第25話 ソフィアハウス

「ここがソフィア様がつくられた母子の為のマザーハウスです。住まいと仕事、そして託児所も兼ね備えた総合施設です」


「マザーハウス?」


「別名、ソフィアハウス。戦争で夫を亡くした母子、未婚のまま出産した女性。または望まれない子を身ごもってしまい、行き場を亡くした女性たちが住まう場所です。勿論仕事も与え、子供を預けられる施設も中につくっています」


「なんだと!そんな大掛かりな物をソフィアがつくった?そんな報告は受けていない」


立派な建物は、大きな繊維工場の横に併設されている。そこは社宅のようになっていて、中に塀に囲まれた託児所があるようだった。


「それはそうでしょう。ソフィア様はご自身で資金を調達し、今では王都にも二つこのような施設をつくられました。利益も出ています。後ろ盾にステラ王女様がいらっしゃいます」


「王女殿下が……なぜ?私ではなく王女殿下が……」


「ステラ王女はソフィア様の親友です。それに女性のための活動資金を集めるステラ基金の創設者でもある」


そういえば学園時代、ソフィアは王女殿下と同窓だったと言っていた。

彼女が殿下とそんなに仲が良かったとは知らなかった。


いつの間にここまでの事を成しえるだけの関係を深めたのだ。私が王都に行っているこの短い時間で彼女はいったい何をしていたんだ。



「この繊維工場は、うちの領地で開発されたあの……レーヨンという生地の工場か?」


「はい。そうです。サイクスの繊維工場です。ここで生地作りから縫製まで全てを賄います。ソフィアハウスは必要を満たし、限りある範囲のなかで対処できるように作られています」


「もう、お判りでしょう。とうの昔に奥様は貴方から自立している。けれど、ソフィア様は何故、このような施設をおつくりになったかわかりますか?それは貴方の為でもあった」


「私の為……」


考えられ、管理されたその施設内は過ごしやすそうで、清潔だ。

子供たちの声が聞こえる。賑やかで明るい。

健全で合理的、且つ生産性に優れているように見えた。


「貴方が、マリリンさんを手放せるようにここをつくられた。奥様はマリリンさんの行き場がなくなった時、ここが役に立つかもしれないと考えられた」


「マリリンの行き場……」


どういう意味だ。


「初めから、マリリンさんがスコットさんの御両親に受け入れられないと考えてらっしゃったからです」


「マリリンの行き場はないと考えていたのか」


コンタンは、そうですと頷いた。

そして諭すように話し始める。まるで子供に教えるようにだ。


「本当にアーロン君は、スコット様のお子様なのでしょうか?私は疑わしいと思っています」


もう何度もいわれた言葉だ。ただ黙って聞くしかなかった。


「戦時中で大した荷物は持てなかったでしょう。けれど、スコットさんがマリリンさんへ渡した手紙とか伝言メモとか……形見になるような彼の物を、ペンやブレスレット、日記帳、何でもいいんです。彼女はスコットさんの物を持ってますか?」


「わからない。着の身着のままの状態で邸へやってきた。多分持っていないだろう」


「けれど、自分の服や、アーロンの荷物はあったんですよね」


確かに。全く何も持っていないわけではなかった。

ならば、愛する人のハンカチ一枚くらいは、布の切れ端でもいい。持っていてもおかしくない。


「ならばアーロンはスコットの子ではないと?」


そんなことあるはずがないだろう。


「誰だって分かっていたけど、旦那様だけは分かってなかった」


辛らつな言葉が胸に突き刺さる。

確かにスコットはマリリンと恋人関係にあった。私はその事実を知っている。


そこへ遅れてやってきたガブリエルが話に加わった。


「スコットがマリリンと仲良くしているところを私は何度もみた。夜、酒場で一緒に話した時には、マリリンを妻にし、領地に連れて帰ると笑って話していた」


「隊長。それは酒場で酒を飲んで話していた戯言ですよね。俺はそこにいなかったから、真意は分からない。けど、マリリンの恋人はスコットだけじゃなかったと思います」


ガブリエルはいつものふざけた様子ではなく、真面目な声でそう言った。


「な、なんだって!そんなはずはない」


何故……今更、なんでそんな話を聞かせるんだ。

泣きたいような、怒りたいような気持がこみ上げる。


「狡賢い女です。邸の中に自分の味方を増やして、ソフィア様を追い詰めた」


「確かに、現在は古くからいる使用人の方が少数で、立場が逆転しています。立場的に優位なはずのソフィア様が居づらい状況であったことは間違いないでしょう」


私はそんな状況も把握できずに、自分までもがマリリンの肩を持つような発言をしていたのか。罪悪感で押しつぶされそうになる。しかし自らが招いた事、耐えるしかない。


「俺は実は、一つ気になっている事があります。実際、マリリンと一緒にいるところを見たことはないですが、隊に、隊長と同じ髪の色、黒髪黒目のケビンという男がいたのを覚えています」


ガブリエルはそう言うと、コンタンに目配せした。


「私たちは調べました。そのケビンという男の事を」







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