第13話 王都へと
かくして王家へと赴く許可を得たわけだが、それにはいくつか制限や条件というものがあった。
この世界の貴族の子供は、そう易々と出かけたりすることはない。
あったとしても、城下町が限度というものだあった。
まぁ当然といえば当然のことで、この世界はお世辞にも治安がいいとは言えない。
やんごとなき身分にありながらも自衛する力のない子供が外をうろつくのは、護衛がついていたとしても結構危ないことなのだ。
他の理由を挙げれば、他の貴族の領地へ行くには幾つかプロセスを踏む必要があることか。
部外者が勝手にやってきたらスパイか何かかと疑われてしまうようで、それが貴族なら敵陣視察なのかと勘繰られるらしい。
領地自体が他人の家みたいなものなので、気軽にお出かけするなんてことは難しいのである。
さて、そういう理由から条件つきで王都に行くことを認められたわけだが、その条件の中には「リリアーノも一緒に行く」ということがあった。
さすがに子供を外に行かせるのに護衛や使用人をつけるだけというのは難しいようである。
もし何かあったときに、親権を持つ者がすぐ近くに居なかったらいろいろと後手に回るからだろうか。
伯爵の妻ということでそこまでフットワークを軽くすることができないというのに、俺のためになんだか申し訳ないとは思う。
突発的な要望だったのに、手配や準備もやってくれたようだし…今回の件ではカロリーヌと並んで頭が上がらない存在だ。
…しかし、彼女は彼女で、どうやら俺の要望にはご満悦だったようで。
「うふふ、エリィとおっ出かけぇ~」
リリアーノは、鼻歌混じりにそう言うくらいにはルンルン気分だった。
俺が王都へ行くことを申し出たときは深刻な表情をしていたというのに、変わり身が激しい人だな、と思う。
とはいえまぁ、その感情を否定することは、妻子を持つ俺にはできなかった。
「いつになく楽しそうですね、リリアーノ様」
「当たり前じゃないっ!エリィとお出かけするなんて、儀式以外では初めてなのですものっ!」
飄々とした態度と表情をしている使用人に対して、彼女はふふんっと笑いながらそう言った。
先ほどのような理由から、親子で外出なんてことは夢のまた夢。
そんな思わぬ機会を、大義名分をもって得ることができたのだから、嬉しいというものなのだろう。
…リリアーノも、子供と一緒にいたい…いろいろ経験したいと思っているのだ。
その感情を、どうして俺が否定できようか。
「さぁっ、貴女もついていくのですから張り切って準備しなさいっ!」
「…かしこまりました」
拳を握り、ふんすと息を吐いて、ウキウキに張り切っているリリアーノ。
使用人は対称的に呆れたような表情で、返事をするのだった。
「…」
そんな様子を眺めていると、不意に、めんどくさそうにしている彼女と視線がかち合う。
愛想笑いを浮かべながら会釈してやると、使用人は怪訝な表情を浮かべながらも会釈を返し、準備のためかどこかへと去っていった。
……今回の件では、いろいろな人に迷惑をかけそうだな。
何事もかなぐり捨てて家に帰ろうと決意したのに、こうしてなんだか罪悪感を感じてしまうのは、俺の覚悟が足りていないということなのだろうか。
そんな胸中に浮かぶ質問に、答える者は誰もいないが。
***
出発の日になった。
俺が提案した日からは二週間が過ぎていた。
えらく時間かかったな、と思うけど、それも致し方ない。
今回の遠征の期間もまた、移動を除いて二週間という長い期間を取るのだから。
滞在場所とか不在中の時のための対応とか、諸々含めて考えれば二週間で準備が終わったのはだいぶ早いほうだろう。
リリアーノならびにカロリーヌには感謝しかない。
「それでは、私がいない間もよろしくお願いするわね」
「「「はい、リリアーノ様」」」
屋敷の門付近にて、リリアーノがそう言うと見送りに来た使用人一同が口をそろえて返事をした。
父、ルーカスは今回の外出に同行しないが、いかんせん彼も多忙の身。
常時は家の者が不在になるわけで、その間この屋敷を守るのは使用人たちのため、目の前にいる彼らは身が引き締まっているような表情を浮かべていた。
苦労をかけるが、こちらからもぜひよろしくお願いしたい。
「エリオス様、御勤め頑張ってくださいね」
そんな風に思っていると、使用人のひとりが俺に対してそんな言葉をかけた。
お勤めとはなんぞ?
とは、ならない。
なぜなら、今回の旅の名分となっているのはお勤め……つまり言うと、「【神の子】としての役割を果たす」ことなのだから。
【神の子】は世界に何か変革を起こす存在…とされているようで、ある日に啓示を受けてからは、世界を変えるために行動を起こす…と言われているらしい。
もちろん俺は【神の子】などではないのだが、突然俺が王都に行って古代について学ぶなんて言ったばかりに、それが神からの啓示と誤解されてしまったようで…。
結果、俺は神の子としてのお勤めのために王都へ向かう、ということになったのだった。
否定はできたのだが、しかしすでに広まった認識を正すのは一筋縄ではないし、何より、誤解されていた方が何かと都合がよかった。
宗教を重んじる=【神の子】を重んじる国だからなのか、いろいろ無茶を言ってもなんとかしてくれるのだ。
今回の遠征が許されたのも、半分はその勘違いによるものだったからな。
そういうわけなので、騙すようで申し訳なくはあるけども、利用することにしたのである。
無論、そのせいで何か面倒なことも
「……ありがとうございます。精一杯、頑張ってまいります」
にこにこと笑みを浮かべながら、応援してくれた使用人の人に返事をした。
今ここで、「実は禁忌とされる魔法を習得するために古代語を学ぶんすよ!」などと打ち明けたら卒倒してしまうのだろうな。
なんて、魔が差して邪悪な考えが
まぁそんなこと自殺行為でしかないので、するわけがないが。
「リリアーノ様、出発の準備ができました」
相も変わらず、飄々とした表情のメイドが準備完了を告げた。
彼女は今回同行する使用人のうちのひとりであり、俺の見張り役のような立場を任されているらしい。
「ええ、わかったわ。…それじゃあ、みんな。よろしくお願いね」
リリアーノは改めてみなに挨拶をすると、馬車に乗り込んでいった。
俺も続いて会釈をして、乗り込んでいく。
「カロリーヌさん、長旅になりますが、どうぞよろしくお願いしますね」
「えぇ!いやいや!そんなこちらこそぉ!!」
馬車の中には、すでにカロリーヌが乗り込んでいた。
リリアーノが挨拶すると、彼女は珍しくテンパったような態度で返事をしていた。
…魔法狂いなだけで、人付き合いの方はあまり狂ってはいないんだな。
なんてちょっとだけ笑ってしまいそうになる。
馬車の中はそれほど狭くないが、後に先ほどのメイドも乗り込んで4人が収まっているため、それなりの窮屈さは否定できなかった。
休憩を挟むとはいえ、長旅になろうから覚悟した方がいいかもな。
「「「それでは、良い旅路を!!」」」
屋敷の門が開き、馬車が動き始めると、見送りに来ていた使用人の人達が一斉にそう言った。
窓から後方を除いてみるが、彼らの姿と、広々とした屋敷はだんだんと遠ざかっていく。
「…精一杯、頑張ってまいります」
すでに小さくなった彼らを見つめながら、先ほどした返事をもう一度口に出した。
なぜそうしたのか、自分でもわからないけれど…ただ、自分の中で決意が固まったような気がした。
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