滋賀──【特集】琵琶湖底に棲む巨大魚「ビックバス」の謎に迫る!(前編)

 いわゆるインターネット上の「バズ」は、その語源が蜂の集まる音を模しているのと同じく、定義からして突発的に起こり急激に膨れ上がるものだ。だが、それにしてもこの「滋賀バズ」ともいえる一連の現象はいささか突然すぎたように思える。


 大規模なバズが生じる時は、Aがバズり、それに触発されて作られたBもバズり、それによって生じたCもDも……という具合に連鎖的なバズが起こりがちだ。ここで後続の作品群、つまりXだのYだのZだのAAだの以下略を把握するのは不可能に近いが、一方でバズの起点Aを突き止めるのは存外簡単である。今回の場合、起点は「佐竹食堂」と呼ばれるyoutubeチャンネルだった。

 佐竹食堂はその名の通り料理系のyoutubeチャンネルで、登録者数は120万人超。料理人の佐竹さんが淡々と料理動画をshort形式で上げておられるチャンネルなのだが、硬いようで時にユーモアあふれる語り口や手捌きの見事さ、必要ならばじっくり時間をかける調理工程、それを短い動画にまとめきる構成力、なにより料理がめちゃくちゃ美味しそう、など諸々の理由があってここまでの大人気チャンネルとなっている。

 さて、その佐竹食堂なのだが、ファンからは「ロケもの」と呼ばれている動画を定期的にアップロードしている。例えば京都や広島、青森のご当地料理を紹介する際、当地に赴いた佐竹さんによって撮影された景色が冒頭に挿入されている。そういった種類の動画が「ロケもの」と呼ばれており、時には佐竹さん自身が食材を調達している場合もある。いつもは割烹着に身を包んでいる佐竹さんがゆったりとした私服で釣りに興じ、あるいはウェットスーツを着てスタイリッシュに素潜りしている姿はかなり新鮮味があって、どの回も視聴者から大好評を得ている。

 バズの大元である動画もロケシーンから始まるものであった。

「久々に地元の大津へと帰省した際、友人たちとビッグバス狩りをすることになった」

 佐竹さんの渋く落ち着いた声によるナレーションとは裏腹に、冒頭数秒のその映像は、明らかに、なんというか、ツッコミどころしかなかった。まず佐竹さん含む4人はそれぞれ謎の器具を手にしている。どう見ても火炎放射器にしか見えない器具。細長く鋭い槍のようなものが数本。大きく黒い立方体のような見た目で、本当に用途が想像できない器具。しかも全員、ウェットスーツの上腕部に謎の装甲をまとっている。そして、彼らの奥に見える恐らく「ビッグバス」であろう魚が、もう、本当に、CGか何かと思うほどに大きい。目測でジョーズのサメの倍くらいデカい。ロケシーンは4人が「ビッグバス」に襲い掛かろうとするところで打ち切りになって、その後は料理パートに移行するのだが、料理パートも料理パートでなんだか様子がおかしい。魚を煮ているはずなのに何故か鮮烈なピンク色の出汁が出ている。醤油やみそを加えてもなおピンクっぽさが残っている。要するに動画全編が謎めいている。

 佐竹食堂のshort動画はいずれも再生回数100万回前後を誇るほど人気なのだが、この「絶品・滋賀のビッグバス」はバズりにバズりまくって400万回再生を記録した。これを受けて早速滋賀県を訪れたのがvtuberの山瀬まやさんである。

「えっと、これが名物の『バス汁』みたいですね……」

 フェイストラッキングを介しても依然ひきつった表情が分かるくらい微妙な顔をしている山瀬さんだが、思い切った様子で器に口をつけると一転、ぱあっと明るい表情を見せる。

「美味しい……!! これ、何だろう、凄い、めちゃめちゃ美味しいです!!」

 以降も味の形容には「凄い」しか用いられないまま動画は進み、けれども彼女の満面の笑みからしてとにかく美味しいのだろうということは明確に伝わってきて、それに加えてショッキングピンクの汁物と山瀬さんが良い感じに相まってキュートな雰囲気になっていること、山瀬さんが大手vtuber事務所に所属していたことなどなども影響して、この動画もまたバズりにバズりまくった。動画は長尺だったにも関わらず100万回再生を超え、ここから滋賀県にまつわるバズは更に加速していくことになる。

 インターネット上でのバズは諸々の複雑な要因が絡まり合って生じるもので、当然そこには運や時流といったランダムな要素が大いに介入してくる。しかし一方で魅力に欠けるものが大流行するということはあまりなく、取り上げられた対象に人目を惹く魅力があってこそ初めてバズは生じ得る。今回の「滋賀バズ」に関しても同様のことが言え、確かに時の運や偶然的な要素もあったのだろうが、ここまで滋賀が耳目を集めたのはやはりかの地に他県とは一線を画する特異性と魅力があったからに他ならない。

 水面下で滋賀各地を結ぶJR湖底線。水底の各駅から水面へと繋がる100m超のエレベーター群。水上での交通網は舟によって担われ、それとは別に主要な建物間には湖上橋が架けられている。琵琶湖に築かれた特異な水上都市群はまさに圧巻であり、きらきらと湖面に反射した陽光と相まって神秘的にすら見える。景観に加えて観光スポットも多く、JR大津駅へはリニア新幹線が停車する新奈良駅から乗り換えて30分弱で着けるためアクセスも悪くない。

 そうして沢山の人が滋賀を訪れ、沢山の写真や動画がSNS上にアップロードされ、滋賀にまつわる沢山の記事や特集が出された。しかし、とある1つの疑問は解決されることなく一部の人々の心の中で燻り続け、私たち編集部の中でも燻り続け、そして謎を解かんとするために私たちは滋賀を訪れた。

 いくら琵琶湖が巨大だといっても、常識的に考えれば存在しえないほどの大きな魚体。怪魚に立ち向かう男たちが身に着けるこれまた怪しい装備。残された1つの謎、それは「ビックバス狩り」の実態である。


 朝8時。JR大津駅からエレベーターで地上へ出た私たち編集部メンバーは、公営船乗り場を通り過ぎて一般の駐船場の方へと向かった。駐船場に係留されている船はほとんどがボートに近い小さなもので占められている。滋賀県は1年を通して気候が安定しており、湖が荒れることは滅多にない。そのため、小型ボートの方が小回りの利きやすさや機動性の観点から好まれるそうだ。そんな中、一隻だけ、「かなり大きめの漁船」くらいのサイズ感の船が停められている。かなり目立っている船から降りてきたのは日焼けした体格の良い男性で、私たちを認めると爽やかな笑顔を見せてくれた。彼こそが今回取材に協力してくれる北見さんである。

「おはようございます。北見さん、本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ! よろしくお願いします」

 我々はがっしりと握手を交わし合った。

 船は早速目的地へと出発し、私たちは貸していただいたウェットスーツに袖を通していた。このウェットスーツは特別な線維で縫製されており、防刃ベストと同程度くらいの強度はあるらしい。北見さんたちが着ているのも私たちと同じものだが、彼らの場合は上腕部に装甲を付けている。佐竹食堂の動画内にも登場していたこの装甲は、北川さん曰くパワードスーツに用いられている外骨格に類似したものらしい。「昔の人は裸一貫で戦ってたらしいですよ」と言って豪快に笑うのは岩崎さん。滋賀県民の豪胆さは今に始まったことではないようだ。

 因みに船内のメンバーは合計6人。船長の北見さんに岩崎さん、松村さん、藤居さんの4人が「バス狩猟会」という物々しい名前の組織から我々のために来て下さった。対して編集部からはこの記事の筆者である寺田とカメラマンの大林。大林が頑張って撮ってくれた写真は記事最下部に掲載されているので、是非見てあげてください。

 そうこうしているうちに船は目的地である安土城跡まで辿り着いた。船長の北見さんが通行許可証を提示し、城門が重苦しい音を立てながらゆっくりと開く。

 安土城跡は四方を背の高いフェンスで囲まれ、通常では入ることを許されない。何故この広大で歴史的に重要な史跡が立ち入り禁止とされているのか。それは、この安土城跡こそが怪魚ビッグバスの住処だからである。

(後編に続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

近畿地方異譚集 柑橘 @sudachi_1106

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ