第9話 俺たちの絆はもはや家族
「懐かしいなぁ」
テーブルに突っ伏して寝ているイージスを見つめて、俺はそんな過去を思い出していた。
「zzzzz・・・・・何が?」
「だから、何でお前は寝ながら会話が出来んだよ。お前は夢遊病か! いや待て、それ以上だよな! 普通に行動できるしよ」
「・・・・・知らぬ・・・・」
「ったく……。ま、いっか」
イージスの白い頭を撫でて、俺は立ち上がろうとすると。
「よいよい。よよい。よい、よよい。ルル。俺たちはこれにてドロンだ! 酒場に行くぜ」
俺のそばに来たレオンが俺の肩に手をかける。
「おい。離せよ。嫌だよ。俺は、もう部屋に帰って寝るんだよ。いいから。その手を離せ。女たらし勇者」
嫌な予感がする。
たぶん、これは朝まで付き合わなくてはいけないコースだ!
「今日は三大クエストの一つ、ダンジョン制覇の一個を達成した。めでた~い日だぞ。こんな日に俺とお前だけでは華がない。お前は俺の言うとおりにしていれば、必ず女をゲットできるよん。では、行くぞ! 秘密の花園へ」
「なんだ。その秘密の花園って色街じゃないだろな。嫌だぞ!」
「大丈夫、大丈夫。おこちゃまの君には普通の酒場を紹介するからさ!」
俺の肩に手をかけているレオンは、上機嫌な声でミヒャルに指示を出す。
「おい。ミヒャル! ここは任せたぞ」
副団長でもあるミヒャルは頷き、その隣のエルミナの視線が痛い。
女と遊ぶの。という軽蔑の眼差しに決まっている。
エルミナにしてはやけに冷たい視線なんだ。
ちょっと誤解しないでくれ。遊ぶのはこいつだけだから!
いつもこいつにしか女性は近づかないから!
安心しろ。 エル!
って、俺も浮気した男みたいな言い訳が心の中に出てきていた。
「・・・ほどほどにしておけよ。じゃな」
「おい。助けろ。ミー。俺は部屋に帰るんだよ。おい!!!!」
俺はミヒャルを呼んだが。
「じゃあ~な~~~。ざまあみろ。ルル。うちに失礼を働いたから、その罰だ。べぇ~」
さっきの彼氏いない発言を恨んでいたらしい。
助け舟を出してくれなかった。
「んだと。ミー。ぐわ」
勇者レオンのとんでもない腕力で首根っこを掴まれる。
俺の力では、レオンの手はビクとも動かせない。
指一本すらも剥がせそうにない。
「クソ! またかよ! いやだ!!! はなせ~~~」
「はいはい~~~」
◇
俺たちがホームを出ると。
「ルル、いいか」
レオンは俺の首からは手を離した。
彼はそのまま両肩に手を置いた。
今度は、真剣な顔で、戦っている時くらいの顔つきで俺を見る。
「男が死を覚悟して戦ったんだ。ここは、と~~~ても、いい思いをしないと駄目なんだぜ。いいか男なんてな! イイ女がそばにいれば、幸せを感じられるのだよ。だ~はははは」
「それはお前だけだろうが!」
「ん! お前も男だ。ルル! さぁ行こうぜ!」
やけに真面目な顔なのに、言っていることはピンク一色である。
こいつ、大きくなってもそこだけはクズじゃないか。
一体いつになったら大人へと成長してくれるのだろうか。
つうか。
中身が子供のままで、大人の階段だけは登ったんじゃないのか。
こいつ……おい。俺を置いていくなよ。そこだけはさ!
「まあ。しゃねぇか。レオに付き合うからよ。話してくれ・・・んで、どこで飲むんだ?」
「都市の外れのキューイの酒場だ! メイン通りの酒場は駄目だ。ありゃ混むだけで、男だらけになってむさ苦しい。それにあそこには綺麗な人が多い。穴場だぜ」
「はい、そうですか・・・酒場のベテランさん」
こいつの意見が分からないけど、俺はついていくことにした。
◇
ホームから出て歩こうとすると、複数の声が漏れ聞こえた。
「聖女様! あの人をかばうんですか」
「そうですよ。大賢者様も」
「早く追い出してくださいよ。いつも偉そうなんですよ。あいつは」
「そうだ。そうだ」
「邪魔なんだよ。このファミリーにとって。不快になる」
「ルルロアなんていらないんだ。早く追い出せ」
酔った勢いで、皆が俺への不満を爆発させていた。
ホームで飛び交う罵声や怒号。
このままだと皆に迷惑が掛かると思った俺がホームに戻ろうとして、ドアノブを回そうとすると、また首を掴まれた。
「よし。いくぜ! ルル!」
「…いや駄目だ。みんなに迷惑が・・・俺がなんとかするよ」
「いいんだ。いくぜ」
「離せよ・・・俺がみんなに迷惑を掛けちまうだろ。レオにもよ」
「いい! 黙ってろ! ルル」
「…レ、レオ?」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。
レオンが悲し気な顔をした。
その時、ホームから声が聞こえた。
「ルルは、私たちの大切な家族なのです。彼がいなければこのファミリーは上手くやっていけません。彼がいなければ、私たちは私たちでいられないのです」
切実なエルミナの声だ。
「あいつがうちらの影になってくれるから、うちらは輝いてんだぞ。そこを分かってくれよ。お前たちにとっても大切な仲間なんだよ。あいつが司令塔にならなかったら・・・戦闘のやりくりがムズイはずさ……そんくらいあいつは先を見てるんだ。わかってくれよ」
ぶっきらぼうだけど俺をかばうミヒャル。
「・・・めんどい・・・うだうだ、うだうだと・・・・それ以上言うなら、おらが・・・お前らを消すぞ」
物騒な感じの物言いのイージスだった。
俺をかばうために、三人が悪役になっちまう。
でも、レオンのこの怒りにも似た。悲しみに見える。
この何とも表現できない顔を見れば、そこに行くことは出来なかった。
俺にはもうできることがなかったんだ。
四人の為に何も出来ない。それがとても悲しい事だった。
俺は、このファミリーにいてもいいのか・・・。
俺のせいで、ファミリーが不和になっちまうんじゃ・・・。
そう感じながら俺はレオンに酒場まで連行されていった。
◇
半分引きずられながら、俺は酒場に到着した。
レオンがすぐに店員さんを呼んで、次々と食事を注文する。
「どうだ。めっちゃ美人がいるだろ・・・お。どうも! お姉さん、綺麗ですね」
「あら。そう。お世辞がうまいのね」
「俺はお世辞は言いませんよ。あっははは」
レオンは、給仕のおばちゃんに美しいと言った。
その女性の手から次々と酒のつまみが、俺たちのテーブルに並ぶ。
「・・・なあ、俺さ・・・」
「なんだなんだ。そんなしけた面してちゃあな。女が寄って来ないぞ。ああ。そこのマドモアゼル。ご一緒にお酒・・・」
レオンは、隣のテーブルの綺麗な女性をナンパしようとする。
「おい……。あのな・・・やっぱ俺、帰るわ・・・・いや待て、ホームには行かんわ。迷惑になるな・・・宿に泊まるよ」
「何言ってんだよ。どうせ宿に泊まるなら女をだな」
「いいって、もう疲れた」
俺が席を立つと、レオンが真顔になって俺の肩を封じた。
動きたくても動けない。
さすが勇者の力だ。
「な! 明るくいこうぜ。ルル!」
「いや……お前らに迷惑かけてんだよな。俺はさ・・・やっぱ・・・」
「・・・ん?」
レオンは普段よりもわざとお茶らけている。
そんな気がする。
「とぼけんでもいいぜ。お前、そうやって明るくして、俺に気を遣ってんだろ」
「・・・ふっ。まあな……ルル。一ついいか」
レオンは、右手に持つビールジョッキをそのままにして、左手で鼻を掻いていた。
「なんだよ」
「俺たちはさ。ファミリー!大切な仲間だ。そこに優劣なんてない・・・でも、俺たちにとって唯一優劣があるのは、お前だけ。お前だけは、別格なんだ。それは幼馴染だからって訳じゃない。俺たちにとって、ルルという人間は、本当に貴重な人間なんだよ。マジでかけがえのない友人なんだよ。お前は特別なんだ」
「は? いや、それは改まって言ってくれるのは嬉しいけどよ。俺が貴重な人間だって? それは間違いだろ? 俺はただの無職なんだぜ。貴重で言えば、お前らの方が貴重だわ」
レオンは綺麗な女性が近くにいるのに目移りせずに、俺だけを見ていた。
「そんなの関係ないわ。お前が何者でもあってもな。俺たちにとってお前は、最高のダチなんだよ。なんでか。分かるか。そんで、皆に聞いてみても。ぜってえに同じ答えをくれるぞ。なんてったって、俺とミヒャル、エルミナにイージスは同じ気持ちだからだ」
「どういうことだ? 俺の役職が関係ない? 英雄クラスのお前らにとって、俺みたいな無職がか?」
「だから、ジョブは関係ないんだって言ってんだろが」
飲もうとしたビールジョッキをテーブルに降ろし、レオンはまだ話し続ける。
「実はさ。俺たちって、どこにいても辛かったんだぞ。知ってるかお前。俺たちってあのジョブを貰った後、村や日曜学校、冒険者ギルドからでも。期待の眼差しが凄かったんだぜ。世界を。この世を良くしてくださいみたいさ。勇者様、大賢者様。聖女様。仙人様。みたいな神でも見るような眼さ。重い期待と羨望の眼差しがずっしり俺たちにのしかかっていたんだぜ。人って勝手だよな」
俺とは違う苦労がレオンの話にあった。
「それがな。実は俺たちの家族にも出てきていたんだぜ。だから、俺たちはどこに行っても、期待ばっかりでうんざりだったんだよ。家に帰っても、どこにいてもだぞ。だから、村にいた時の俺たちはかなりいたたまれなかったんだ。俺のあのろくでもない親だって、勇者を生んだんだぞってなってからは、俺に過度な期待をかけやがったんだ。俺のガキの頃なんて、俺の親は何にもしてこなかったのにな。最悪だよな。という事はだ。普通の親の三人だって苦労したかもしれん。ははは」
「そ。そうだったのか」
俺とは別の意味で、皆大変だったんだ。
激レア職業はいかに大変かが分かる。
「たぶんだけどな。ミヒャルもエルミナも、イージスも俺と似たような環境になっちまった。でもさ、俺たちってジョブは凄くても、人間だろ? 英雄なんかじゃないよな! 人だよな!? そう思うだろ?」
「んんん。まあな。俺も、他の人間と同じようにお前らが凄いとは思ってるけどさ。まあ、心の中じゃ、ほとんど家族だと思ってるからな。俺が塞ぎ込んだ時。俺の親は、俺を見捨てなかったし。お前たちも俺のことを見捨てなかった。なら、俺にとってやっぱりお前たちは家族なんだよな。はははは」
「そうか。そうだよな。俺たちは家族だよな。ああ、でもあん時は、大変だったな。お前、全然家から出て来なかったからな。俺たちも結構きつかったな。お前と遊べなくなってさ」
「そうか。今度は俺から聞くけどよ・・・・・お前らはあん時、俺を馬鹿にしていたんじゃないのか」
答えを知りたかったから、緊張して俺は聞いてみた。
馬鹿にしていたのか。それとも呆れていたのか。
近くにいる人の本音が知りたかったんだ。
「お前を? 馬鹿にする? ないない。俺たちは一度もお前を馬鹿にしたことがない。むしろ感謝してるぞ。ずっと変わらぬ態度で俺たちに接してくれてさ。それがいかにありがたい事か。俺たちはこのファミリーを作ってさらに思っているわ。応援じゃなくてさ、期待されるってのはかなり重くるしいものだったんだなってな。で! いかにお前が俺たちを人として扱ってくれて、ダチだと思ってくれているんだって、今までずっと感謝してたわ。これからもか。はははは」
「・・・ああ、そうか・・・お前らも俺を家族と。ああ、でも、俺だって感謝してるんだぞ。あの時、俺はお前らが外に誘ってくれなかったら、一生家の中にいたかもしれんもん」
「そりゃ、やべえな。外には出ないとな! この世にいる素晴らしい女性たちに出会えんぞ。ま、俺たちは互いに感謝する立場って事よ。つうことで乾杯しよう。な! ルル! 楽しもうぜ。俺たちはただの村の幼馴染としてさ。これからもよ!」
「ああ。いいぜ。飲むよ。少しくらいはさ」
「少しじゃなくて、ドンと飲ませてやるぜ。いくぞ! ルル。乾杯!」
「ああ、乾杯!」
勇者の苦労。無職の苦労。
人はそれぞれ苦労を持っている。
だけどそれは自分の中の苦労で、他人ではその苦労を計り知ることは出来ない。
でも、相手の事を思っていれば、その苦労は半分にしてやれるのかもしれないと。
俺は勇者レオンと幼馴染レオンの両方の顔を見て思った。
苦労話を聞いても、俺はやっぱりこいつらを応援したい気持ちは変わらない……。
いやむしろ俺は、前よりももっと、この勇者一行を最後まで応援することを決めたんだ。
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