不器用な迷子

シルア

前編

第1話 出会いの星




「こっち見んな」


 派手なピンク色の髪をした女が不機嫌な声色を乗せて僕に言い捨てる。


 僕と彼女は今日初めて出会い、1分も経たずにこれである。




 でも、その話はまずは置いといて一つだけ質問したい。


 ―――あなたは占いを信じますか?




 僕はテレビやネットで公開されている占いには全く興味を持っていない、つまり自分から占いをしてもう事はない。



 しかし、そんな僕でも身近にいる占い師の助言は人生の先輩としてのアドバイスとして真摯に受け止めるようにはしている。



 意外に思うかもしれないがその占い師というのは、今僕が働いている喫茶店の店長である。


『あなたの道はまだ続いてるのよ』


 僕はこの店長の言葉を今もよく覚えている。



 そもそも今日という1日も毎日の延長線のように何事もなく終わるはずだった。


 ......だけれど、店長は僕の顔をみるなり『ちょっとこっちにお座りなさいよ』と声をかけ僕の運勢を占い始めたのだ。



「優斗ちゃん、大きな星の流れがあるわ、出会いの星が1つ、変化を望む星が1つね、出会いの星は今日突然現れて、今が一番光ってる。なにもしなければこのまま消えるだけ、そんな刹那的な輝きなのよ」


 店長は僕の占いを始めるなり、それがとても重要なことであると僕に気付かせたいのか重々しい声で告げた。


「出会いの星ですか? ......それでは、僕は出会いを逃してしまったということですか?」


「まだなのよ。星の流れは常に流れて、止まる事はないの。どんなに素晴らしい運勢でも手を伸ばさなければ過ぎ去るだけ、手にするのも、しないのも、結果に残ったのがその人の運命なのよ」


 店長は占いをやめて僕の遠くをみつめるような視線を外した。


「占いっていうのは、未来より過去の方が視やすいって言ったらなぜだかわかるかしら? 運勢には流れがあってこの時期は事故に遭いやすいという動きがわかるのよ。でもね未来の出来事は起こるかもしれないし起こらないかもしれない。だから過ぎた過去の出来事を言い当てるのは楽なのよそこに揺らぎはないの」


 憂いを帯びた店長の声に意識が惹きつけられてしまう。


「厄介なのは悪い出来事ほど向こうから突然やってきて、良い出来事ほどしっかり手を伸ばさないと掴めないことでね。占いをお求める人の多くは手を伸ばす事をしない。こういう運勢があるってだけで満足しちゃうのよ」


 店長はパンと顔の前で手を叩き結んだ。そして僕の目をみてもう話は終わりだと言うように空気を緩ませる。



「優斗ちゃんもうすぐ雨が降るから傘を持っていきなさいよ」


 店長の言葉を不思議に思い窓から外を見上げてみる。


「え? めっちゃ晴れてますけど」


 空は少しオレンジ味が差し掛かっていたが、雲は少なく晴れていた。


「きっと必要になるから持っていくといいのよ」


「店長これも占いですか?」


「占いは人生の指針なのよ、なくてもそれはそれで困らないけれど、あればそれはそれで便利なものよ。傘は優斗ちゃんの今日のラッキーアイテムで使うか、使わずに終わるかは優斗ちゃん次第なのよ」


「そうですか。じゃあ傘、借りて帰りますね?」


「どうぞ」


 店長は少し変わった人で占いを得意としている。口調と見た目からは女性と勘違いしそうだけど、男である。


 口調に関しては占い師をやっていた時代のキャラ付けの口調がもう取れなくなったとかで今更直す気もないらしい。


「店長~お客さんが占いしてほしいって言ってますよ~」


「はいなのよー」


 こうやって時々ではあるけれど、占い師をやっていた頃の店長を知る人が喫茶店ではなく占いを目的でやって来ることもある。


「先輩―ぃ、まだ帰ってなかったんですね!」


「はるかちゃん」


「先輩が帰るとバイトがつまんなくなります。先輩と同じシフトに入れたらいいのに」


 はるかちゃんは同じ喫茶店で働くバイトの子、素直で明るくてとてもいい子だ。今は高校2年生だけどこの春休みが明けたら高校3年生になる。1年が過ぎるのがあっという間でびっくりする。はるかちゃんはもう受験生になるんだな。


「そんな冗談を言ってないで仕事に戻らないと怒られちゃうよ?」


「先輩~ぃ明日仕事休みなんですよね。圧倒的先輩不足です! 残りの時間を頑張るために頭をよしよししてくださいぃ~」


 よくわからない後輩のおねだりにちょっと笑ってしまう。冗談半分期待半分といった感じなので、こちらも頭をポンポンっと撫でて冗談で返す。


「残りの時間頑張ってね」


「~~~ッはい!頑張りまーす!えへへ」


 つい数年前まで、僕も同じ高校生だったというのに、現在進行形で女子高生の彼女がとてもキラキラして眩しいと感じる時がある。


 はにかんだ可愛らしい笑顔で『お疲れさまでした』と手を振ってくれる。僕は後輩を背にして外に出た。言われてみればちょっと雨の前の匂いがするような気もしないでもない。



 喫茶店からの帰路ですれ違う人に傘を持っている人は誰一人としていない。この傘が今日のラッキーアイテムと言うのなら、どこで使うのが適切なのだろうか?


 このままでは傘を使う事無く家についてしまうのは明らかだった。


 それはなんだかいけないような気がして、帰り道を遠回りして公園で雨が降り始めるまでの時間を潰す事にしたんだ。



「雨降らないよ、店長ー」


 雲が厚くなってきたが、雨はなかなか降らない。



(まぁ、期待せずにもう少し待ってみて、雨が降り出したら帰ろうかな)


 公園のベンチで少し冷たさを感じる風を受けながらゆっくりとした時間を過ごす。そうして時間を潰していると、公園の入り口からひとりの女が入ってきた。


 派手なピンク色の長い髪の女だ。


(......派手な色)



 ピンク髪の女は公園内をキョロキョロと見まわして、僕の方へ歩いてきた。つい視線で彼女を追っていくと僕から少し離れたベンチに不機嫌そうに腰掛けて顔も向けずにこう言ったんだ。



「こっち見んな」



 なんとなくだけど、もし店長の言う出会いの星があるとするなら、たぶんこの人なんだろうなって直感があった。


 だけれど......ちょっと……思ってたのと違う。



「いや、ごめん。髪の色派手だなっと思って」


「思ってもこっち見んな」


 あぁ......どうしよう、一気に居心地が悪くなってしまった。こういう場合なんて言葉を返したらよかったんだろう。


 正しい受け答えマニュアルが欲しい......そして早速だけどもう家に帰りたい。でもこのタイミングでいきなり「そろそろ帰りますかッ」ってあからさま過ぎるよなぁ。


 僕は長い溜息を吐きながら空を見上げる、ますます雲は厚くなってきた。これは雨が降るのも時間の問題だよね。


 多分だけど、ほんとに傘が必要になるのは僕ではなくこの人なんだと思う。


 でも......沈黙が痛いし。店長傘はアンラッキーアイテムだったんじゃないかな? あれ? 待てよ? 出会いの星が良い出会いって一言も店長言ってなかったや。



「えっと......誰かと待ち合わせですか?」


「ねぇ、普通こんな不機嫌をアピールしてる女に話しかける? ナンパ?」


「違う、違う、たぶんこの後すぐに雨が降るから、こっちの屋根がついてるところで待った方がいいよっと思っただけで」


「それを世間ではナンパって言うのっ! っウザ」


 えぇ、言われのない風評被害で地味に傷ついてしまうんですけど? なんだか口の悪い人だな。


「違うって、僕はもう帰るからこっちに移動しなよ」


「あーもう! 話しかけないでよ! そんなすぐに雨なんて降るわけないでしょ!」


 そう言って来たばかりだというのに、機嫌悪く立ち上がりピンク髪の女はベンチから離れていった。良かれと思い逆に悪い事をしてしまったかな。


 ピンク髪の女が歩き出したタイミングでぽつりと小粒の雨が降り始め、ピンク髪の女の足が一瞬止まる。が、関係ないとばかりに女はツカツカと歩き進める。


 彼女が一歩進むたびに雨は大粒となり、ザーッと雨粒が弾けるほどに急に降り出した。


「なんでよッ!!」


 彼女は向きを変え急いで屋根付きである僕の席へと走ってきた。まるでコントをみてるよな気持ちだった。ツッコミが面白かった。


「なんで雨が降るのよ!」


「タイミング悪かったね」


「雨なんて大っ嫌い!殺してやりたいッ」


「雨は殺せないでしょ」


「あんたねぇ! 真面目に答えないでくれる? そんぐらいムカついたってこと!」


 この人はツッコミが面白い人かもしれない。


「ごめんごめん、帰るならこの傘貸すけど」


 ピンク髪の女がちらっと傘を見る。


「それ貸したら、あんたが濡れちゃうじゃない」


「いいよ、家近いし」


「歩いて何分?」


「......10分」


「近くないじゃん」


 ぼそりと彼女が呟いたのがしっかりと聞こえた。


「私、貸しとか嫌いだからいらない」


 見た目も派手だし、言葉も悪いし、きっと僕とは違う世界で生きている人だというのが最初の印象だった。でもほんの少し言葉を交わしただけで、この人も同じ世界を生きてる人間なんだと思えた。


 彼女は雨で濡れた体を抱いて、小刻みに震えていた。この時期の雨はまだ冷たい。


「濡れちゃったし、僕の家に来て服を乾かしなよ」


 何気なく言ったセリフがなんとも軟派で確かに僕のこれはナンパだと自嘲する。


 一瞬迷いながらも彼女は強がった。


「私、貸しとか嫌いだから」


 だから僕は次の言葉が自然とでた。


「貸しとかじゃなくて、これはナンパなんだけど?」


「......へたくそなナンパ」


 彼女は眉間にシワを寄せ目を左へ、右へと動かして少し考える。


 考えがまとまったのか眉間に深くしわを寄せたまま睨みつけるように僕を見上げて言う。


「......ありがとう、すごい寒いの」


 僕はヒステリックなチワワをあやしてる様な気持ちになった。



 傘を広げ今日初めて会った女性と肩を並べて歩く、横に並ぶと思ったよりも小さな背に少し驚く。座りながら見上げた時の彼女は実際よりも大きく見えた。


 これ以上彼女が濡れてしまわないように傘を傾ける。やっぱりこの時期の雨は冷たい。




 僕の家といってもありふれたアパートで1DKの1人暮らしだ。2階に上がる階段を初めてふたりで上る。


 僕の部屋の玄関に入った頃には彼女の唇は少し青くなっていた。


「とりあえず、お風呂入って体を温めて」


「あんたも濡れちゃったじゃない、先に入りなよ」


「僕は寒くないから大丈夫、それに少し片づけもしたいし、はいこれタオル、お風呂はあっち、いってらっしゃいッ」


「......ごめん、すぐ出るから」


「すぐじゃなくていいよ、片付けしたいからゆっくりお願いします」


 彼女はぎこちない動きでタオルを受け取り『......わかった』といって彼女はお風呂に入った。しばらくすると微かにシャワーの音が聞こえて『シャワーの音って部屋まで聞こえるんだと』不思議な気分になる。


 しばらく部屋の掃除をしていると扉をノックする音が聞こえた。振り向いてみると彼女は顔だけを出して僕を覗いていた。どうやらお風呂からあがってきたらしい。


「どうしたの? 入ってきていいよ」


 僕は1歩彼女の方へ歩いた。


「ちょ、ちょっと待って来ないでッ!」


「はい......?」


「あの、壁にかかってるジャージ貸してくれない?」


 その一言でフリーズする、そうか、そうなんだ。替えの服なんて持ってない事に今更に気付く、言われた通り壁にかかっているジャージを手に取り後ろ向きで手渡す。


「ありがと」










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 ジャージを着こむ音が聞こえて扉が開く、扉の向こうからダボダボなジャージを着こんだ彼女が出てくる、大体に露出した白い生足が目に毒だ。


「失敗したこれ、胸が擦れて痛い」


 彼女は眉間にシワを寄せ渋い顔をしている。


 その一言で再びフリーズする、下着まで濡れてしまっていたんですね。


「あのさ、さすがにパンツは履いてるからね?」


「聞いてません! 思ってません!」


 僕はTシャツを慌てて取り出して彼女に渡した。


「早く着て」


「ん、悪いね」


 再びジャージのジッパーが降ろされる音がジーっと響いて着ぬ擦れの気配を感じる。


「うん、いい感じ」


 彼女の生足はやっぱり目の毒だった。さっきはめいいっぱいあげられてたジャージのジッパーが今は胸元まで降ろされている。


「ねぇドライヤーってある?」


 寒さから解放された彼女は濡れて弱ったチワワから、元気なチワワへと変貌していた。



 ドライヤーを受け取った彼女は時間をかけて髪を乾かしていく、長い髪は乾かすのも大変のようだ。


「自己紹介ぐらいしとこうか?」


「んー。別にそういうのはいいじゃない?」


「いや、しようよ」


 僕は彼女のマイペースっぷりにガクッとうなだれた。


「僕の名前は優斗」


「ふーん、ユウトね」


「君は?」


「好きに呼んで良いヨ」


「好きに呼んで良いって......一番困るよ。じゃぁ友達からはなんて呼ばれてるの」


 彼女は一回ドライヤーのスイッチを切って不機嫌そうな顔で言った


「ビッチ、あんたもそう呼べば?」


「それは、さすがに......」


 ビッチなんてあだ名をつけるなんて酷い友達もいたもんだ。彼女は自分の名前を教えるつもりはなさそうなので、仮名をつけることにした。もし嫌なら本当の名前を教えてくれるかもしれない。僕は彼女の後姿を見ながら、もしチワワに名前を付けるならどうしようかと考える。


 それで思いついたのは......。


「じゃぁサクラって呼ぼうかな」


 彼女はもう一度ドライヤーのスイッチを切って嫌そうな顔で言った


「なんで? サクラ?」


「君のピンクの髪が桜色だと思ったんだ」


 間違ってもチワワに名前を付けるなら、で考えたとは言うまい。彼女は自分の髪の毛を手に取りつまらなそうな顔で眺めた。


「......あっそ、好きにすれば?」


 再びドライヤーのスイッチを入れ直して髪を乾かす不機嫌そうにしているサクラをみて少し笑ってしまった。サクラって名前ホントは嫌なのかな?


「あ! ユウトもお風呂入る?」


 急に思い出したようにバッと振り向いて自然に名前を呼び捨てにするものだから、フリーズしてしまったのは仕方がないと思う。


「なに?」


 固まった僕をみて、すぐに眉間にシワを寄せて睨んでくる。


「いや、着替えちゃったし後ででいいよ」


「そう? じゃぁ浴室に服干してもいい?」


「あぁそっか、2時間ぐらいで乾くかな?」


「たぶんね。ハンガーは? どこにある?」


 ハンガーを受け取ったサクラはテキパキと干してきたらしい。意外と生活力はあったりするのかな。



 それから、洋服が乾くまでの間、時間を持て余しながらポツポツとゆっくり会話を続けていく。


「それで、今日はなんであの公園に?」


「......家出してきた」


「家出って、ほんとの話?」


「うん」


「じゃあこの後どうするの?」


「考えてない」


 僕は窓を覗きみる。外はもう真っ暗になっていて、雨はまだ降り続いている。この事態まではさすがに想定外だったので、これを口にしていいのか真剣に迷う。


「ホテルとか?」


「お金持ってない」


「友達に連絡」


「頼れる人なんていない」


「それって大丈夫なの?」


「どうにかなる」


「......ならない、ならない」


 サクラの顔をみる。サクラは目をそらさず無言で訴えかえてくる。『泊めて』っと。僕は目をそらして頭をガシガシとかいて声を絞り出す。


「まだ雨やまないみたいだし」


「うん」


「泊るところもないみたいだし」


「うん」


「ここで良ければ泊ります......か?」


「うん」


 君はそれでいいのか、今日知り合ったばかりの見ず知らずの男の部屋に泊まるなんて不用心すぎるよ。


 ちらっとサクラの方を見たら今度はきまり悪そうに目をそらした。小さく『ごめん』って聞こえたのでどうやら罪悪感みたいなものはあるらしい。


 叱られたチワワがシュンと、しおらしくなったみたいな様子でなんだか『責めてごめん』って気持ちになってくる。この子なんでこんなにもチワワなんだろう?


「お腹空いた? なにか食べる? ......って言ってもカップ麺しかないけど」


 僕は冷蔵庫を開いてなにもない事に気付いたふりをする。料理なんてしないから冷蔵庫に食材がある方が稀なんだけどね。ただいきなりカップ麺をポイっと差し出すよりは感じがいいだろうという僕なりの気遣いだ。


「カップ麺で十分だよ」


「そこに何個か種類があるから好きなの選んで」


「いいの?」


 サクラはカップ麺が置かれている箱を覗き込んで困ったような声をだした。


「ユウトぉ辛いのしかないよ、私辛いの苦手」


「えーっ、ひとつもない?」


「ないよ、見てみ?」


 たしかに辛いモノばっかだった。


「あ、これは? カレー味」


「んー? じゃぁそれにする」


「ちなみにカップ麺なら何が良かった?」


「焼きそばがあれば最高だった」


 焼きそばで最高をいただけるのか、なんか安いね?


「あ、でも塩味ね?」


「......そうですか」


 僕は宮崎の辛麺のやつにした。


「ねぇカップ麺ってさーッ」


「うん?」


「お湯を沸かす時間までいれたら全然調理時間3分じゃないよね?」


「そんなこと言う人に初めて遭遇したよ」


 私ね目の付け所がちがうのよとも言いたそうな得意げな顔で訴えてくる。


「あ、見てユウトこのカレー味5分だって」


「そうだね」


「一緒にお湯入れたら、ユウトのが先にできちゃうね」


「そうだね」


「だからさー、お湯を私のに先に入れて、ユウトのに入れるの2分待ってよ」


「それはちょっとめんどくさいかな」


「じゃぁ、ユウトも5分待ってよ」


「それは、麺がのびちゃうかなぁ」


 僕は結局5分待つという2つの選択肢を提示されて、麺がのびない方を選んだ。いつの間にかサクラに対する居心地の悪さは完全に消え去り、長らく一緒に過ごしていたような錯覚さえしてしまう。


 この人は今までに出会ったことのない人種なのに、なぜか憎めない性格をしているなぁって思うのは、きっとチワワに似てるからだろう。顔も目が大きいところが似てるかもしれない。あと横に並んでみると意外と小さい。


「もう5分経った?」


「待って、まだだよ」


「ちょっと、手を頭に置くのやめてくれない?」


「ごめんつい」


 サクラは僕の手を払い落として、不機嫌そうな顔で睨んでくる。


 5分のアラームが鳴り、ふたりでいただきますをして食べ始める。『カレー味のカップ麺食べるの初めてなんだよね』と言ってサクラが麺を啜る。


 こぼれ落ちる鮮やかなピンク色の髪を耳に掛け食べる姿は、見た目の印象とは違って綺麗な姿だった。


「ちょっと辛いけど、食べれる辛さ、意外と美味しいかも」


「よかった」


「ねぇ、カレーをらーめんで食べようと思ったやつカレー好きすぎるだろって思わない?」


「逆かもよ、ラーメンにカレーを入れたのかも」


 

「なにそれ、どっちもいっしょでしょ」


 眉間にシワを寄せてるのがスタンダードな彼女とは思えない純粋な笑顔で『あはは』と笑った。チワワが笑うとこんな風なのかな? っと変な事を考える。


「ウチの喫茶店、カレーパスタってメニューあるよ」


「えーっなんかヤダ、それはさすがに冒険しすぎじゃない?」


「そんなことないよ、僕は結構好きな味」


「......ユウト喫茶店で働いてるの?」


「まあね」


「ふーん、今何歳?」


「21」


「え、同い年なの?」


「え? 同い年?」


「年上だっと思ってた」「年下だと思ってた」


 サクラは年下と思われたのがなんか嫌だったのか、また眉間にシワが寄った。僕らからしてみたら、『そっちは僕のことを年上だと思ってたんだから答えは一緒じゃない?』と思うのだけど、それを言ったら更に不機嫌になりそうだったので言うのをやめた。


 変な空気を紛らわすようにふたりしてまた同時に麺を啜りはじめる。


 僕が食べている辛麺ってやつは唐辛子ドバドバの見るからにスープが赤い。そんな辛そうな見た目のスープを平然と食べる僕をサクラはドン引きしたような顔で眺めてから、確信めいた口調でこう言った。


「あんた、人間じゃねーな?」


「ゴホゴホっ」


 むせた。商品化されてるって事は人間の食べ物なんだよ。


「一口食べてみる?」


「むりむりむりむり!」


 全力で拒否ってくる。辛さは慣れると結構クセになるのに。



「ユウトこれちょっと残すけど良い? やっぱり辛くなってきちゃった」


「いいよ、こんなのしかなくてごめん」


 首を横に振って申し訳なさそうな顔で『ごめんね』と小さく呟いたサクラは少し眠そうにしていた。



「もしかしてもう眠い?」


「ん? んーご飯食べたら疲れがでたのかも、ちょっと体が怠いや」


 サクラにとって今日1日は長い1日だったのか、それに今も今日会ったばかりの男と同じ部屋にいるのだから、気が休まる時間というのがないのかもしれない。


 僕の感覚としては迷子になってしまった子犬を拾ってきたみたいな感じでついつい世話をしたくなってしまう。サクラはなんか不思議な人だね。



「歯ブラシの予備はあったと思うんだけど」


 僕は歯ブラシを発掘してサクラに手渡す。


「使っていいの?」


「どうぞ」


「うっす、先輩」


「どのタイミングで先輩になったの? 同じ歳でしょ」


「なんかジャージ着てるから合宿の気分」


 部活なんて入った事ないけどねーっと脱力しながら歯磨きをしているサクラから離れようと動き出した時、サクラが僕をひきとめる。


「はみごきしないの?」  

 

 歯磨きしないの? っと言うので隣に並んで歯磨きをする。なんか新鮮だ。


 シャカシャカとシャカシャカシャカとブラシを動かしてちらっとサクラを見ると目が合った。


 目が合ったまま無言でシャカシャカシャカとブラシを動かし続ける。


 シャカシャカ......。


 シャカシャカシャカシャカシャカ......。


「歯磨き終わらないの?」


「先に終わったら負けな気がする」


 なんで一緒に歯磨きしようと思ったんだよッ。僕は先に口をすすで『お先に』って言って先に部屋に戻る。サクラもすぐに終了したようだ。



 部屋には当然のことながらベッドはひとつしかない、ソファもない。今日僕はどこで寝ようかと真剣に悩む。


 サクラは僕の前で移動して、突然ジャージのジッパーを完全に下まで降ろしきった。ジャージの前は完全に開きTシャツ姿が露出する。注意深く見てしまったら体の凹凸がわかってしまいそうなほど、そのTシャツの防御力は低い。


 僕はサクラの突然の行動に慌てて目をそらした。


「ねぇ、私もう寝たいからさ、エッチするなら今していいよ」


 ??!! 僕の頭はバグを起こしたように言葉を上手く処理できずに動作不良を起こした。


「......はい?」

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