陰キャの僕がいつの間にかヤンデレ美少女に身も心も堕とされていた件
みけねこ
第1話 ささやかな善意
ガタンゴトンと電車が揺れる。
通勤ラッシュということもあり車内は満員で人で溢れかえっている。
僕――灰谷優は、高校二年になったばかりの平凡な男。家は学校からそこそこ離れているため、こうして電車で通学している。
電車が駅に停まると、席に座っている僕のすぐ正面に制服姿の男女がやって来た。二人は僕の目の前でヒソヒソと楽しそうに喋りだす。
この距離感の近さはカップルだろうか。嫉妬というほどではないが、その輝かしい青春の一コマは僕には眩しすぎた。
ああ。僕も彼女が欲しいな。
なんてね……。
自分で言うのもなんだが僕は陰キャだ。
人と話すのは苦手で友達も少ない方。ましてや異性ならなおさらだ。こんな僕に彼女なんて夢もまた夢なのは重々承知している。
それに、実際の所はこうして平々凡々と毎日を過しているだけで満足しているのだ。少なくとも何か努力をしてまで彼女が欲しいなんて思わない。
きっと、このまま僕は何も特別な事もなく平和に高校生活を終えるのだろう。
目の前でイチャイチャし続けている高校生カップルに興味を失い、手元の本に目を落とす。
これは僕が最近どハマリしているシリーズ物の小説『ピクルス大戦争』だ。なんて面白いんだと思ってネットでレビューを見たら酷評されていて、その上、一部の巻は絶版になっていた。悲しい。
だが同時にこの本の面白さを知っているのは僕くらいだと思うと、少し優越感を覚えるのも事実だ。
本を読みながらそんなことを考えている時だった。
――ふと、視界の端に違和感を感じた。
ドアの前に立っている女子生徒。彼女の様子がどうもおかしい。なんというか肩を震わせているような……。
何があったのだろうか、と思い、俯瞰して周囲を見てみる。
暫く観察を続けると、スーツの男の挙動がどうも不審だと気付いた。わざとその女子生徒に密着して体を押し当てているように見えたのだ。
――まさか、痴漢?
そう思って周囲を見渡す。誰もアクションを取ろうとしない。誰も気づいていないのか、関わりたくないと素知らぬ振りをしているのか。
どうしよう……。
女子生徒は後ろを向いていて顔こそ見えないが、僕と同じ高校の制服だった。流石に見て見ぬ振りをするのは……。
「…………」
――ああ。クソッ。仕方ないな。
僕は席を別の人に譲ると、スーツの男の背後まで移動して、その背広をグイッと引っ張った。
男は目を丸くして僕の方を振り返ると、メガネの奥の瞳が僕をギロリと睨みつけてくる。
うっ……。こうして大の大人に睨まれると思わず怯んでしまう。
だが、男はすぐに人の間をすり抜けてその場を去っていった。
はぁ……よかった。あれで効かなかったら、いよいよどうしようかと思った所だ。
本当に勇敢な人なら声を上げて痴漢を捕まえるのだろう。あの男はこれからも痴漢を続ける可能性がある訳だし、このまま野放しにしていれば被害者が増えるばかりだ。その方がいいに決まってる。
だが、臆病な僕に出来るのはこれが精一杯だった。
それから、すぐに僕は痴漢の被害にあっていた彼女に気づかれないように別車両に移った。
制服からして彼女と僕は同じ学校だ。彼女も同じ学校の男子なんかに痴漢に遭っていたことを知られたくないだろうし、僕自身も学校で顔を見た時に気まずくなるだろうからな。顔を知らない方がお互いの為だ。
十数分ほどして、僕は電車を降りて学校へ向かった。
*
「っていうか、優、お前、後頭部めっちゃハネてるぞ」
場所は変わって学校。ボソリと僕に言ってくるのは、このクラスで唯一と言っていい僕の友達である水島悟だ。小学校時代からの親友で、学校でのほとんどの時間を悟と一緒に過ごして来たと思う。
あれから登校した僕は、特に何事もなく授業を受けて昼休みを迎え、今は教室で席み向かい合わせにして悟と弁当を食べていた。
「えっ……嘘でしょ!」
悟に寝癖を指摘された僕は咄嗟に自分の後頭部を撫でる。今日は少し寝坊してしまったために、髪をちゃんと直す時間がなかったのだ。
「っていうか、だったら何で朝に言わなかったんだよ……道理でなんかジロジロみんなに見られてると思ったんだよな」
最悪だ。目茶苦茶恥ずかしい。
「いやだって面白いからさ……クククッ」
声を抑えつつ笑っている悟を僕は睨みつける。
「まあまあ、悪かったって」
会話が途切れて沈黙が訪れる。
何か話題はないかと悟から目を逸らして周りを見渡すと、後方に数人の女子生徒のグループの目が留まった。
あっ……。
そのグループの中心には一人の女子生徒と目が合った。気まずい。思わず視線を逸らす。
こういう時に自分のことを好きかも、とか勘違いする奴はまだまだだ。これは僕がジロジロ見ていたのがバレて不審がられているパターンだ。ハハハッ、僕くらいの陰キャだとになると分かっちゃうんだよな、これが。……自分で言っていて悲しくなるから、やめようか。
「そ、それよりさ、本当に人気だよな〜来瀬さん」
さっき見ていたことを気取られない為にあえて話題に出してみる。
「ん? ああ。来瀬さん?」
「そうそう、なんか男女問わずモテモテっていうかさ」
さっき目があった女子生徒は来瀬麗華さん。
胸辺りまで伸ばした長い黒髪に大きな瞳。目鼻立ちは整っており、廊下を歩けば皆が振り返ってしまうほどの可愛さ。
人当たりもよく誰に対しても笑顔を絶やさない。廊下でいろんな人に話しかけられてるのを目にする。
彼女は一年の時から人間関係の希薄な僕でも名前を知っているほどの有名人だった。古臭い言葉を使えばまさに学園のアイドル。
一年の時は別クラスだったが、二年になって一緒のクラスになり、その人気っぷりを目の当たりにしていた。
「――まあ、でも俺はちょっと嘘っぽいと思っちゃうけどな」
悟は友達と話し込んでいる来瀬さんを横目でチラリと見ると、声を潜めて僕に言う。
「え? どういうことだ?」
嘘っぽい? 来瀬さんが? 悟の発言の意図が分からなかった。
「何ていうか完璧すぎて、人間味が感じられないんだよな」
なるほど、人間味ね……。確かに話に聞く限り品行方正で美少女で人気者で、端から見れば彼女に非の打ち所は何もないように思える。確かに人間なら欠点の一つくらいあるもんだが――
「でも、お前、来瀬さんと話したことすらないじゃん。ほら、来瀬さんも親しい人間には砕けた部分とか見せたりしてるんじゃないのか? たぶん」
ろくに知らない人間のことを決めつけたように言う悟に突っ込む。この声量なら届くことはないだろうが、来瀬さんの陰口みたいな事を言って万が一にでも聞かれていたら大変だ。僕たち二人の学校生活が終わってしまう。
「いや、まあ確かにそうだけどさ〜」
悟が不満そうに言う。
「じゃあ、なんでそんなこと」
「ただ、チヤホヤされてる人間が気に食わなかっただけだよ」
「うわ〜」
悟は少し捻くれっぽい所がある。しばしば、リア充や陽キャといった人種への妬み嫉みが僕たちの間では話題に上がる。そして大抵そんなことを言い出すのは悟からだった。まあ、僕も学校生活が充実しているように見える彼らのような人種に羨ましさを覚えていないといえば嘘になるが。
弁当を食べ終えると午後の授業を終えて、特に何もなく悟と下校した。
漫画やアニメの話、二年に上がって勉強が難しくなった事など、たわいもない話をして時には笑い合った。
悟の話に相槌を打ちながら、こうして何とでもないような会話を繰り返して卒業していずれは大人になっていくのだろうと、そんな事を考えていた。凡庸だけど楽しい日々が少なくとも卒業までは続いて行くのだろうと。
――この日の出来事が、あの時のささやかな善意が、僕の人生を大きく変える事をこの時の僕は気づきもしなかった。
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