第23話 ルルと師匠と時々ルナ

 「おい。ルル! 大丈夫か。一日中眠ってんぞ。お~い」

 「・・・し、師匠!?」

 

 俺はモンスターウエーブ終了後。

 一日経ってから目覚めたらしい。

 師匠に軽く頬を叩かれて目覚めた。

 体を起こした瞬間に、激しい頭痛に見舞われる。

 目の前がぐにゃと曲がったように見えた。


 「ぐ、これは。厳しい」

 「お前、そいつは魔力切れ状態か? それともスキルの使い過ぎか」 

 「そうですね。両方の感じがしますね」

 「そうか。まあ無事だからいいか。それにしても、ルル。いつの間に魔法なんて覚えたんだ?」

 「はい。冒険者になってから覚えました!」

 「そうか。軍にいた時は魔法は出来なかったもんな。すげえな」


 俺は天幕の中にいた。

 グンナーさんの兵士さんたちによって介抱されていたらしい。

 辺りには水分補給のためのコップや、俺の顔とか体を拭くための洗面器類が置いてあった。

 たった二年くらいしか一緒じゃなかったのに、みんな、俺のことを仲間の一人だと思ってくれているようで嬉しかった。

 

 「にしても、あの魔法。異常だな。おまえ、初級クラスで覚える技とかスキルしか、自分の中に昇華出来ないんじゃなかったか? あれだと、最高クラスのSランクの魔法じゃ」

 「あれはですね。ただの初級のEランクの魔法ですよ。ただのサンダーです」

 「は? ありえんだろ。あの威力だぞ」


 俺は魔法が進化した原因を説明する。


 「師匠。俺って職人気質があるじゃないですか」

 「ああ。あるな」

 「それと大賢者ミヒャルのスキルを併用して、初期魔法を使用すると、あのサンダーが撃てるんです。ただし、一発のみです。一気に魔力切れを起こしますからね。それにスキルオーバーの状態にもなるみたいですね。普通の魔法使いのスキルであれば、あんなことになりませんが。あの巨大なオクトパスキラーを倒すには最大火力を生まないと倒せないですから全力を出しました。具合が悪くなったのは・・・こればかりはしょうがないですね」

 「そ、そうか・・おまえ、阿保ほど強くなったな。俺が師匠であるのが恥ずかしいくらいだわ」

 「なにをいってるんですか。師匠。俺は生涯あなたの弟子でいますよ。ずっと尊敬してますよ。破門されない限りね。ははは」 

 「ふん! 嬉しいことを言ってくれる弟子だ。ばかやろう!」

 

 と言葉は悪いけど、師匠は満面の笑みで俺の頭を撫でた。

 くしゃくしゃになった俺の髪も、俺と同じで嬉しそうだった。


 「そんで、何でここに来たんだ?」

 「それが・・・」


 今までの経緯を詳しく師匠に伝えると。


 「そうか・・・それなら、レオンたちが心配だな・・・あいつら、大丈夫か?」


 師匠も先生とお袋と同じようなことを言った。

 俺よりもあっちの方が心配らしい。

 それと、俺があいつらの中和剤。俺があいつらの潤滑油。

 そんなことを師匠が言っていた。



 「ま、あいつらを心配してもしょうがないか。そんで、ここの目的の一つはルナもか?」

 「そうです。いますか? ルナさん?」

 「いない。あいつは一年くらい前に地元に帰った。なんでも家の事情で帰らねばならんとのことだ」

 「そうですか。こちらにいないのですか。残念です」

 「ああ。あいつ。最後さ」


 師匠が別れのワンシーンを再現してくれた。

 師匠が軍の施設の出入り口で彼女を見送った時のことである。

 彼女は、師匠の方に急に振り返って、嬉しそうに言って来たそうだ。


 「グンナーさん! パンケーキ!!!! 絶対奢ってください! だからここに帰ってきます!!!! 絶対に拙者、ここに帰ってきますからね!!!」

 「はいよ」

 「返事が軽いです!!! そこはお前を待ってるぞ! でしょ!!!」

 「ああ。まってるぞ」

 「棒読みだ!!! ああ。いやです~~~~。おうちにかえりたくな~~~い」

 「おい。ルナよ。家の事情ですから仕方ありませんって言ってたじゃないか。さっさと用を済ませて帰って来いよ」

 「うわああああああんんんんん。グンナーさんが優しいのが怖いいいいいいいいい」

 「なんだよ。どれがいいんだよ。そっけないのがいいのか。それとも優しいのがいいのか。どっちかにしろよ。ルナ!」

 「優しいのがいいです!!! そ、それじゃあ、グンナーさん。おにぎり頼みますよ」

 「ああ、それならもちろん! まかせとけ!!!」

 「何でそっちは張り切るんですか!! 結局パンケーキを食べさせる気がないんだぁあああ。うわああああんんんん」


 と、激しく泣いて別れたのだそう。

 まるで子供のようだったとグンナーさんは笑っていた。

 

 「ルナさんのその時の顔と言葉が目に浮かびますね・・・師匠、まだルナさんにパンケーキを食べさせてないんですか」

 「そうだな・・・俺さ、パンケーキの美味しい店を知らんのよ。美味しい物じゃないと奢れないじゃないか」

 「え、師匠。ルナさんに奢らない理由。そういうことだったんですか・・・だったら素直にルナさんにそう伝えればいいじゃないですか」

 「言えるか。俺は上司だぞ。美味しい店しか紹介できん!」

 「ああ。だから、奢る時のお店が、おにぎりの店とかラーメンの店なんですね」

 「そうだ!!! あれらが美味しい! 他は知らん」

 「それって自分の食べたいものばかりじゃ・・・はぁ、ルナさんが可哀そうだ」



 師匠はお店を知らないという理由で、ルナさんにパンケーキを食べさせていないだけだった。

 だったら下調べすればいいじゃんって喉まで出掛かったが、腹の底に沈めた。

 たぶん俺がそう言ったらカンカンに怒り出しそうであるからだ。



 「そうだ。ルナさんって、実家はどこなんですか? 一年も帰ってこないって、結構遠いのですかね?」

 「ああ。あいつはジョー大陸の出だ。だからしばらくは帰ってこれないかもな。あいつ、ジョー大陸にある侍の里の一員であるんだよ。実はあいつの特殊な技は、あそこで学んでいるからだ。今回、何の用で帰ったのかは詳しくは知らんが、まあ、いつかは帰ってくんだろ。あそこにはパンケーキがないだろうしな」

 「そうだとしたら、必ず帰ってきますね。うんうん」

 

 ジョー大陸。

 世界の中央東に位置する大陸である。

 ジャコウの北に位置する大陸でもあるので、比較的近い存在の大陸である。


 「そんで、ルルはこの後はどうするんだ? 俺に会って一つ目的は果たしているだろ?」

 「あ、はい。そうですね・・・あ、そういえば先生が手伝ってほしいことがあるって言ってましたね。私の元に帰ってきてくださいと」

 「おお。そうか。兄貴がか・・・」


 師匠は先生のことで何か一つ思いついたらしい。 

 フムフムと言ってしばらく黙った。



 「あ、もしや。あいつらのことを頼むのか。いやぁ。兄貴もまた難儀なことを・・・・でもまあ、いい気分転換になるのか」

 「ん? どうしました。師匠? 何か知ってるんですか?」

 

 師匠は意味ありげな独り言を言っていた。


 「ああ。別に気にすんな。たぶん兄貴のは緊急じゃないからよ。しばらく俺たちといないか。一週間くらいさ。ここでキャンプを張り、ウエーブが終わったかを確認してから俺たちは帰ろうと思うんだ。だからお前も一緒に帰ろうぜ」

 「・・・それ、いいですね。俺も皆さんと久しぶりにゆっくりしたいですし。それに。この頭痛を取らないと」 

 「そうか…じゃあよ。その頭痛がよくなったら皆の前に顔を出してくれ。でも今は寝てろよな。安静にしとけよ」

 「はい。そうします」


 それから師匠は俺の天幕から出て外で指揮を取っていた。

 残党のようなモンスターたちはすでに一掃しており、波はあれから来ていない。

 やはり俺がオクトパスミラーを撃破したからこその事の顛末だ。

 我ながら良く戦い抜いたと思った。


 

 ◇


 「ルル! お前……腕に磨きが掛かってんな。強いぞ」

 

 師匠はそう言って、俺と兵士たちの訓練を見てくれていた。


 「本当ですか! いやぁ。なんとなく強くなったかなっという感じですね。あいつらに比べればまだまだでしょうけどね」

 「いや……お前さ、割と自己評価が低いと思ってたけど、かなり低すぎじゃないか。もっと誇れ。もっと自信を持てよ。たぶん今のお前は、英雄職以外の奴と戦ったら、誰にも負けんぞ」

 「え? ま、まさか。そんなに強くはないですよ」

 「この軍の誰よりも強い。それは確定だぞ。な! お前ら!」


 グンナーさんは皆に同意を求めた。


 「「「 はい。司令! 」」」


 皆は、敬礼で答えて俺の方を見た。

 いつもなら俺に優しく笑ってくれる皆が誰も笑っていない。

 真顔で真剣である。

 

 「え? いやいや。そんな・・・少しは強くなったかなくらいに思ってたから、そこまでは・・・さすがにないでしょう」

 「お前、どれくらいスキルを獲得したんだ? 相当数あるよな」

 「ええ・・・大体150はあると思います」


 こう言った瞬間。

 周りの兵士たちが、嘘だろとマジかよを連発していた。

 顔も引きつっているし、ドン引きされたようだ。


 「150だと!? 頭が痛くなってきたわ。ガキの頃はたしか、50くらいだったよな。100も増えたんか……バケモンだな。ある意味・・・」

 「化け物だなんて、はははは。師匠は本物をそばで見てないから、そう言えるんですよ。俺なんてヒヨッコですよ。あいつらを見ていればね」

 「比べる対象がおかしいんだよ。あいつらは化け物だけど、もはや人の領域を外れた者たちだ。なのに、お前は人の領域にいながら、人の領域を超越しようとしてるんだぞ。アホ!」

 「何もそんな言い方しなくても・・・」


 その後も、俺はしばらくみんなと一緒に模擬戦闘を繰り返した。

 一対三十くらいの戦闘で、高速でスキルを切り替える特訓を兼ねていた。

 みんなの実力は大体二級冒険者と準一級冒険者くらいで、グンナーさんが鍛えただけあって、とても強い兵士たちである。

 これを滞在ギリギリまで繰り返すこととなった。

 滞在残り一日となった時、グンナーさんが自分の天幕に俺を呼んだ。


 「やっぱ、あれが欲しいよな。あれでお前はもっと成長すっかもしれん」

 「ん?」


 グンナーさんは会話のスタートであれと連呼する。

 どれっと俺は思った。


 「あれだ。なんだっけな・・・あれ・・兄貴の」

 「師匠、あれってなんですか!」


 気になる言い方をしているのに、師匠はしばらくあれだけしか言わないのである。

 いい加減中身を教えて欲しい。


 「兄貴のスキル『指導』と『教え』だ」

 「先生のスキル!?」

 「ああ。お前、兄貴のスキルを知ってるか?」

 「いいえ。先生は自分のことをあんまり話しませんからね」

 「そうか。兄貴のスキルはな・・・」


 師匠が教えてくれたのは。

 ジョブ『教師』について

 教師の初期スキルは『指導』『教え』である。

 指導は、名の通りに誰かを教える事に集中できるというスキル。

 教えは、人に物を教えるのが上手いというスキルで、レベルが上がって来るとその練度が上がり、自分にもその教えの効果が帰ってきて、さらに教えるのが上手くなるというスキルだ。

 

 「それでな。通常、ジョブはルート選択がある。それは知ってるな」

 「はい。分かります」

 「うむ。戦士だったら、パワー系。スピード系。バランス系と、取得できるスキルに違いが出ていくんだ。上級職の、重戦士。軽戦士。上級戦士とは違う形だろ?」


 基本職(初級職)は、上級職に比べて不利と言われているが少し違う。

 上級職は、専門的に自分を鍛えるのに対して、基本職は自分が得たい力、または、自分が得意だと思う力を取得することが出来る。

 だから努力さえすれば、いずれは上級職にも負けない人物へとなれるのだ。

 ジャスティンやスカナがそう言った努力型の人間である。


 「はい。基本職の人もルート選択があるからこそ上級のジョブと互角に戦えるってことまでは勉強してます」

 「よし。さすがは兄貴の教え子だ。んで・・兄貴の本来の・・・」


 ホンナー先生が持つ『教師』というジョブのルートは、教えは成長せずにそのままで。

 指導が、生活指導。学習指導。進路指導。の三つに分岐する。

 

 「それで、実は兄貴は、分岐せずにこれら三つを取得してんだよ。兄貴はすげえだろ・・・・んで、ルルは、兄貴の才能。聞いてるか?」

 「いいえ。知りません」

 「そうか。なら教えておくわ。兄貴のタレントは博愛だ」

 「博愛?」

 「ああ。博愛の能力は、人類皆平等という精神を持つ者って意味のタレントだったな。たしかな。それの副次効果が、ルート分岐の破壊だ。だから兄貴は三つの指導を得ることが出来ている。それで、この三つを取得した教師は、指導と教えの上を覚えることが出来るんだ」

 「指導と教えの上?」

 「ああ、生徒指導と呼ばれるスキルになるんだ。全てのスキルが組み合わさって、人に物を教えるのが完璧になるんだよ。だから兄貴の授業ってさ、何でも覚えられただろ? 興味ないのでもよ」

 「・・・たしかに、先生の授業は一時間で、スッと頭の中に入っていく授業でした」

 「だろうな。でもな、兄貴の凄さはそこじゃない。実はな、兄貴は剣と魔法が扱えるんだ」

 「え!?」

 「兄貴の生徒指導ってスキルは、元々教えのスキルも入っている。そこで教えのスキルの効力を教えておこう。あれは、相手に物事を教えると相手の物覚えが良くなるという効果と、教えた人間自身も成長するという効果がある。だから、兄貴は様々な人間を指導してきたから、兄貴自身の能力の基礎は盤石でな。普通に戦ったら、一級冒険者以上かもしれん。それにタイマンで戦えば、俺よりも強いかもしれんぞ」

 「せ、先生が・・・・信じられない」 

  

 普段のニコニコした先生しか、俺の頭には思い浮かばない。

 剣や魔法を扱うイメージを持てなかった。


 「ああ。それでな。お前は兄貴から、指導と教えを貰った方がいいかもしれんわ。もしかしたら、お前の職人気質で兄貴の生徒指導と似たような効果を得られるかもしれん」

 「俺がですか!? いや、先生の教師は特殊職ですよ。俺では覚えるのに何年かかるのか」

 「何言ってんだよ。ルル! お前、あいつらの英雄職のスキルを覚えてんじゃないかよ。だったら覚えられるだろ!」

 「いや、あれは生まれた時から一緒に育ったからこそ使えるスキルで、俺と先生は三年しか一緒じゃないですし」

 「ん! いいんだよ。やってみりゃいいんだ! 今は何も考えずに兄貴の所に行って勉強して来い。兄貴の手伝いはおそらくだが、お前にとって、人生の分岐点になると思う」

 「は? はぁ。そうなんですか」

 「そんじゃ! 明日は朝早いからな。帰ったら兄貴の手伝いしてみな」

 「そうですね・・・そうしてみますね」

 「おう! 寝ろよ!」

 

 師匠は俺に何が必要なのかを教えてくれた。

 指導と教え。

 たしかに、このスキルがあれば、俺はもっとファミリーの仲間を強くしてあげられたかもしれない。

 俺はなぜ先生のスキルを学んでおかなかったんだろうかと。

 この日の俺は、少しだけ後悔して眠りについた。

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