一ヶ月前の声が鳴きやむ

 六月の末、今年初めての蝉の声を聞いた。

 雨がぱらついている中、ジー、というチューニングのような声だけが聞こえていた。梅雨空はどんよりと真上に広がっているが、夏が来るのだなと予感した。

 それからおよそ一ヶ月。最近のことだ。

 道端に蝉が落ちている。俗に言えばセミファイナルという状況だ。アスファルトの上の蝉を目にすることが増えた。それを見て私はああ、命を全うしたのだなと思いながら近年の蝉の研究について思い出す。

 蝉はかつて一週間で死ぬという説があった。そんなものだから蝉が鳴く姿は儚さの象徴とされた。しかし最近の説では羽化してから一ヶ月ほど生きるのだという。人間からすれば確かに短いような気もするが、それでも一ヶ月。儚さは若干薄まる。

 そこで私はふと思った。今、ここでアスファルトに落ちている蝉は、六月の末に鳴き出した蝉なのではないか。ちょうど一ヶ月ほどなのだから、今アスファルトに落ちている蝉のほとんどは先陣切って鳴き始めた勇気ある蝉たちである。蝉の寿命を肌で感じた瞬間であった。

 時になんてことない観察が頭の引き出しの奥底にしまっていたどうでもいい情報を引き出し、情報の本来の意味を実感させる。私はこの瞬間が好きだと思う。だからなんてことない情報を見たり聞いたりする。本を読む。人の話を聞く。

 あと一ヶ月もすれば蝉はほとんど鳴かなくなる。きっとその頃も暑いのだろうけれど、生物というのは暦と同時に動く。人間よりもよっぽど正直な彼らに最大の敬意を払いながら、その声に耳を澄ます。また次回。

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