第117話 夫婦大作戦

 巨大森林地帯の南。

 ジークラッド大陸の南東の位置にある王都フルカンタラは、巨大樹を中心に据えた森の大都市だ。

 エルフの家々は地面にもあるが、木の上にもあり、巨大樹の中にもある。

 面白い作りの都市だった。


 「懐かしいわ」

 「そうか……ナディアでも百年ぶりくらいなんだろ」

 「ええ。そう。あの時はお母様も一緒だったわ」

 

 懐かしむナディアは目に涙を浮かべて、都市を見ていた。

 

 「変わりませんね……百年経っても」

 「失礼ですけど、アンナさんっておいくつなんですか?」

 「え? 私ですか。私は300歳くらいです。正確にはわかりません。あまりにも牢にいた期間が長くて計算をしてませんね」

 「へえ。300歳ですか・・・・・・・え!?」

 

 エルフの見た目。

 若々しくてよくわからん!

 正直、人間で言えば、20代くらいに見えますよ。


 「見た目が若くて驚きますね……アンナさんはお綺麗ですし」

 「そ・・・そうですか。ありがとうございます。私はもうおばさんですけどね」

 「300歳くらいはおばさんなんだ」

 

 その基準が分からない。

 俺たちがそんな会話をしていると、ナディアが近づいてきた。 


 「あんた! あたしは187歳よ! どう、若いでしょ」

 「へぇ」

 「ちょっと、あたしに興味持ちなさいよ」

 「なんで?」

 「え。だって若いでしょ。どう、あたし綺麗でしょ!」

 「・・・・・」

 「なんで無言なのよ。失礼でしょ」

 「・・・・・よし、先に行こうか」

 「ちょっと、あんた酷いよ。お世辞でもいいから、ここは綺麗って言うところでしょ」

 

 よく分からない人は放っておいたのである。


 ◇


 「アンナさん、その子を預かりますので、調べに行きますか」

 「ええ。少々お時間をください。行って参ります」

 「お願いします」


 アンナさんからフィリーを預かって俺は抱っこした。

 すやすやと眠るこの子は、ここに向かう道中の間、ずっと眠りについていた。

 日の光に当たりたがらないはずの吸血鬼ヴァンパイアだが、この子は鬼人族の血もあるためか、太陽を克服しているらしい。

 

 それと、街に溶け込んだアンナさんは偵察兵のような動きも出来る様だ。

 元々は影に潜む動きが得意らしく、潜入する動きも完璧だった彼女。

 俺のシャドーステップほどじゃないが、隠れながらの行動が上手だった。

 あと、一般人に紛れて行動するのも上手く、巧みにここの人たちから話を聞きだしていた。


 「アンナさんってすげえな」

 「そうだな。儂らよりもずっと器用であるな」

 「助かるよな。俺はヒュームだし。ユーさんとナディアは目立つもんな。ここで、俺とユーさんは市民の人たちと会話が出来ねえもんな」

 「あたしは! あたし。あたしだって出来るよ」

 「いや、無理だろ。あんた、見た目ナディアなんだろ。彼女の姿を知るものがいれば驚いちゃうじゃん。今は離れた位置にいるからいいけどさ」

 

 俺たちは都市の外れで休憩を取っていた。

 疲れもあるが、これはナディアの為でもある。

 都市のどこかで俺たちが留まっていては、人々の目について、彼女がナディアだと知られてしまう可能性が出てくるからだ。

 ナディアは死んだ。

 そうなっている方がたぶん現状のジークラッド大陸にとっては都合がいい。

 おそらくわかられてしまえば戦争の火種にでもなりそうだからだ。

 特に連合軍にとってナディアが生きていると思われる方が危ないだろう。

 それが俺とアンナさんの見解である。

 百年くらいの年月ではナディアの姿を知る者がいるだろうから、ナディアにはフードを被ってもらっている。

 だからなのかは知らないけど、ナディアは拗ねていた。


 「あたしだって出来るもん」


 ◇


 「調べました。ルルロア様、ナディア様。ユースウッド様」


 アンナさんは一時間ほどで都市を探索しきった。


 現在のフルカンタラは、平和ではあるらしい。

 百年前のあの事件で、ナディアを失くしたと思っているのが基本の考えみたいである。

 そして、ここに住むエルフは王家を失っている状態を続けるわけにはいかず、七十年ほど前に特府という制度を生み出し、都市を管理する管理人と呼ばれる人物がこの都市を守っているらしい。

 現在の管理人はシュガナ・スカールと呼ばれるエルフの男性だ。

 

 「なるほどね。市長みたいなもんか」

 「そのようです。エルフを統括する疑似組織のようなものらしいですが……あまり上手く事が運んでいないようです」

 「そうか。ナディアと言う英雄が管理する世界だったからな。かなり難しい舵取りが必要なんだろうな」 

 「そのようです。現在の管理人シュガナも、管理人が三回も変わった結果でなった者だと言っていました」

 「ふんふん。よし大体の事情はわかったな。それじゃあ、あなたたちはどうします? この現在の状況下で、こちらに移住しますかね? それとも別な都市にいきますか?」


 俺はエルフとドワーフの脱走組の人たちに聞いてみた。


 「そ、そうですね。私たち、ここに馴染みますかね」

 「おらたちも、厳しそうだ・・・」

 「う~ん。そうですよね。難しい問題ですよね。時代に取り残された感じを受けますよね……」

 「そうです」「ああ。おらも思う」

 「そうですよね……じゃあ、少しここらの外で待っていてください。俺、ちょっと考えていることがあるんで、待っててくださいね」

 「は、はい」「わかったぞ~」


 俺は作戦を練り直すために、いつものメンバーで話し合う事にした。



 ◇


 「みんな。俺の策に乗ってくれないか?」

 「「「???」」」


 全員が首を傾げる。


 「というか、アンナさんにお願いしたいんだけど」

 「わ、私ですか?」

 「はい。ちょっとだけ俺の奥さん役してもらえません? まあ恋人でもいいですけど」

 「え!?」


 俺の唐突な作戦にアンナさんは止まった。


 ◇


 「駄目よ。駄目! なんでアンナがあんたの奥さんになるのよ」

 「いや、なんでナディアに反対されなきゃならんのよ。アンナさんならまだしも」

 「だだだって・・・アンナはあたしのアンナだもん」

 「いや、だから。本当に俺の妻にするんじゃなくてね。演技をしてくれって話なの!」

 「駄目よ。演技でも・・・おおお奥さんなんて。はしたない」

 「へ? 何言ってんだこいつ??? それになんで、ナディアに反対されなきゃいけないのよ。アンナさんに聞いてんの!」


 俺とナディアは喧嘩になった。


 ◇


 「い、いいですよ・・・私でよければ」

 「お! 助かります。それじゃあ、今から街に行きますよ。出来るだけ夫婦な感じでいきましょう。それで調査したいことがあるんですよ」

 「わ、わかりました。ルルロア様」

 「いきますよ。あっちの市場の方に行きましょう」

 「・・・はい・・・よろしくお願いします」


 俺とアンナさんが街の中心に向かう中で、後ろから声が聞こえた。


 「そんな。ずるい・・・よぉ・・・あたしだって・・・・」


 そんなにアンナさんが取られるのが嫌なのかよ。

 と思った俺であった。



 ◇


 「で、アンナさん・・・これじゃあ駄目だな。これだと夫婦に感じないから。今はアンナでいきますよ。アンナさんはルルでお願いします」

 「え? ルルですか?」

 「はい。まあ、今だけの間でいいのでお願いしますよ」

 「わかりました。ルル」

 「はい。アンナ」

 「き、緊張します」

 「ははは、緊張してたら夫婦に見えませんよ」

 

 中心地手前にて。


 「アンナ。これは、調査ですからね」

 「調査?」

 「ええ。これはヒュームがこのエルフの街でどう扱われるかのです」

 「え?・・・それはどういうことでしょう」

 「ええ。俺たちのように仲間として過ごせるのは極稀なのかの実験です。こちらは解放軍の領土じゃありません。連合軍の領土です。それで俺の扱いはどういうものになるのでしょうかね。あっちでもあまりいい感じにならなかったので、ここで俺への対応がどうなるのかを知りたいんです」

 「・・・そうですか・・・でもおそらく・・・あなたは辛くないのですか。私は信頼してますが。おそらくは・・ここでも」


 申し訳なさそうな顔をしているアンナさんは綺麗だった。

 憂いた表情が儚げだった。


 「ええ。大丈夫。俺は別に他人の評価で生きてきたことがないので、誰から何かを言われても平気です。ただ、もし、あなたたちに危害が加わるのなら、この先の旅は難しい。なので一つ策があるのですよ」

 「策?」

 「ええ。ですから行きますよ。アンナ」

 「は、はい。ルルロア様」

 「駄目ですよ。ルルでお願いします」

 「ご、ごめんなさい。ルル」


 俺たちは戦場に入った。

 先に考え抜いた演技作戦通りに動く。



 ◇


 俺は一人でお肉売り場に到着した。

 

 「すみません。これいくらでしょうか」

 「ん? 兎の肉かい。えっと、ん!? ヒューム。なぜヒュームがここに」

 「いや、たまたまこちらに流れ着いちゃって、お腹空いてるんですよ。これいくらでしょう」

 「1300Rだ」

 「ほうほう。結構な値段ですね」

 「それ以下にはならんよ」


 ヒュームだと分かると態度を変えたエルフの男性。

 なんの悪びれもなく値段を釣り上げていた。

 値札のない商品。これらは店主次第の販売価格である。

 俺は事前に聞いている。

 アンナさんが調べた結果は兎の足は200Rであるということだ。

 6倍強。

 高すぎる値段設定である。


 「高くないかい? 店主さん。本当はもっと安くねえの?」

 「なんだ。ヒューム風情が偉そうに。嫌なら買うな。腹でも空かせてろ」

 「ふ~ん」


 俺は横目で合図を出した。

 奥から彼女が来る。


 ◇


 「すみません。こちらの足をください」

 「200Rだよ。買うかい」


 アンナさんが聞くと正規の値段を店主が言った。


 「そうですか。もう少しお安くなったりしませんか」

 「・・・そうだな。美人のあんたには、180でもいいかな」

 「安~い。店主さん太っ腹ですね・・・あ」


 アンナさんはわざとらしくないおべっかと。

 わざとらしくない振り向きで俺の方を見た。

 あたかも今気づいて、今会った風を装う。


 「愛しの旦那様。ここにいたのね。ルルもここでお買い物?」

 「ああ。そうだよ。アンナもここに来たのかい。別な場所を見に行くって言ってたのに」

 「ええ。偶然こちらに来たの。私たちやっぱり気が合うのね。きゃは」


 と言って俺の腕に抱き着いてきた。

 何も不自然な点がない。

 この人、めっちゃ演技派だ。

 すげえよ、アンナさん。

 これを考えると、ナディアは大根役者だ。

 ド下手くそだったな・・・・なんか笑える。

 ああいうのもまた可愛いかと思う俺であった。



 ◇


 「なんだよ。お前ら夫婦かよ。だったら、180なんて額じゃ売らねえよ。もったいねえ」

 

 やはりそうきたか。

 エルフであれば180。ヒュームであれば1300。

 この差を生み出しておいて、ヒュームと関わりがあるエルフだと値段を変更するみたいだ。

 とにかくヒュームは最下層であるのだ。

 この扱い。ある意味、奴隷以下かもしれないな。


 「なるほどね……おっさん」

 「なんだよ。急に態度を変えてきて。偉そうにするなら、衛兵を呼ぶぞ」

 「あ!? 別にいいけどさ。これ、本来はいくらだ」

 

 俺は剣聖のスキルを使い、今までに使ったことのない威風で相手を押した。

 俺のタレント。

 覚醒した事である変化が起きていた。

 幾度かの実験をここに来るまでの間にしてるのでわかった事だが。

 俺のタレント。

 おそらく、彼らが使ったことがあるスキルを使えるのである。

 つまり、覚えるスキルが初期スキルだけの縛りが消えているのだ。

 それと、二個同時も出来るようになり、体力消費も軽減、その上で魔力消費も軽減だ。

 さらに簡単なスキルであれば、三、四個同時に扱うことも出来るようになっていた。

 例えば、匂い探知とか、視野とか。

 ああいう単純なものは同時に発動できるのだ。

 

 俺、ヤバくなってねえか


 と思っていることはレオンたちには内緒にしておこう。

 あいつらよりも強くなってるかもしれないのだ。


 

 ◇


 俺の威風に当てられている店主のエルフは怯えながら答えた。

 

 「2・・200だ」

 「だよな。彼女にはその値段で売ろうとしたもんな」

 「…は、はい」

 「やっぱな。そういう流れになっちまうんだろうな。それはここだけじゃないってことだよな」


 俺は思う。

 連合軍だろうが。解放軍だろうが。

 どこの街に行こうとも俺が行った先ではこのようなことが起きる可能性が大であると。

 こんな事が起きれば、毎回確実に皆に迷惑がかかるのだ。


 「駄目だな。これじゃあ、常に皆に迷惑がかかっちまうな」

 「ルル、そんな事は考えてはいけませんよ。私たちはあなたと共に生きたいと思ってますし、それに協力したいと思ってます。ここで無理でもいずれは」

 「・・・ええ。ありがとう。あなたのような人がいてくれてね。俺はとても嬉しいですよ。アンナ。行きますか。ちょっと相談したいことが出来たので、戻ります」

 「…は、はい」


 優しく俺を諭してくれた彼女の手を握り、俺は皆の元に戻ったのだ。

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