第22話【刃】
この声は――昼間に聞いた【女帝】の声。
その手首から繋がれた鎖でイワンの巨体を引きずりながら、ナターシャ・クルニコワは人を殺しそうな視線でイワンを見下ろした。
「ひ、ひぃ、な、ナターシャ……!」
「せっかくの雪辱戦だ、手を貸さずに見ていてやろうと思ったが、勝つどころか手を貸さないと死んでしまうところだった。やはりお前は私が期待していたほどの働きも出来ない無能だった……本当に残念だよ、バザロフ」
「な、ナターシャ、これは違うんだ! あっ、アイツ、なんだか妙な魔剣技を使いやがるんだよ! おっ、俺の、俺の魔術を斬って――!」
「ふぅん、それは面白い話だ。後で貴様の身体からじっくりと体験談を聞いてやろう」
その一言に、イワンが蒼白の顔でダラダラと冷や汗を流し始めた。
その様を一瞥して、ナターシャはこちらに向き直った。
「すまないな、ハチースカ。ウチの木偶の坊が重ね重ねお手間を取らせたようだ」
「ナターシャ、と言ったな。あなたは一体何者だ? 昼間の行動を見た限り、あなたにはこの男を助ける義理があるようには思えんが、何故助ける」
「簡単な話だよ、ハチースカ。私は支配者なんだ。こいつら無能連中の、ね」
にぃ、と、毒々しい色の口紅を引いた唇が歪んだ。
「リューリカの流儀は【支配】――だが世の中にはその支配者を支配する者もいる。それが私だ。故に私は【女帝】のナターシャ。阿呆で無能な同窓たちの監督と始末は私の役目……それが本国からの命令だからな」
「なんとも、恐ろしい話だ。これは皮肉に聞こえるかも知れないが、あなたの国には平等や対等という関係はないのか?」
「まさか、と言いたいところだが、その通りだ。リューリカには皇帝か奴隷、そのどちらかしかいない」
ナターシャは断言する口調で笑った。
「支配と服従――それがリューリカの人間関係の全てなんだよ、ハチースカ。あの国は少々支配と抑圧に慣れすぎた国民性でね。放っておいてもそういう関係になってしまうものなのさ。……まぁ、平和ボケした辺境国出身の君には理解出来まいがな」
そこで浮かべられた笑みは、小生への嘲りではなく、却って自嘲のように聞こえた。
無言の小生を何故なのか楽しそうに見つめて、ナターシャは踵を返した。
「まぁ、物々しい話は終わりにしよう。エステラも、ウチの大馬鹿者が相当なことを言っただろう?」
ナターシャの目が光った。
「バザロフの剣は折られた。しかも学園内での許可のない抜剣と交戦の上での返り討ち――もはや言い逃れる術はない。なおかつ、こんなド無能を私は庇い立てはしない。コイツはまず間違いなく除籍処分になる。ということで、コイツとあなたの婚約関係の解消、私からバザロフ伯爵に強く命令しておく」
婚約の解消。その言葉に、はっとエステラが顔を上げた。
「ちょ、ちょっと待って、ナターシャ! いくら公爵家令嬢のあなたでも、あなたの一存でそんなことが出来るわけが――!」
「いい。前々からこんな
「けっ、けど――!」
「いいよいいよ、それぐらいはお詫びとしてさせてくれ。何しろ義理の妹の幸せのためだからな。兄さんも義姉さんもきっと喜ぶさ――」
義理の妹? その言葉に、小生はエステラを見た。
エステラは迷ったように、そうなの、と頷いた。
成る程、人質となったエステラの姉の嫁ぎ先がナターシャの兄、ということか。
こんな怖い女とエステラのような女が縁者とは、欧州の人間関係は複雑なものだ。
「後で正式な通達はもらっておく。それと、私はこれからこれと大事な話があるんだ。それではこれで。行くぞ木偶の坊」
「ひぃ……! おっ、おい! エステラ、助けて、助けてくれ! ナターシャの怖さはお前だって知ってんだろうが! こっ、婚約者のよしみ、な? 助けてくれよオイ……!」
その命乞いは、エステラが地面に吐き捨てた唾によって、無慈悲にも拒絶された。
ああああああああ、と、穴の空いた袋から空気が漏れ出すかのような情けない悲鳴を尾のように曳きながら、イワンとナターシャは校舎の向こうに消えた。
「ふう、なんだかリューリカとは恐ろしい国であるな……エステラ、立てるか?」
小生が手を差し出すと、エステラがよろよろと立ち上がった。
「クヨウ……あなた、何者なの?」
エステラが少しだけ、怯えたような表情で小生を見た。
「体内にエーテルを取り込まないで直接魔法を発動させるなんて……ううん、それ以上に、魔術が剣で斬れるなんて聞いたことがない。あなたにはどうして――」
「どうしてそんなことが出来るのか、か? それは簡単。斬れると思うからこそ斬れるのだ」
小生はエステラの胸を手で指した。
「さっき言った通り、全て一緒なのである。あると思えば、いつでもここにある――あなたも今、理解したではないか、カウナシアの王女殿下」
その呼びかけに、エステラが少し笑った。
「そう――そうかもね、少しだけ、少しだけわかった、私にも。あると思えば、ある、そうよね――」
エステラはじっと胸に手を当てて、何かを納得したかのように頷いた。
彼女はこの一戦で確実に何かを悟ったようだ。
「ときに――エステラ」
「何?」
「ひとつ、頼みたいことがある。この小生の持つ技――まぁ、エトノスだか蜂の巣だかとは違うものなのかも知れぬが、今後人に問われたときに答えられぬのでは厄介だ。ついては、ここでこの小生の魔剣技になにか良い名前を授けてくれぬかな?」
にっ、と小生は微笑みかけた。
「西洋の王国の王女殿下に賜った名前ならば大八洲でも箔がつこう。もし可能であるならば、お近づきの印として、大八洲が誇るこの技の名付け親となってくれ」
「そ、そう? なんだかそう言われると緊張する、責任重大ね……」
そう言うと、エステラが少し何かを考え、小生が腰に帯びた刀を見つめた。
「
「刃?」
「そう、【刃のエトノス】、ぴったりじゃない。魔術さえ斬り伏せて無に還してしまう、無敵のエトノス――まさにあなたが振るうその剣、魔剣・サムライソードそのもの……ど、どう?」
【刃のエトノス】、そして魔剣・サムライソード――小生はその言葉の響きに感嘆した。
成る程、刃。
大八洲はその昔、刃から滴った塩の塊が国となったものだと言い伝えられている。
刃によって生まれ、刃によって世界へ羽ばたこうとしている我が国を象徴する言葉のように思えた。
「わかった、刃――【刃のエトノス】だな。よい名前を賜ってくれてありがとう」
小生が頷くと、エステラがなんだかはっとしたような表情になり、もじもじと下を向いてしまった。
「ん? なんだ?」
「その、クヨウ――私たちって、その、もう友達、でいいのよね?」
「ん? 何を今更。初めて会ったときに握手までしたではないか。もう友であろう?」
「そ、そう。なら、改めて」
その瞬間、素早く動いたエステラの両手が小生の頭を掴み、有無を言わさず引っ張られたのと同時に――ちゅ、と、小生の頬に暖かなものが触れた。
「は!? う、うぇ――!?」
「何よ、何を動揺してるの? こんなの……ほんの挨拶じゃない」
エステラが少しはにかみながら言った。
「どうやら、助けるつもりだったあなたに助けられちゃったみたいね、色々と……。こんなものでお礼になるかはわからないけれど、今は精一杯のお礼、ね? ありがとう、クヨウ」
例の儚げな笑みではない、今度は心から笑ったのだとわかるその笑みに、小生は一瞬、激しい感動に包まれた。
おお、やはりこの人の笑顔は素敵だ。まさにその笑みの妙なることはまるで音に聞く唐土の楊貴妃の如く――。
そこまで並べて感動してから、小生ははっと我に返って俯いた。
「恥ずかしか――」
「えっ?」
「おいは――おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!!」
またやってしまった。また――この人に見惚れてしまった。
小生が制服の裾に手をかけて腹を曝け出した時点で、エステラは小生の意図を悟ったらしかった。
エステラが大いに慌てて、腹を切ろうと躍起になる小生に組み付いて制した。
「ちょ、ちょ――! 性懲りもなくまた何をやろうとしてるのよ!? 意味わかんない! 何がどうなって自決しようとしてるの!?」
「どうかお離しくだされ! 勝って兜の緒を締めよとは他ならぬ神君の教えである! 戦が終わって早々に惚れた腫れたと浮ついた気分になるとは武人の恥辱、そしてその始末には何卒この一腹召して――!」
「召すな! せっかく感謝してやってるのに召すな! あーもう、サムライってみんなこうなの!? 意味わかんない!! とにかくやめろ! やめてってたら!!」
ギャーギャーと喚き散らす小生たちの上に、満天の星空があった。
何はともあれ――小生の魔剣学園入学初日の日は、そうやって更けていったのである。
◆
「面白かった」
「続きが気になる」
「いや面白いと思うよコレ」
そう思っていただけましたら、
何卒下の方の『★』でご供養ください。
よろしくお願いいたします。
【VS】
もしよければこちらの連載作品もよろしく。ラブコメです。
↓
『魔族に優しいギャル聖女 ~聖女として異世界召喚された白ギャルJK、ちょっと魔王である俺にも優しすぎると思うんです~』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます