第68話 やるべきことはたくさんだ

 ジョルバ大陸は、火の大陸として有名である。

 年がら年中暑い季節を体感できる大陸だ。

 ・・・いや違う。

 暑いではなく、熱い!

 じめじめとした熱さでもなく、むしむしとした熱さでもなく。

 ただひたすらにカラカラと熱いのである。

 喉や鼻にある水分を蒸発させるかのように、年中熱いのだ。

 だから、水分補給はしっかりしていないと、すぐに脱水してしまう大陸である。


 「あちいな……相変わらず熱い」

 「まあな、王都に行けば多少は和らぐからな。急ぐぞ」


 俺はこの大陸の熱さに慣れていないが、王はこの熱さに慣れているようだった。

 さすがは、この大陸の王と交流のある人だ。


 四大陸にある飛空艇離着陸場は必ず主要都市の近辺にある。

 それが一番効率的に過ごしやすくなるからだ。

 テレスシア王国の王都ダルトンは、ここより少し北西に歩けば到着する。


 王都ダルトンの場所はジョルバ大陸の北西にあり、湾岸の大都市だ。

 北から吹いてくる冷たい風を利用して、この熱さを和らげるために、大陸の北西に居を構えている。

 ここの気温は、言葉で言えば、熱さが暑さくらいに変わるのである。

 

 でも結局、暑いに変わりはない!

 

 「あちい~~~。暑すぎるわ。やっぱ」


 ◇


 俺たちは王都に入った。

 王城までの道のりを歩いている途中。

 テレミア王国一行の一番後ろにいる俺に対して、ターバンを巻いた人が話しかけてきた。

 どうやら商人らしい。

 俺が列の最後尾にいたもんだから、こちらの男性は俺の事を一般人だと思ったみたいだ。

 まあ、俺も兵士の服を着ていないし、王らの一行じゃないと決めつけられても腹は立たない。


 「どうよ。兄ちゃん」

 「ん?」

 「買ってくかい。チケットだよ」

 「チケット?」

 「ああ、武闘大会の一等席だよ」

 「おお!」

 「どうよ。2万で!」

 「いらない」

 「なんでよ。この一等席、中段の中央やや東寄りだよ」

 「へえ、中段で一等席なの」

 「ああ、これ以上って言ったら下段の特等席か。室内の貴賓席しかないんだよ」

 「なるほどね・・・・でもいいや。俺、もっといい近場の席に行くからいらないよ」

 「え!? これ以上!?」

 「ああ。俺は出場するからね。武闘大会にさ」

 「え!? 兄ちゃんが・・・」


 オジサンは驚いた顔のまま立ち止まった。


 「おう。応援してよ! それに俺、あの一行に遅れちゃいかんからさ。じゃあね」


 唖然としているおじさんは、売ろうとしたチケットを握ったままその場に立っていた。


 ◇


 俺を含めたテレミア王国の王族一行はテレスシア王国の王都城アースバルドに入った。

 俺たちの最初の仕事は、この国の王への謁見であるのかと思いきや、そうではなく。

 王族一団を来賓の部屋に一度通し、何やらペンダントの様なものを手渡してきた。 

 これを持っていれば王宮で間者とみなされるようなことはなくなるらしく。

 これを持っていれば、顔パスで城の中に入れるというアイテムらしい。

 非常に重要なアイテムである。


 「王様。俺もここの王の所に行かなきゃならないの?」

 「いや、ルルはいい。今回は俺とテレスシア王国のバルマ王だけで会うからな。皆はそれぞれ別な場所に案内される。王都内の宿を丸々借りてくれているらしいしな。兵士たちはそっちだ。他の者たちもな。親衛隊とタイルとブランくらいは残ってもらおうかな」

 「そうか・・じゃあ俺もそっちの宿でいいんだな」

 「ああ。それにどうせお前はここにいろと言われても、この堅苦しい城は嫌だろ」

 「はははは。よくご存じで」

 「もう一年近く一緒にいたんだ。お前の事は大体分かるわ。ああ、あとバルマ王に図書館の事を聞いておくからな」

 「ありがとうございます。王様」


 やや大げさに感謝すると。


 「気持ち悪い・・普通にしてくれ」


 王は嫌がった。



 王との話を終えた俺はそばにいたヨルガさんと打ち合わせする。


 「ヨルガさん。俺たち、図書館に行けるみたいですよ。あっちでの調べ物は順調でしたかね」

 「いえ。テレミア王国ではやはり当時の出来事が記載されているものが少なく、推測も検証も捗ってはいません。資料とかを、こちらで何とか揃えたいですね。まあ、見つからなくても私、諦めませんよ!」

 「お! やる気満々すね」

 「ええ。任せてください」


 ヨルガさんはあれ以来ずっと本とにらめっこしているらしい。

 読んで、推測。

 推測から検証。

 検証から失敗。

 これをヨルガさんは、自分の部屋で繰り返しているらしい。

 ファイナの洗礼を破る方法を得るために、小さなファイナの洗礼を作って、解析研究をしようとしているのである。


 「ファイナの洗礼は、おそらく光魔法が基礎。レミアレス殿はそう言ってませんでしたか」 

 「おお。そうかも。レミさんっているのかな? 見当たらないんだけど」

 「いるのじゃ! なんでルルは余がポケットにいるのを感じないのじゃ!」


 レミさんが胸のポケットから顔を出してきた。

 

 「まあまあ。そんな怒んなよ。で、レミさん。あれって光魔法が基礎なの?」 

 「うむ。基礎ではある・・・答えは教えんのじゃ。あの子らの願いがそこにあるからな」


 レミさんはこことは違うどこか遠くを見つめた。


 「って黄昏られてもなぁ・・・・困るぜ、連れてけよって言ってる癖によ」

 「……教えるのは無理じゃな。聞かれるのはいいのじゃ。そんで余をいつか連れてってくれなのじゃ」

 「だからそのいつかが、ムズイだろうが。他の方法だって、知らんもん」

 「え? 他の方法?」


 ヨルガさんは俺の話の部分しか聞こえないけど、俺とレミさんの会話の中身を聞いてきた。

 なぜか彼は俺を不気味がらない。

 マイペースな人である。


 「ヨルガさん。それがですね。ファイナの洗礼以外にあっちの大陸に行く方法があるみたいなんですよね」

 「ああ。それですか。ありますよ。他の方法」

 「うえ!? え????」

 「はい。あります。ただし、ファイナの洗礼が一番安全なんですよ」

 「な、なに!?」


 ヨルガさんが紹介してくれた方法。

 一。

 それは天からカーテンを降ろされているようにあるファイナの洗礼のさらに上を目指すというやり方。

 乗り越えた先から、ジークラッドの大地に降りるという手があるのだそう。

 しかしこれは、飛空艇でもいけない高さを乗り越える形になるため、地面に落ちて死ぬだけである。

 

 二。

 どこかにある深海洞窟が、向こうの大陸に繋がっているらしい。

 しかし、これはその深海洞窟の場所が分からない上に、深海で長い間動ける人間がいないので、結局は死である。

 

 三。

 古い文献に記載が残っている。

 人間をまるごと移動させることが出来るアイテムがあるらしい。

 そのアイテムには空間移動魔法が付与されているみたいであり、『アーティファクト』という名称の激レアアイテムだ。

 昔の人は大陸が一個だった分、移動距離がかなりあったために、このアイテムを使用して、目的地まで移動していたのだそう。

 ただしそれはその当時でも極少数しかないので、現在はどこにあるのかさえ知らない超希少種のアイテムである様だ。

 そして、もう一つの難点は、移動する場所が、そのアイテムの中で指定されているので、そのアイテムの指定した場所が、ジークラッド大陸かも分からない。下手したらこちらの大陸だったり、こちら側の海だったり、空だったりと、一か八かの使用になるのである。


 「そうかぁ。三つも方法があったのか」

 「ええ、ファイナ以外の方法は、確率がほぼゼロですからね。確率が低いですが、この中で一番いいのがファイナの洗礼の突破であります」

 「なるほど・・・それじゃあ、やっぱり俺は、ファイナの洗礼の下調べをヨルガさんにお任せしますよ。あなたの研究結果を楽しみに待つとします!」

 「はい。お任せを。私も今充実して仕事してますからね。気合いが入ってます」

 「ええ。それならよかったです」


 と言って俺はヨルガさんと別れて、この場を後にした。

 宿の場所だけを兵士さんたちに聞いて、俺は都市を歩くことにしたのである。


 ◇


 「ここが・・・フレデリカの国・・ってことだよな」


 俺の目的は王からの依頼だけじゃない。

 今のこの国がどのような形であるのか。

 これを探りにも来ているんだ。

 彼女はここに帰ってくるべきなのか。

 それともここを捨てて、普通に生きるべきなのか。

 大王とは、どんな人生を歩むべきなんだろうか。

 俺は都市を眺めて、フレデリカの歩む道が、どの選択をしても、結局は茨の道なのではないかと悩んでいた。


 「マールヴァー騎士団のレックス。その人に会えたらいいな。俺の立場では、フレデリカの母親に会うのはたぶん難しいだろう。だから、なんとかおじさんくらいまでは会えたら、王周辺の情報が得られるんだろうけどさ」


 都市の高台の公園の手すりにもたれる俺は、下にある城下町を見つめて独り言を言っていた。

 そして気付く。

 やたらと下の市場がガヤガヤと騒いでいる。

 お店の店主さんたちの景気のいい声じゃない。

 怒鳴り声だ。そこに人だかりができていた。


 「行ってみっか」


 俺は下に降りた。


 ◇


 「邪魔をするな。マールヴァ—どもめ。我がオリッサに盾突く気か」


 鎧に水色の竜の紋章がある男が言った。


 「そんなわけない。我がマールヴァ—はこちらの商人の方がお困りだったから、お手伝いしていただけ」


 鎧の肩の部分に赤い竜の紋章がある男が反論した。


 「そいつは悪徳商人なんだよ。ここらの商品を牛耳っているのだ。身柄を引き渡せ」

 「それはないと。こちらの方は言っている! 公平にしなさい。こちらの人が平民だからと言って、民への横暴は許さん」


 二人の騎士の言い合いだった。


 マールヴァー騎士団と言えば、フレデリカのおじさんの騎士団だ。

 それにオリッサ。

 これも騎士団の名前だ。


 テレスシア王国の三騎士団。

 伝統と格式が高い歴史の長いオリッサ騎士団。

 遠征がメインで、ジョルバ大陸を移動しながら国を守るヴィジャル騎士団。

 この二つに比べて歴史の浅い。

 新しく出来たばかりの騎士団であるマールヴァ—騎士団。

 ゲルグに勉強を教える爺さん先生に教わったことである。


 「ふ~ん。なんかめんどくさそうだな。帰るか・・・」


 俺が人だかりから帰ろうとした時、路地裏に誰かがいた。

 気配を消すのが上手い男性だ。

 怪しいので近づいてみた。


 「おい! あんた! そこのあんた! たしかあんたは俺の知り合いのはずじゃねえか」


 俺が話しかけると、背を向けた男の肩がビクついた。


 「・・・人違いで・・・それでは・・・・お若いの。さらば」

 「おい! 待てよ!」


 この男が逃げようとしたので俺はガッチリ肩を捕まえたのであった。


 「あんたは・・・たしか・・・・」

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