第97話 無職はすでに人々の英雄だった
「人が多いな!」
「ええっと、双子だと聞いていたので、こちらの方たちがルルさんの先生と師匠さんですね」
人数の多さに驚くエラルと、マイペースなヨルガ。
キョトンとした顔をするホンナー側に対して、ヨルガは冷静に話し出す。
「私、占星術師のヨルガと申します。ルルロアさんの友人となった者なのですが、ルルロアさんはこちらにいますかね。この一か月、連絡が取れないので心配で困った時はグンナーさんかホンナーさんに会いにいけと言われていたので、私こちらに来たのですが。どうでしょう。どちらがグンナーさんで、どちらがホンナーさんでしょう?」
どうでもいい質問から会話に入るヨルガであった。
「あ。俺がグンナーで、こっちが兄貴のホンナーです。ヨルガさん」
「ああ。そうですか。ほんとにそっくりですね。目以外が。はははは」
マイペース界隈の王ヨルガは、ゆったりとした雰囲気のまま話していた。
ヨルガの隣に立つエラルが肩を叩く。
「おい。なに、のんびりしてんだよ。こっちは忙しいんだ。手短にいこうぜってさっき話しただろ」
「ええ。それは先程聞いていましたが・・・・別に叩かなくても」
「俺、お前といると疲れるんだよ。ルルロアよりも疲れる奴なんて初めてだ」
「ひどい・・・・さすがに私はルルさんよりは変人じゃありませんよ」
「いや。あんた……かなり変人だって!」
エラルはヨルガといることに心底疲れていた。
ヨルガのマイペース具合はルルロアの比ではないからだ。
「それでは、ルルロアさんはどうしてますか。皆さんはご存じでしょうか?」
「それが・・・」
事情を聴いた二人。
エラルは青ざめて、ヨルガは冷静な顔で考え込んだ。
「そうですか。消失・・・では、第三の方法でルルさんは、ジークラッドに移動しましたね」
「第三の方法?」
ホンナーが聞いた。
「ええ。空間移動の魔法が施されたアーティファクトによる移動方法です。おそらくそれで飛ばされたのですよ。だからルルさんは生きてますよ。それは安心した方がいい。ただ、ジークラッドのどこに飛ばされたかが問題ですね」
ルクスをはじめ、皆が少しだけホッとした表情に変わった。
心のどこかで。頭の片隅で。
本当はルルロアが死んでしまったのではないかと疑っていた部分があったのだ。
絶望の中に希望が生まれた瞬間だった。
そんな皆の心境変化を気にせずにヨルガは続けて話す。
「それではですね。こちらの状況をお話ししますよ。この話の後。皆さんは今後どうするかを決めないといけません。実は私たちは、ジョー大陸の特使としてこちらにやって来たのです。私が今から話すことで、こちらの大陸が歩む未来を決めて頂きたい」
「どういうことでしょう???」
「今、説明します」
グンナーに向けて問うヨルガは真面目な顔をしていた。
話し出す内容は、例の件である。
黒衣の騎士について。
ヴィランの思想について。
そして、若き王ゲルグが取る対抗組織としてのジョー大陸についてである。
「それで俺は、この大陸が取るべき道を聞いたら、向こうに潜伏しようと思うんだ」
エラルは西を指さした瞬間に。
「ジーバードですね」
事態を全て理解したホンナーが聞いた。
「ああ。俺はジーバードが今後どうなるかを調べる。なんせあの大陸が、ジョルバに一番近いからな。攻撃を受ける可能性が一番高いんだ」
ホンナーは、グンナーの方に体を向けた。
「エラルさんの言う通りですね。私もそう思います・・・・グンナー、我々が取るべき道をあなたが選びますか。それとも長たちを緊急で集めて話し合わせますか?・・・」
「…そうだな。俺的には抵抗したいけどな。でも長共が集まるのはな。あいつらか、難しいな」
グンナーは各地の長たちの顔を思い浮かべる。
抵抗する意思がある人間は・・・・・果たしてどれくらいいるのか?
不安は募るばかりだった。
「……それでは一ついいでしょうか。皆さんも聞いててくださいね。グンナー・・・私は可能性に賭けたいのです」
ホンナーは自分たちが作る未来を皆に聞いてもらいたかった。
「ん?」
「私は彼女に賭けたい。ルル君が育てた彼女にです」
「・・・フレンか!」
「ええ。彼女の力を解放してジャコウ大陸をまとめるという手があると思います。たぶん、長たちの話し合いでは細かい部分を詰められない。ジョー大陸と一緒になって抵抗組織を作るにしても、そんな話し合いの仕方では反応が遅くなります。トップダウンでの命令系統じゃなきゃれば迅速な組織にはなりません。この人たちが逃げのびて一か月。ある程度ジョルバ大陸が掌握されているとしても、我々の大陸を攻めるには数年は必要です。でも確実にこちらにも魔の手が伸びるでしょう。それまでに我々はより強力な組織を持たねばなりませんよね。ですから私はこちらのエラルさんが先ほど言ったジーバードが重要かと思います」
ホンナーは張り巡らせた考えをまとめ始めた。
目を瞑って数秒後、意を決した表情で話し出した。
「私は・・・非情かもしれませんが、ジーバードを諦めます」
「え???」
衝撃の意見に皆が驚く。
「あまり怒らずに聞いてください。私の考えを言います。私はこちらのエラルさんと同じく、ジーバードが地理的に一番近いために、敵の組織の次の征服先であると思ってます。これは確実だと思います。そして、私が思うに、そこの統治には時間がかかると思うのです」
「??????」
「敵は世界を統治する。管理をすると言った以上。皆殺しをするわけではないのです。そうなるのであれば、今いる民を支配する動きを取ります。なので私だったら、ジョルバ大陸のテレスシア王国を掌握するのに旧王家を活用します。今の王家の権力を上手く使って、完全掌握をすると思うのです。ですからここの経緯を辿るには、少なくとも一年、ないし二年が必要です。いきなり旧王家から権力を譲り受けるとなると、怪しすぎますからね。誰がどう見てもおかしくない形で権力移譲すると思います」
思考加速のないホンナーの考えは鋭かった。
現にこの考えの元で黒衣の騎士は動いていた。
「そしてここから、別大陸を掌握するのには、いくつかの手順があると思います。それは内部を掌握する。もしくは武力で強引に掌握する。この二つです。ここから無数の手があると思いますが、どちらを選択するにしても時間がかかります。これもまた少なくとも一年はかかるでしょう。なので・・・・」
ホンナーの話は続く。
「私はジーバードを見捨てます。そうすることで私たちの猶予は二年から三年以上に伸び。そしてこの間に私たちは東同士の大陸として強固な同盟を結び、西に対抗するのです」
「な、なるほど。兄貴。そういうことか。犠牲の上で、そいつらの組織に負けない組織を作ろうということか」
「ええ。そうです。我らは、優性思想に基づく支配ではない。職業によって縛られない。人々が自由な人生を歩む組織を作って戦うのです。いいですか。我らカイロバテスの人間は、東と西の大陸に別れて、戦うのですよ。己の主張をかけてです」
ホンナーの目が輝いた。
普段の重たい瞼が見開く。
「私たちは自分たちの意思で、自由に考えて生きていける世界を目指し。彼らの優秀な人間だけがまとめ上げる世界を否定します。いいですか。この相容れない主張の元で私たちは戦うのですよ。それは私の人生のテーマでもあります」
互いが戦う理由は相容れない思想である。
「それはですね。私はルル君の先生となれたことを、生涯の誇りに思っています。皆さんもご存じの通り。彼は無職ですよ。役職だけで言えば、彼は何も持たない。何も出来ない者であります。それでもし、相手の主張が正しければ、彼は一生無能扱いです。そんなこと。私は到底許せません。彼は優秀でとても努力家です。それがすべて否定される世界になるなんて、私は許せそうにありません。それに私はこんな風に思います。私は、彼こそが我々の職業に縛られた人生を解放する男だと思うのです。人はなんにでもなれることを証明できるそんな男は彼しかいないと思うのですよ。そうは思いませんか? グンナー。ルクスさん。ロアナさん」
「ああ。当たり前だ。兄貴。俺の最高傑作の弟子が無能だと。そんなん許せるか」
「そうだ。俺の息子は、最高の息子だ!! どこに出しても恥ずかしくないわ。ハハハハ」
「ええ。そうね。あなた」
「そうでしょう。彼こそ、世界の常識を覆す男。だからこそ、我々は彼を取り戻すのです。相手が魔王? そんなものは関係がありません。こちらの無職が相手の全てをひっくり返しますよ! どうでしょう皆さん。そうは思いませんか?」
力強いホンナーの言葉に全員が頷いた。
「そうだ。先生の言う通りだ。ルルこそが俺たちの希望の星。俺たちのファミリーネームは
「・・・うむ・・・おら・・・絶対ルルに会うんだ・・・zzzz」
「おうよ。うちが魔法であのファイナの洗礼をぶっ壊すぜ」
「そうです。私たちの希望を私たちで取り戻します」
英雄四人の心に火がついた。
「ルルには恩を返さないといけません。拙者もジークラッドへ。いいですよねグンナーさん」
「そうだな。俺も本腰を入れて軍を再編するか。それと新たな王を盛り上げるか」
軍の二人の心にも火がついた。
「なるほど。ルルさんの仲間はとても面白い。彼と友達になってよかったですね。エラルさん」
「いや、俺。あいつの友達じゃねえし。どっちかと言ったら脅されてばっかだしよ・・・ああ。でも俺もあいつに会えないのは寂しいな。取り戻すか。一肌脱いでやるぜ」
ヨルガとエラルの心にも火がついた。
他人の心に火をつけるほど、ルルロアの存在は大きかった。
ただの無職じゃない。
人々の希望の星の無職なのである。
「では、私はフレデリカさんに全てを伝えようと思います」
「いいのか。兄貴」
「ええ。だって彼女に、この事態を黙っている方が悪い。彼女もまたルル君を必要としていますからね。ルル君は、彼女の先生ですよ。はははは」
「そうだな。あいつらに黙っているのは良くないか。後で知ったら暴れるかもな。はははは」
「ええ。彼女は戦いますよ。何て言ったって、彼女は大王ですからね。その強さ、魔王にだって負けませんよ」
こうして世界は西と東に二分されることとなる。
運命の無職が歩んだ道のりは決して無駄ではなかった。
多くの英雄が彼を慕い。彼の為に動き。それ以外の人々も動くのである。
歴史は今、大きく動き始めた。
そして、時間は流れて、三年後となる・・・。
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