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◇十歳 レオ◇


レオが十歳になった。


「母さん、今日は表彰式だよね。ムンババ様も来るの?」


「いらっしゃると思うけど……レオ、あなたまた靴を壊したでしょう。もう何足目なの?もうちょっと大事に履いてちょうだい」


ムンババ様がいらっしゃるという事より、レオが月に一度は壊してしまう靴の事が気になった。

レオの壊れた靴を手に取って、修理できるかを確認する。


「今度壊したら、裸足で学校へ行く事になるからね」


「分かった。丁寧に履くよ」


もう小言を言われたくないのか、レオは自分の部屋へ逃げていった。



カーレン国へ来て十年が経った。

外国語を教え、学校をつくり、老若男女にある程度言葉の理解能力が付いた事に対し、私は表彰される。

表彰式は年に一度開催される。


畏れ多いので、辞退したいと申し上げたが認めてもらえず、今日を迎えた。


国王から受彰者に感謝状と勲章が授与され、功績、善行などをたたえられて広く国民に知らされる事となった。

表彰式は滞りなく終わり、私はムンババ様に家まで送っていただいた。



ソフィアをエスコートするのは十歳になったレオだった。可愛らしい少年の姿に皆が微笑み、拍手を送ってくれた。


「母さんより、僕の方が目立ってたんだ。全く意味が分からないよ」


「お前が可愛かったんだろう。良かったじゃないか、目立って」


「よくないから。別に目立とうと思ってないし」


ムンババ様とレオはまるで親子のような掛け合いをしている。

側で見ていると微笑ましい。


「国に貢献した者に与えられる栄誉な物だ。遠慮せず、ありがたく受け取ればいい」


彼は「おめでとう」と私に優しく微笑んでくれた。


「ありがとうございます。とても栄誉な事で大変嬉しいです。これもムンババ様のおかげです」


彼にも感謝を述べた。



その夜、レオの今後についてムンババ大使と二人で話をした。


ムンババ様に恩は返せたのだろうか。カーレンの国のために貢献する事は私にとっても恩返しだった。



「この先、カーレンでのびのびと、自由に育てて行くのも勿論いいが、カーレンに囚われる事はない」


「と、言いますと……」


「レオはもっと野心を持ってもいいと思う。彼は偉業を成し遂げられる素質がある」


「そう、ですか……」


「本心は、カーレンでずっと暮らしていってもらいたい。後に王を支え国を動かすくらい大物になってくれることを願うが、レオの未知数の可能性を試すのはここではないだろう。勉学にも長けていると聞く」


カーレンでの教育環境には限界がある。より高い学力を身に付けるならばやはりボルナットだろう。


「留学はさせるつもりです。ただ、私がまだ子離れしたくないので……駄目ですね。女親だけだと子供に甘くなってしまうのでしょうか。男の子に強く厳しく接する事が難しいと感じる事があります」


「父親が必要か?」


「……」



その時、部屋にいるはずのレオがリビングにやって来た。

彼は子供らしからぬ真面目な顔で。



「ムンババ様。僕には父親がいます!」



大使は優しい目でレオを見るとこう言った。


「知っているよ」





◇十三歳 レオ◇




「母さん。今日はあの人がくる日だよね?」



「そうよ。港まで迎えに行ってくれる?」


「ああ、分かった。荷物はあるかな?」


「さあ、どうかしら」


「じゃあ、行ってくる!」


レオは何も持たずに家から飛び出していった。


十三歳になるのに、まだまだ子供だわと困ったような顔で彼を見送った。




「まったく困った国だ。そもそも国際銀行がないのが一番の問題だ」


銀行がないのでわざわざこの国まで足を運ばなければならないような言い草だ。けれど実際彼は、レオの成長を見るためにここへやって来ているのだ。


「田舎呼ばわりしないで下さい。結構ここで楽しんでいるじゃないですか、食べ物が美味しいとか、空気が綺麗だとか。国民がみんな幸せそうだとか言ってるくせに」


「確かに、幸せだろうな。この国の国民が羨ましいよ」


そう言うと彼はレオの頭を撫でた。

レオはクイッと首を傾けて、その手をよける。

もう子ども扱いをするなという意味だろう。確かに身長はもう少しで彼に並びそうだ。



半年に一度、必ず彼はこの国にやって来る。

それはもう十三年続いている。


彼はソフィアハウスの収益を必ず私の元へと届けに来てくれている。

そして、領地で起こった出来事、今の領民たちの事、邸の状況。それを事細かに報告してくれる。

そして私は彼の話を聞き、領地経営について、領民たちの生活についてなど、領地で何をしていくべきか、今後の方針を話し合っている。



彼が滞在する間、レオは彼にくっついて離れない。

彼から学ぶことが多いのだろう。


レオの興味はもうカーレンにはなかった。


将来自分がすべきことに向かい、真っすぐに心を決めているようだ。


今、バーナードの領地は領民たちが干ばつで苦しんでいた。何年も続いた日照りにより、作物は実を付けず井戸は枯れている。


国からの援助で数年は持ちこたえているようだが、領主が役に立たない。領地の舵を取る者がいない状態だ。


スコットが戦地から帰還し、領地経営に携わっている事は聞いているが、一丸となり皆で頑張っていても、今のバーナードが全く仕事をしない状況が足を引っ張り、うまくいっていないようだった。


彼は今、病を患いもう先は長くないという。


後継者がいない場合、領地が国に返還される。新しい領主がやって来るだろうと領民たちは思っていた。


領民たちから信頼を失ったバーナードは、もう全てを投げているようだ。


自分には跡継ぎもいない。どうせ死んだら後の事はどうなろうが関係ないと思っているようだった。



「準備は整ったようね。コンタン」


「はい。整いました。奥様」

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