第30話白人至上主義

 小生が大講堂に戻ると式典は終わっており、我々は学科教室に移動した。


 一応、小生が遠慮して端の方に座ると、当然、という感じでエステラが隣に着座した。


 途端に、教室内の視線が一斉に、小生とエステラに集中した。




「なぁ、あの女子生徒、例の東洋人と一緒に座ってるぞ」

「イエローと一緒に授業だなんてそれだけでも嫌なのによく隣にいるわよねぇ」

「アイツにあんまり近寄ると服まで黄ばむかもしれねぇぜ」

「せっかく顔は可愛いのにあんなのとつるんでるんじゃ幻滅だよな」




「クヨウ、耳を傾けちゃダメよ」




 エステラが厳しい表情で耳打ちしてくる。




「ああいう小さい人間は肌の色だの生まれがどうのこうので人を差別したがるものなの。西洋の人間が全員あんな差別主義者じゃないから安心して」




 うむ、と小生は頷いた。


 それはよくわかっている。エステラがいるおかげである。




「何もいきり立つ必要はないわ、これから実力で見返してやればいいだけなんだし。いざとなったら私も一緒に言い返してあげるから……」

「よい、それは必要ない」

「え?」

「エステラ、誰かからの贈り物の受け取りを拒否し続ければどうなると思う?」

「そ、そりゃ贈り主の元に帰るでしょ。……あっ」




 エステラが目を丸くした。


 そういうことだ、と小生が頷くと、エステラが感心したように頷いた。




「……あなたの国って味なこと言うわね。こっちは主張してこそ意見が通るって考えだから……」

「口開けて腸見する柘榴かな、ともいう。サムライとはいたずらに口を開くものではない。口を開けば開くほど己の器の狭さを露呈させることになるのだ」

「能弁なことがステータスの西洋とはホント正反対よね……」

「よぉそこの女子生徒、そんな東洋人とつるんでないで、俺らと一緒しねぇか?」




 と、そのとき。わかりやすい雑魚者の台詞と共に、数人の男子生徒が下卑た笑顔と共に現れた。


 いずれも目元に険のある人相の良くない男たちで、なおかつその視線はエステラの顔や身体を無遠慮に睨め回している。




「そんなイエローと一緒に授業受けてちゃお里が知れるぜ? この学園ではそんな人間未満の人間とじゃなくて、ちゃんと俺らみたいな文明人と付き合わねぇと」

「……お生憎様だけど、ここにいるクヨウの方があなたたちみたいな人間よりよっぽど出来た人間だから。お断りするわ」

「おやおや、あんまり滅多なこと言うもんじゃないぞ、お嬢さん。知ってるか? 東洋人っていまだに木の棒でメシ食ってるらしいぜ」




 ギャハハ、と男子生徒たちは声を上げて笑った。


 西洋式のテーブルマナーは軍で最低限学んだが、こちらとしてはいまだに食卓に刃物を持ち込んでいる方がよっぽど非文明的に思えたものだが、こちらの見方はそうではないらしい。


 案の定、エステラが忌々しそうに男子生徒たちを睨んだ。




「そんな小さなことで人を下に見ようなんて、それこそ野蛮人の発想じゃない。あなたたちこそ、遥か海の向こうから来た人の前でそんなこと言うなんて、恥晒しだと思わないの?」

「何――?」

「全く、東洋の人に西洋にはこんな大馬鹿者がいるなんて思われたらそれこそ恥ずかしいっての。肌の色以外に誇るものがない人間は哀れね」

「お、おいテメェ、言わせておけば……! 肌の色以外に誇るものがないだと!?」




 実際そうではないか、と小生も腕組みしたまま頷いた。


 何度も言うが、空の桶ほど蹴飛ばせば大きな音を立てて転がるもの。


 思わぬ反抗を受けてこれであれば、実際この者たちの中身は空に近いのだろう。


 案の定、その反応を見て男子生徒たちは顔をひん曲げ、ケッ、と捨て台詞を吐いた。




「お高く留まりやがって……せっかくこの学園での身の振り方を教えてやろうと思ったのに、わざわざサルなんかとお近づきになるってのかよ」




 聞こえるようにそう言った男子生徒は、次の瞬間、言ってはならぬことを口にした。




「そこの黄色も格好だけ取り繕ったサル山のサルなんだろ。所詮は大八洲のテンノーが俺たち列強国に這いつくばって頼み込んでお情けで加えてもらっただけの野郎なのに……」




 瞬間、小生は立ち上がって刀を腰から抜くと、男子生徒の首に引っ掛け、一息に引きずり倒した。


 スパァン! と鋭い音を立ててひっくり返った男子生徒は、転がされたことに一瞬、気が付かなかったらしく、呆けた顔で小生の顔を見返した。


 小生がその喉元に膝を押し込み、鼻先に鯉口を押し付けたところで――ようやく男子生徒が悲鳴を上げた。




「さぁ、今の発言をもう一度聞こうか――我が君が、なんだって?」




 ざわ、と教室内が揺れた。


 小生は喉元にねじ込んだ膝頭に更に体重を乗せた。




「小生、今のは全くもって聞き捨てならぬ。その御方の名前を貴様のような下郎にホイホイと口にされたのは更に気に食わぬ。――今ここで膾に斬って捨てるか。それとも、便所に頭から突っ込んでくれようか」




 本気のその言葉に、男子生徒は痙攣したように震え、小生を凝視した。


 成る程、西洋の人々は確かに能弁だ。


 たった一言でサムライをここまで激怒させることが出来るとは、見上げた口達者という他ない。



「その御方を巡って、かつて小生の国には争いがあった。多くの者がその御方を守らんと必死に働き、傷つき、血を流し、死んだ……。今、貴様が口にしたその御方を愚弄するということは、その争いによって傷つき、死んだ人間をも愚弄するということ……」



 そう、その中には、小生の今の家族も……。


 小生は恫喝した。



「よいか。小生個人は貴公らにどんなことを言われても無視できる自信がある。だが覚え置け、サムライにとって地上で最も我慢ならぬ、我慢してはならぬことは、主君を侮辱されることだとな。今後平和的に小生と付き合いたいのなら、口には気をつけろ」




 小生がよく言い聞かせても、男子学生は聞いているのか聞いていないのか、目の焦点が合わないままだ。




「クヨウ、勘弁してあげて」




 驚いてはいるが、恐れてはいないエステラの声に、小生はゆっくりと、男子生徒の上から退いた。


 ふと――その男子学生の胸ポケットに、一枚の紙が入っていた。さっきの入学式典前に配られた手引書である。


 小生はそれを手に取り、席に戻った。




「……小生の国は確かに小国だ。だが、貴公ら西洋人とは築いてきた文化の形が違うだけで、小生の国にもそれなりの文明はある」




 小生はその手引書をせっせと折り始めた。


 地面に転がされた男子学生がようやく体を起こし、何を始めるのだという視線で小生を見つめる。



「貴公ら西洋人の社会では、とかく人に優劣や尊卑を決めねばならぬものなのかも知れぬ。だが小生の国では違うぞ。山川草木さんせんそうもく、一切衆生に優劣も尊卑もない。全てが法の前に、そして帝の前に平等だ」




 小生は紙を折りながら続けた。




「西洋の人々は鉄と炎でもって自然を征服し、支配下に置いて来たと聞く。だが小生の祖国は違う選択をした。木と水、そして土……それらと上手く調和し、決してその流れに逆らうことはなかった。それ故に、小生の国ではただの紙一枚からでもこのように美しいものを作り出すことが出来る――」





 小生はそう言いながら、最終段階に入った。


 羽を広げ、嘴を尖らせ、首と尾を立たせる。


 手の中に生まれた、一羽の鶴――それを掌に乗せて、地面に転がったままの男子学生に示した。




「これが小生の国の文明のひとつ、折り紙である。――どうだ、趣があろう?」




 その小さな小さな鶴を見て、教室内から驚きの声が漏れた。


 折り紙――西洋の人たちはこれを見せるととかく驚くものなのだとどこかで聞いていたが、それはその通りだったらしい。


 小生は紙の鶴を男子学生の胸の上に置いた。




「さっきは激昂してすまなんだ。つまらぬものだが、どうかそれを仲直りの印として受け取ってくれ」




 小生が笑うと、男子学生はその紙の鶴をそっと、まるで本物の小鳥を扱うように手で包んだ。


 まるで宝物を見つめるようにしげしげと折り鶴を見つめた男子学生は、ほう、とため息をつき、ぼそぼそと口を動かした。




「あ、ありがとう……」




 まだ怯えてはいるが、険が消えたその声に、小生は頷いた。


 やはり暴力は好かない。小生はここには敵ではなく友を作りに来たのだ。


 エステラを振り返ると、エステラも満足そうに頷いてくれた。


 ああ、やはり友はよいものだ。




 その後、教室内の雰囲気が落ち着いたところで、いよいよ最初の講義が始まった。






個人的に、結構読まれてて驚いております。

まだまだ道半ばですが今後もお付き合いを願います。


「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。完結間近のラブコメです。


『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330667711247384

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