第14話 旅路と刺客
屋敷を発ち、しばらくは都市バードベリーの真ん中を貫く街道を闊歩していた。
屋敷を出たのは鑑定の儀式以来であり、それ以前も出かけたことがなかったのでよくわかっていなかったが、やはりここ周辺は栄えている。
儀式の日はそういったビッグイベントがあったからと言えたけれど、しかし今日のような平時でも人の往来は絶えていない。
伯爵の直轄地だけあるということだろうか。
この世界の貴族の権力や地位がイマイチわからないけれど、これだけの街を治めているならば、ウチの家は結構上流階級なのかもしれない。
まぁ、一般家庭で幸せを築いていた俺からすれば、だからなんだという話なのだが。
馬車の中は二つの腰掛が向かい合うような配置となっており、俺とメイド、リリアーノとカロリーヌで別れて席に着いている。
リリアーノが高めのテンションで口数を多くしていたが、メイドは淡白な返事しかしないし、カロリーヌは緊張でしゃべれなくなってるし、俺は魔導書を静かに読んでいたので、馬車の中は案外静かだった。
本当は《グリモアール》を読んでいたかったところだが、流石に宗教を重んじる国に仕える貴族の前で、そんな真似はできない。
ということで、とっくに読む古していた水属性の魔法の本をぱらぱらと読み流していた。
「エリィは、何か欲しいものがあったりするの?」
そうしていると、不意にリリアーノが名指しで尋ねてきた。
窓の向こうを見ると、露店がずらずらと並んでいる。中には宝石の装飾品だったり見事な芸術品だったりなんかが並べているものもあった。
あれらを見て思い至ったのだろうか。
「欲しいもの…ですか」
帰宅への手がかり、だなんて馬鹿正直に言えるわけがない。
かといって俺に欲しいものがあるわけでもない。
この世界に来てからというもの、三大欲求も怪しいというくらいには何かを求める力というのが失われている気がする。
その全てを転移魔術というものに投げうっているからなのかもしれないが、人としておかしくなってしまうのではないかと少しだけ心配しそうになることもちょっとだけある。
そういうわけだから、パッと聞かれてほしいものを挙げることはできなかった。
ここで要望を出しておけば、リリアーノがくれたりするのだろうか。
…いや、なさそうだな。
この世界の貴族は子供道具として見る節が少なからずある、リリアーノらも例外ではあるまい。
必要出資と割り切ってプレゼントしてくれる可能性もあるが、そこまでいろいろ要望を飲み込んでくれるというわけではないだろう。
「そうですね……。魔道具…と呼ばれるものに興味はありますかね」
そういうわけなので、俺はコストも品質もピンキリな、漠然としたものを挙げた。
興味がある、というのも特段嘘でもない。
魔道具というのはその名の通り、魔法が宿った道具のことである。
魔力には人それぞれ【適正】というものがあるので、個人ではできない部分を補うという形で売り出されていることが多い。
例えば、火を起こすものだとか、明かりを点けるものだとか。
中には津波を引き起こすなどという、いったい用途がわからない代物も存在しているらしい。
それがどのようにして動作しているのか…という意味で、俺は興味があった。
もしかしたら何か、転移魔術を研究する上で役に立つモノが出てくるかもしれないしな。
系統で大別されている魔法だが、しかし全くの無関係で別物であるというものは案外少ないし。
「魔道具、ね。たしかにエリオスは魔法を熱心に勉強しているものね」
リリアーノは手を合わせて、納得したようにうなずいた。
熱心に勉強…か。
転移魔術以外については義務感でやっているけどな。
まぁ学んでいて損はないから別にいいんだけど。
「カロリーヌさん、何かふさわしい魔道具の情報、ご存知ですか?」
「へぇっ?!魔道具、ですかぁ。そ…そうですね、」
話を振られてあからさまにテンパるカロリーヌ。
俺の教師になるために熱烈なオファーをかけたと聞くし、魔法の権威だったということも耳にしたので、もっと気さくな人物だと思っていたけど…それはどうやら誤った認識のようだ。
まぁ魔法が友達みたいな人だしな。
やむをえないのかもしれない。
途切れ途切れながらもおススメの魔道具を紹介するカロリーヌを横目に、俺は窓の向こうを何の気なしに見つめながら、馬車に揺られているのだった。
***
街を抜けて、活気ある街からは遠ざかっていく。
ガラガラと揺られながら進んでいると、森にたどり着いた。
なんという名前だったか…、たしかロソメーシの森だとかなんとかと言った気がする。地理書はあまり読み込んでいないので記憶があいまいなのだ。
この森の様子を一言で言うなら、鬱蒼という単語が最も適している。
人の手など一切介入していないという風に、草木が生い茂っているのである。
しかし、まったく人の手が加わっていない…というわけではない。
歴史をたどってみると、何度か開発を試みた記録が結構見つかる。
それなのにどうしてこんなにも大自然を誇っているのかというと、この場所が“魔力溜まり”と呼ばれる稀有な場所であり、生物の生命力が著しく強化されているからであろう。
自然界には魔力が充満している。
魔力が滞るとその場の空間や生物に影響を及ぼすのだが、通常は絶えず流動しているためにそのようなことは起きにくい。
しかし物理的にも魔力的にも閉鎖的な場所では、その魔力が吹き溜まってしまうのである。
例えば洞窟や今いる森林なんかがそうで、植物…つまり生命という魔力的に強い存在が多くあることで、魔力が流れず留まってしまうのだ。
そういうわけなので、魔力溜まりとなっているこの森では、“生命力が著しく向上する”という魔法が常時かかっているようなものであり、そうした理由で人による開発ができなくなっているのである。
切り倒しても切り倒しても復活するというわけだからな。
しかし逆に言えば木材が無限に手に入るようなものでもあるため、上手いことこの辺の人達は活用しているようだ。
…まぁとはいえ、森を抜ける際に関しては弊害しか生むことはない。
背丈が高く、葉っぱも生い茂っているので太陽光が塞がってしまい、全体的に陰鬱な雰囲気が漂っている。
例え森に慣れているような人が足を踏み入れたとしても、油断すればすぐに迷ってしまうだろう。
地面も、踏み鳴らされたような場所はあるが道という道はなく、それも肥大化した木の根が占領してしまっているので足元はかなり悪い。
揺れの少ない高級な馬車を使っているらしいというのに、ガタガタと揺られっぱなしだ。
「あばばば…凄い揺れですねぇ…」
「ええ…。もう少しでもしたら抜けられると思うのだけど」
カロリーヌがガタガタと体を震わせながらそう言うと、同じく揺られているというのに平然としているリリアーノが言葉を返した。
ここまでの間にだいぶ打ち解けたのか、カロリーヌの緊張も抜け、普通に談笑できるくらいの仲になっていた。
人見知りかと思っていたけど、カロリーヌは良い意味で調子の良い人でもあるのかもしれない。
「順調に進めば、の話ですけどね」
隣に座るメイドがボソリとつぶやいた。
おそらくリリアーノの耳には届いていないだろうし、「なに意味深なこと言ってんの?」と疑問を浮かべる余地があったが、しかし俺は瞬時にその意図が理解できた。
なんてったってここは、“魔力溜まり”だからな。
「敵襲ーーッッ!!!」
先導していた護衛の馬車の方で、切迫したような野太い声が上がった。
すぐに俺たちの乗る馬車も止まり、がくりと大きく揺さぶられたが、なんとか体勢を崩して転ぶようなことにはならなかった。
「わっ」
ちらりと外の様子を窺おうとした瞬間に、目の前を何か高速で移動するものが通過した。
かなりのスピードであり、あのまま顔を出して直撃したら大惨事になっていたことであろう。
遅れて後方でドカンッ!という衝突音が聞こえてくる。
「…くれぐれも顔を出したり身を乗り出したりしないでくださいね、」
隣に座るメイドが俺の体を引っ張って、馬車の内側に来るようにする。
そして、いつもの飄々とした表情から少しばかり眼光を鋭くしながら言葉を続けた。
「おそらく、軍隊ゴブリンが現れました」
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