第26話  【ソフィアside】九カ月 

私は旦那様を信じていたし、愛していた。

いや、愛そうとしていただけ、なのだろうか……




バーナードは私の事を嫌ってはいない。

私が妻である事に不満があるわけではないだろう。文句を言われたことはない。

感謝の言葉も言ってくれる。彼自身は私を妻として扱っているつもりだろう。


けれど、マリリンさんに対しての異常な庇護欲は見過ごせない物があった。


それでもバーナードは領主としての責任があり、戦時中は隊長として守らなければならない物がたくさんある立場の人間だった。

ずっとそういう位置で生きてきた彼にとって、マリリンさんのような弱い人を守ってあげなければならないと考えるのは、仕方がない事なのかもしれないと思った。


できるだけ彼の力になれるように努力したし我慢もした。


その時だった。




私は妊娠した。


彼の子供だ。戦地から帰って来て、閨を共にする事は殆どといっていいほどなかった。だから子供を授かるなんて思ってもみなかった。


けれど、神様は私に命を授けて下さった。


夫婦としての関係はもうダメかもしれない。そう思っていた時にそれは分かった。


これはもしかしたら、旦那様ともう一度やり直せるチャンスかもしれないと感じた。

神様がそう私に道を示してくれたのだと。



私はバーナードに伝え、マリリンさん達は私が作ったマザーハウスへ移ってもらうよう説得しようと考えた。

彼女たち親子と一緒に邸で暮らすことはできない。


スコット様の親御さんは、まず、マリリンさん達の事を認めないだろう。

もし、本当にアーロン君がスコット様の子供だったとしても、それを証明する事は難しい。もうスコット様はこの世にいないのだから。


そうなると旦那様はマリリンさん達の面倒をずっと見る事になるかもしれない。

彼女たちが自分で生きる道を見つけるのが一番いい方法だけど、今のこの世の中でそれは難しい。

マザーハウスはそういう人たちを支援し、支える場所だ。


マザーハウスなら、バーナードも認めてくれるだろう。子を持ち一人で育てている母親は大勢いる。その人達をできるだけ多く救う事ができる場所だ。

マリリンさんも、自立の道を歩む事ができる。けして酷い場所ではない。できるだけ女性たちが安全で安心して暮らせるように工夫した。

多くの女性たち、辛い立場の人達を救う事ができるのならバーナードは分かってくれる。


少し強引かもしれないけど、私がそうしてくれなければ嫌だと言おう。

このままでは、私の子供とアーロンとの扱いに差が出てくるだろう。使用人たちもきっと困るし、アーロンも辛い立場になるだろう。


お腹の子の為でもあるのだから、バーナードはきっと理解してくれるだろう。


私たちの血を分けた子供だ。



バーナードは喜んでくれるだろうか。緊張するし少し心配だった。最近はあまり話もできていなかったし、邸の雰囲気もよくなかった。


けれど、彼が子供を好きなのは分かっている。

アーロンをあんなに可愛がっている人だ、きっと我が子ならもっと愛してくれるだろう。



男の子だったら跡継ぎだ。女の子でもきっと可愛いらしいだろう。バーナードは『嫁になんかやるものか』と言うかもしれない。

毎日赤ちゃんの顔を見るために早く帰ってくるだろう。子煩悩の父親になって邸の使用人たちに呆れられるかもしれない。


そんなことを考えると頬が緩んだ。


不安な気持ちはもちろんある。けれど母親になるという事が心から嬉しい。

この子をたくさん愛して育てようと思った。


まだ、全く膨らんでいないお腹をそっと撫でた。

ここに新しい命が宿っている。

こんなにも幸せな気持ちになれるんだと不思議なくらい喜びでいっぱいになる。




バーナードに大切な話があると伝えた。


ちょうど彼も、話しておきたいことがあると言っていた。


二人で夫婦の寝室のソファーに座り、どちらが先に話すかという空気になったので、旦那様を立てて先にお聞きしたいと言った。


彼は気まずそうにしていたが、意を決したように、真剣な眼差しで私を見つめた。

そして私にこう言った。


「アーロンを養子にしたい」


その時私の中で何かが音を立てて崩れていった。


今まで必死に繋ごうとしていた細い細い、それでも尊かった……最後の糸が切れた。


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