奴である。
「魔獣をいじめてはいけませんよ」
「いじめてはない。泳ぎ方を教えてあげようと思っただけ」
「無理強いはいけない」
オリビアの言葉に、ふるふると被害者ぶっている猫が『そうだ! そうだ! ボクをいじめるなぁ!』と、便乗してくる。なんだこの猫。ペットのくせに生意気である。キッと睨みつけてやれば『えーん、助けてオリビア』と、わざとらしくオリビアへと擦り寄っていく。
はぁっと、大袈裟にため息をつくオリビア。ため息つくと幸せ逃げちゃうよ、と教えてあげるが、「誰のせいだと」と、不機嫌声が返ってくる。誰のせいだろうね? よくわからないや。
「フレッド様が、苦労するのもわかりますね」
「兄上は、毎日暇そうだよ」
毎日毎日、意味もなく庭を散歩しては、疲れたと謎報告してくる歳の離れた兄のことを思い出す。俺に似て、金髪碧眼という王子様っぽい見た目ではあるが、中身は全然王子様ではない。妙にやる気がなくて、そのくせ俺の私生活にガシガシ口出ししてくる面倒な兄である。
今年十七歳になったその兄上は、家督を継ぐべく張り切っているらしい。弟である俺のやる事なす事すべてに目を光らせている。「余計なことをするな」というのが、最近の口癖だ。その俺に対する監視行動の一環が、目の前で偉そうに腕を組んでいるオリビアというわけだ。
「あれは、散歩ではなく屋敷の見回りですよ」
「ふーん」
見回る必要なんてあるか? 確かに公爵家というだけあって、広い敷地を有してはいるが。わざわざ長男である兄上自らが、足を動かす必要性が理解できない。そんなの、屋敷の警備を任せている私営騎士団にでも任せておけばよいだろうに。
あの人は多分、書類仕事をさぼりたいだけだな。
そう結論付けて、猫へと駆け寄る。俺は今、庭園にある池にて、猫に泳ぎを教えてあげようとしていたところであった。思わぬ邪魔が入ったが、気を取り直して猫を捕まえにかかる。『にゃ!』と鋭い声を発した猫が、オリビアの後ろへとまわり込む。そうしてオリビアのまわりをぐるぐるしていれば、ぐいっと襟首を掴まれてしまった。やめて、首が絞まるから。
「こら。やめなさい」
「えー」
「そもそも、どうして魔獣に泳ぎを教える必要が?」
「一緒に泳いだら楽しいから」
正直に答えたのに、オリビアは眉間の皺を深くする。ジタバタ暴れてやれば、ようやく手を離してくれた。
「テオ様が楽しくても、ユナは楽しくないみたいですよ」
『そうだそうだ! ボクは楽しくないぞ!』
調子に乗っているペットの猫、ユナを再び睨み付ける。『怖いよー』と、オリビアの背後に隠れる猫を叩いてやろうと拳を握り締めるが、オリビアが怖い顔をするので、諦めた。こいつは武術の達人である。下手に逆らうと、やり返される。
兄上の友達だというオリビアは、ある日、颯爽と俺の前に現れた。そこからずっと、俺に付きまとっている。俺の護衛兼お目付け役なのだ。
あまりにイケメンさんだったものだから、「本当に兄上の友達?」と疑いの目を向けた。「どういう意味だ」と、不機嫌になる兄上は、「オリビアの言うことをよくきくように」と、嫌な念押しをしてきた。
今年十八歳になるというオリビアは、もともと王立騎士団所属だったところを、兄上が引き抜いてきたらしい。王立騎士団といえば、国王陛下に仕える中々よろしい立場だと思うのだが。なぜ、わざわざそちらを辞めて、公爵家の私営騎士団にやってきたのか。
首を捻る俺に、オリビアは「近衛騎士になれそうになかったので」と、頬を掻いてみせた。近衛騎士といえば、王族の警護にあたるエリート騎士である。なるほど。どうやらオリビアは、国を守るために駆けまわる騎士ではなく、要人警護がやりたかったらしい。近衛騎士になれないと分かり、早々に見切りを付けて、うちにやって来たのだとか。
「……オリビアは、強いんじゃないの?」
実力は折り紙付き。顔もよろしいし、近衛騎士に抜擢されてもおかしくはない。一体なぜ、出世を諦めたのか。ふと口をついた疑問に、オリビアは僅かに眉を寄せた。
「私は女です。いくら実力があっても、女を護衛につけるなんて、不安が勝るのでしょう」
真面目な顔で返すオリビアに、うーむと眉を寄せる。こんなイケメンさんなのに、オリビアは男ではない。男ばかりの騎士団を、実力ひとつで成り上がった女騎士。まだまだ女騎士が珍しいこの世界において、オリビアはそれなりに苦労していそうであった。
「まったく」
額を押さえる美丈夫と、喋る猫を見比べる。
現代日本では、なかなかお目にかかれない本物の剣にかっこいい騎士服。灰色っぽいお喋り猫。
うーん、異世界。
テオ・エヴァンズ。ただいま七歳。
前世平凡な日本人であった俺は、よくわからないが、知らん異世界の公爵家次男をやっている。
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