第60話 覚醒した剣聖と七色の無職

 助けたい。

 その思いだけで、アマルはルナの前に立った。

 自分の恐怖の対象であるはずのデビルキメラを眼前に据えて。


 アマルは、震える手を押さえ、直立で立つ。

 アマルに気負いはなかった。

 ただ恐怖だけがあった。



 ――怖い……あの青鬼すら赤子に感じる。それほどまでにこのモンスターは桁が違う。


 ――怖い……自分が死ぬかもしれない。


 ――でも、もっと怖い……ここで、拙者の大切な二人が死ぬかもしれないのが。


 ――だから、拙者はここで戦うのだ。

   

 ――たとえ怖くても、戦うと決めた拙者の心は揺らがないのである。



 決意固まるアマルの心。

 それに呼応したのは彼のジョブである。

 彼が発動させたスキルは『泰然自若』

 覚醒の時はついに訪れた。

 運命の剣聖の真の力が解放されたのである。



 ――――




 「アマル・・・お前、まさか!?」


 俺はすぐに気づいた。

 アマルの雰囲気が変わった。

 年相応ではない落ち着きが出ていた。

 それに今までとは集中力が違う。

 今までの心のどこかにあった相手への恐れの目がなくなり、デビルキメラの体全体を見ながら悠々と前に歩いていった。


 「拙者、斬る!」


 至近距離に入ったアマルに対して、先に仕掛けたのはデビルキメラの蛇の攻撃。

 三つの蛇がアマルを襲った。

 うねり狂う蛇は不規則に動いてくる。

 だが、アマルにはその攻撃が効かない。

 一本一本の頭の軌道を読み切り、無駄のない最小限の動きで、全ての攻撃を躱した。


 あの動き。

 あれは、『泰然自若』にしか出来ない。

 剣聖になったんだ。真の剣聖に・・・。



 ◇


 俺は聞いたことがあるんだ。


 イージスは、自分の『明鏡止水』について。

 池に一滴だけ水をたらして、波紋が広がる。

 これを明鏡止水の集中力だと思うかもと言っていた。

 なぜ、一番大事なところが疑問であるのか……まあいつも通りで気になる所であるが・・・。

 彼は、一つの事に集中した後に全体に集中力が波及するものだと言っていた。


 ということは、俺の推測だが、泰然自若は逆だと思う。

 全体から集中力が増して、徐々に一点に集まっていく。

 だから、自分の行動と相手の行動がズレているとアマルが俺に報告したのは、このスキルが発動しかけていて、全体の集中力を一つにまとめることが出来てなかっただけなんだと思う。


 そして今は、自分の動きと相手の動きが合っている。

 今の目にも止まらぬ速さの敵の攻撃をアマルは最小限の動きで躱せたんだ。


 ◇


 「桜花流 一分咲き」


 アマルの一閃は敵の胴体に入る。

 だが、金属音がなって刀が簡単に弾かれた。

 デビルキメラ特有の鋼のような体が、物理攻撃を跳ね返したのだ。

 バランスを崩しかけたアマルだったが、すぐに態勢を整えて、敵と向かいあう。

 そこに隙など一ミリも生じていない。


 「これは・・・肉体が・・・まるで鋼鉄のようだ」


 攻撃を失敗しても、アマルは冷静であった。

 おそらくスキルの影響下で、何事にも動じていない胆力があるんだと思う。


 「拙者の攻撃の糸口を、拙者自身で見つけなければ」


 アマルは悩みながら、敵の攻撃を回避し続ける。 

 しばし敵の猛攻とアマルの回避が続くと。

 敵は動揺し始めた。攻撃が単調に変わったのだ。

 爪と蛇。

 その両方で攻撃を仕掛ければいいのに、攻撃を当てたいと思っているのか、より早い攻撃である蛇で攻撃を仕掛けていた。


 「ここか!」


 アマルは敵の一瞬の迷いの隙を突いた。

 体を反転させながら右の後ろ脚を斬る。

 馬の後ろ脚の部分は弱点でもあったようで、デビルキメラは一瞬膝を突く。


 攻撃の糸口を見つけたと俺もアマルもここで思った。

 だからアマルはさらに深く踏み込もうとした瞬間、奴はアマルには爪を見せずに隠した。

 そこを俺は見ていたので叫ぶ。


 「ここが! 桜花・・・」

 「アマル、待て! 今攻撃に出るのはいかん。奴は罠を仕掛けている。下がれ。俺の所に来い」


 アマルが稼いでくれた三十秒間で、俺は体力を回復させることが出来た。

 立ち上がってアマルを呼んだ。

 

 「はい。下がります」

 

 より冷静で、より礼儀正しくなったアマル。

 彼の性格が覚醒した影響下に置かれたのかもしれない。

 もしかしたらタレント名も懐疑心じゃないのかも、覚醒しているような気がするのだ。


 この世界で、極稀に起きる『覚醒』

 ジョブは神からの啓示。

 天啓によるものだから職種は固定であるのだが、タレントは人間の内なる思いであるがゆえに確定ではない。

 人の心は常に変化が起きる。

 才能は、自己紹介の様なものであるというのは、昔から言われていることで、だからこそ、極稀に人の気持ちに転機が訪れれば、覚醒することがあるのだ。

 アマルはその変化で立派な大人のような態度になっていた。

 


 ◇


 急な指示。

 急な動きになっても彼は、俺の所まで相手の攻撃を見事にさばいて、引いてきてくれた。


 「ルル殿。なにか策が?」

 「アマル、俺はここで勝負を決めたい」

 「どうやってでしょうか?」

 「俺が奴を斬る! だから時間を・・・一分だけ稼いでくれないか。俺のとっておきを出すのに時間を生み出してくれ」

 「・・・承知しました。拙者の攻撃では傷をつけるまでのようなので、ルル殿の攻撃を待ちます」

 「おう。頼む」


 レオンのとっておきを生み出すには付け焼刃じゃなく完璧な七色に変化させたい。

 以前の色よりももっと濃い七色にだ。


 「勇者の剣レオンハート


 俺の花嵐にレオンの技が重なっていく。

 柄の部分から剣の先へ。

 光は登り、溢れ出る。

 以前の光よりももっと大きく、もっと輝いて。

 俺の花嵐を照らせ。

 レオン!

 俺に力を貸してくれ。

 ここで奴を倒したいんだ。



 ◇


 一分もの間、アマルはデビルキメラの猛攻を防いでいた。

 これは並大抵の冒険者では不可能な事。

 一級冒険者が複数いても出来ないことをアマルは一人で成し遂げた。


 「できた! アマル! お前を頼る。すまんが道を作ってくれ」

 「承知!」


 アマルはデビルキメラの猛攻を捌きながら、反転攻勢に出る。

  

 「桜花流 乱れ桜」


 デビルキメラの下半身を徹底的に攻めた。

 その意図は目線だ。

 案の定、デビルキメラは徐々に下を向き、アマルだけを注視した。


 「お前は一人前どころか、もう完璧な剣聖だぜ。助かった! 俺の一撃で仕留める。いくぜ」


 俺の指示を完璧にこなしてくれたアマルの為にも、この一撃で仕留める。

 

 アマルは俺が近づく気配を察して、すぐに後ろに引いた。

 入れ替わるようにして、俺の必殺の一撃をこいつに叩きつける。

 

 「くらえ。勇者の剣での桜花流 満開!」


 下を向くデビルキメラの頭上から俺の勇者の一撃が炸裂。

 七色の輝きがデビルキメラを捉えた。

  

 ……と思ったのだが、奴はアマルに気を取られたはずなのに、俺の動きに超反応してきた。

 爪で俺の剣を防いだ。


 「マジかよ。バケモンがああああああああああああああ」

 

 必死に押し切ろうとしたが、ビクともしない。

 こいつの右腕は何で出来ているんだ。


 「ぐおお。消す。消す。消す」


 デビルキメラが話した直後、左腕の蛇を俺に差し向けてきた。

 三又の蛇の一つ一つの顔がはっきり見える。

 攻撃に全てを費やしている俺では、躱す術がないからこそ、ここで開き直った。


 「関係ない。このまま押し切る。俺を殺ってみな。死んでもこの刀だけは振り切るぞ! 守るんだ、アマルとルナさんを! このバケモノがあああああ。くたばれえええええええ」

 「いえ。死なせません。ルル殿は拙者がお守りします」


 俺の真後ろから声が聞こえた。

 一度距離を取ったはずのアマルが、もう一度こっちに来てくれていた。


 「清き水 流るる所に 花が咲く」


 この技は・・・・俺はその声に驚いた。


 「桜花流奥義 百花繚乱 桜流し」 


 桜花流奥義 『百花繚乱 桜流し』は居合からの連続斬り。

 威力の違う無数の剣戟を相手に浴びせ、反撃の隙を与えぬ究極の攻撃一辺倒の技である。


 桜花流の最強技は俺に迫る蛇を斬り刻んでいった。

 跡形も無く三又の蛇が消滅すると、アマルはそのまま移動。

 敵の下半身すら切り裂いていき、デビルキメラの足の機能を失わせた。

 そこで足の踏ん張りがきかなくなった敵は、防御力もだが、当然その破壊力ある攻撃力も失った。


 「おし! 軽くなった! いけるぞ。アマル、助かった! ここから、もっと力を込めて、ここで全力だ。咲き誇れ! 桜花流うううううううう。満開となれ。花嵐!」


 俺の勇者の剣が息を吹き返した。

 デビルキメラの爪を切り裂いて、デビルキメラの顔も、肩も、全てを一直線に切り裂いた。


 「どうだ! 手ごたえあり! 倒したはず」

 「消す・・・け・・・・す・・・け」


 デビルキメラの目がこちらを向いた。

 鋭い眼光を向け、切り裂いた爪のない腕を引いて、攻撃を仕掛けようとした。


 「なに!?・・・まだか・・ん?」

 

 しかしデビルキメラは俺に手を伸ばすようにして、体が消滅していった。

 淡い光が15階の天井へと昇る。


 「か、勝ったか・・・やったな」

 「はい。ルル殿」


 アマルは足元がおぼつかない俺の為に肩を貸してくれた。


 「お! サンキュ。剣聖」

 「アマルですよ。ルル殿」

 「そうか。アマル・・・ありがとな」


 俺はアマルに支えられて、アマルをねぎらった。




 こうして俺たちは、かの有名なダンジョンの三大モンスター『魔を封じる者』を撃破したのである。

 剣聖と無職。 

 天と地ほど違う職業の二人が果たした偉業は、里ではこう語られることになる。


 「剣聖伝説の始まりは、名も知れぬ無職と共に驚天動地の奇跡から始まった」と。

 

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