if 【ソフィアside】 新しい国で

◇一歳 レオ◇◇




「もう歩けるようになったのね」


「ええ。目が離せなくて大変よ」


小さなリビングの床でよちよち歩きながらレオはご機嫌だ。


ここは南国だ。豊かな資源に恵まれているので国庫は潤っている。


真っ青な海に白壁の家々が並ぶ街並み、息を呑むほど綺麗なビーチ。

まるで絵に描いたように美しく迷路のように続く石畳。


テラスからは真っ青な空と海が見渡せる。


「カーレンはおとぎ話に出てくるような世界が広がっているわね」


「ええ。美しい海を見ながらのんびりとしたひと時を楽しむのが極上の幸せよ」


「レオもいるしね」


「そうね。レオもいるし、島の人たちは皆子供に優しいわ。女一人で子育てしてるのが心配なのか、誰もが助けてくれるの。甘えさせてもらってるわ」


私は笑ってステラに花のお茶をすすめた。


「このお茶青色だわ。この飲み物大丈夫なの?」


「大丈夫よ。体にいいのよ」


やや 訝しい顔をしながらステラはお茶を飲んだ。



「一年ぶりかしら?」


「そうね。一年半ぶりだわ」






アパルトマンを出て、海路で国外に出ようと考えた私は、国際港でステラから命を受けた女性騎士に見付けられた。



無謀な計画に待ったがかけられ、その数日後ステラが私の元へやって来て大いに説教される事となった。


「私はこの国の王太子妃よ。司教一人を騙したくらいなんでもないわ。甘く見ないで。迷惑がかかると思っているならそれは間違いよ。貴方が一番に考えなければならないのはお腹の子供の事でしょう」


もっともな意見に何も言葉が出なかった。



そしてカーレン国へと来る事になった。


ムンババ様の協力もあっての事だ。


彼の国で私は外国語を教えている。

カーレンは豊かな資源国だが、発展に影響しているのは言葉の壁だった。


国の政策として、世界共通語であるボルナットの言葉を国民に浸透させるという計画があった。向こう十年で国民が外国語を理解できるようにするという目標の為、私は尽力している。


私の『施設をつくった』という実績を評価し経験を活かして欲しいと頼まれた。


私の行き場を作ってくれた、ステラとムンババ大使の恩に報いる為、頑張ろうと決意した。


そしてあれから一年半、私はカーレン国で暮らしている。




「ムンババ大使はソフィアの出産の時にもいてくれたのよね」


「ええ。偶然カーレンに帰って来てらして。ちょうどその時にレオが生まれたの。それからもカーレンに帰ってこられたら必ず立ち寄って下さるわ」


ムンババ大使はこの国でも有名な方で、大使としてボルナットに駐在しているが、年に何度かはカーレンに帰ってこられる。


「それじゃぁ、もう二年の付き合いになるのかしら?」


「そうね。知り合ってからは二年くらい経つわね」


ステラは頷いて含みのある笑顔を見せる。彼女のこの表情は、なにか企んでいるときの物だ。


「そろそろ、新しい相手を見つける時じゃないの?」


「ふふ。ステラはおかしなことを言うのね。ムンババ様とはそういう関係じゃないわ」


「まぁ、いつまでも一人って訳にもいかないでしょう」


「レオがいるから一人じゃないわ」


私はレオを抱き上げた。


見事に整った顔は、品格があり、くるりとした大きな目は私に似たのかもしれない。

幼児らしい幼いぷくりとした頬っぺたに赤みがさして健康そのもの。とても健やかに育っていると思う。



「ムンババ大使は、とても忙しそうよ。彼もそろそろ結婚を考えてもいい歳だし。というかちょっと婚期を逃し気味よね。一生独身でいるつもりなのかしら?」


私は、どうなのかしらと首をひねって見せた。


ムンババ大使はとても素敵な方だ。誰だって彼に憧れるだろう。


けれど、私は子持ちなのよ。

子供がいる離婚歴のある女だという事をステラは分かっていないと思った。



「どうなのステラの方は?王太子殿下と仲良くやっているの?」


「その話を聞く?二日はかかるけど」


「長いわね」


笑ってステラに頷いた。

冗談っぽく彼女は言うが、きっと自分の悩みは話してくれないだろう。


耳に入ってくる噂では夫婦仲はあまり円満ではなさそうだ。

王太子殿下が側室を迎えられたと聞いた。


「少しゆっくりしていけるのなら、街を案内するわ。観光に力を入れているから、可愛いショップやお洒落なバーとかレストランも沢山あるのよ。今はブーゲンビリアが満開の時期だから、街中色とりどりの花で埋め尽くされてるわ」


「いいわね。護衛もここでは、暇を出しているから、私について回らないと思うわ」


「そうね。貴方の正体はここでは知られていないもの。この国は犯罪も少ないし、危険もないわね。安全だと思う」




◇五歳 レオ◇◇



レオが五歳になった。すぐに外へ出たがって、有り余る体力についていくのがやっとだった。


「レオも少し見ない間に大きくなったな」


「そうですね。子供の成長は凄まじいと感じる毎日です」


ムンババ様が帰国しているからと、食事に誘われた。今日は街のカフェに来ている。


彼は高位貴族なのに平気で街のレストランやカフェに顔を出す。

この国はあまり身分制度という物を重んじていない。


一応あるにはあるが、平民でも王族でも同じ学舎で学ぶ事ができ、同じレストランで食事をする。


レオは成長していくにつれ、顔の作りがバーナードに似てきたと思う。彼の面影を感じずにはいられなかった。


「なかなか男前になってきたな。この分だと将来は女性が放してくれなくなりそうだ」


「どうでしょう。ブラックウルフってあだ名をつけられてます。ちょっと危険な感じがするのかしら」


レオはかなり運動力に長けている。誰よりも速く走り、泳ぎ、高く飛ぶ。

その身体能力の高さと、黒い髪に黒い目のノスタルジックな顔立ちからそんなあだ名がつけられた。



「あんれまぁ、レオはムンババ様の子かい?まぁ、そっくりだぁ」


「ばーちゃん!何言ってんだよ!」


レストランの店主の祖母が私たちに話しかけてきた。

必死に店主が止めている。いらん事いうな!とおばあ様は怒られていた。


「ハハハ、そうだったら良いが、残念ながら私の子ではないんだよ」


気を悪くするでもなく、ムンババ様がおばあ様に返事をした。


「すみません」


なんとなく居心地が悪い気がして、私はムンババ様に謝った。


「レオが私の子供だったら良いんだけどね」


ムンババ様は冗談とも本気ともつかない言葉をつぶやいた。


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