第17話 サイクスのお店

ハッと思い出したようにガブリエルが口を開く。


「それなら良い手があります。俺の彼女ですけどね、レンタルドレスを借りてるんです。今、町で流行っているらしくて、一度見に行ってみたらどうですか?」


ガブリエルは沢山彼女がいるので、どの彼女なのだろうと気になったけど、そこは深く追求せず、コンタンと一緒にドレスショップへ足を運んだ。


「奥様、あくまでもご自分のお洋服を購入されるわけですから、勿論それは旦那様のお金を使うべきだと私は思います。夫人の予算はほとんど手付かずですから、必要な物はちゃんと購入すればいい」


「そうね……」


戦争中の癖で、ついつい無駄遣いは控える性質が板についていた。


「領主様の奥様が、レンタルのドレスを着るなんていささか不名誉な事ではございませんか?」


「確かに。私は気にしないけど、貴族としての体裁も整えないといけないわね」


コンタンはそうだというように深く頷いた。




「領主様の奥様がまさかうちに来て下さるなんて思いませんでした!」


ドレスショップの店員は店のオーナーを呼んで私の為に応接室を準備してくれた。

この店は鉄鋼業を営むサイクスが出した初めてのドレスショップで一号店だった。


「なるほど。慈善パーティー用のドレスですね。しかも時間がないから既製品をと……」


「ごめんなさいね。オーダーで作りたいのだけど、時間も費用もそんなに用意できないの」


「ならばいい考えがあります!」


店員の女性がサイクスに耳打ちする。


「おお!それは良い考えだ」


サイクスは営業スマイルで続ける。


「奥様。うちの店はレンタル衣装もそろえているのです。ただ、あまりまだ有名ではない。奥様が着てパーティーに参加して下さるのなら、うちとしては店の最大の宣伝になるでしょう」


よほど自分のお店の商品に自信があるのだろう。店員の女の子も商い上手で、すぐさま言葉を継いだ。


「うちの店のドレス職人たちは、王室にも負けないようなデザインの素晴らしいものを作っています。まだ誰も袖を通していない、新しい贅沢なドレスです。是非、一番にモデルとして着用してください!」


なるほどとコンタンは頷いて店主にこう言った。


「奥様は、若くて美しい。立派なモデルとして、王都で宣伝できます。それに領主夫人の着たドレスという箔が付いて、こちらのお店も、そしてドレスの人気も上がるでしょう」


店主はコンタンの言葉に上機嫌になり、勢いよく言う。


「勿論お代は結構です!」


コンタンは、うんうんと大きく首を縦に振った。




ドレス作りの殆どを、女性達がやっているらしい。私がドレスを選んでいる間、コンタンはサイクスにその話を聞くことになった。

そして子育て中の女性を雇ってもらえるかどうか、かなり詰めた話をしてくれた。



「これは……シルクね。とても肌触りがいいわ」


「奥様これはレーヨンです。シルクに似ていますがレーヨンは、植物体の中に含まれる繊維の素を取り出し、溶解した後に繊維状に再生した物なんです。人造絹糸とも呼ばれます」


「そんな物があるの?初めて聞いたわ」


鉄鋼業を営む者は、先の戦争でかなりの儲けが出た。

サイクスもその一人で、そこで得た潤沢な資産を使い、兼ねてから考えていた新しい繊維の開発に成功したらしい。そしてその事業を軌道に乗せたようだ。


戦時中は需要がなかったが、戦争が終わった今、皆の贅沢品であるドレスの需要が必ず高まると踏んだ彼は、多くの資産をその事業に投入している。


生地の生産を始めた彼は、主に女性を労働者として雇い入れ、沢山のドレスをデザインし縫製した。店員の女の子の話では、王都に進出し、店舗を持ちたいと考えているという。




「ふふふ。おかしいわ」


「奥様そんなに笑わないでください」


「だってサービスでしょう?ふふ、とても似合うわ」


「……どうぞ、存分に笑って下さい。それで気分がいいなら私はいくら笑われたってかまわない」


拗ねたようにふくれっ面を見せる彼がおかしかった。私より七歳は年上なのに、まるで子供のような表情で面白い。


コンタンはついでだと言われ、店の店員の女の子に男性用のスーツを合わせてもらった。こんなやぼったいヘアースタイルではせっかくの服が台無しだと、その場で髪を切られた。


サービスだと言われ、断る事も出来ずに、仕方なくされるがままの状態になっていたコンタンだったが、出来上がった彼は見違えるような美男子へと変身させられていた。


そして「凄く素敵だわ!」という売り子の女の子に乗せられて、普段着も何着か買わされていた。


「……彼女は凄く商売上手だった」


不服そうにコンタンは一人ごちる。


「ふふふ、そうね。彼女のおかげで、きっとあのお店は繁盛するわ」


私は彼の言葉もおかしくて、また笑ってしまった。


邸に帰ってから、コンタンはガブリエルに『三十路にしてデビューかよ』と言われていた。


聞くところによると、売り子のあの可愛らしい女の子はサイクスの娘さんらしく、今は自分のお店で修業中なのだそうだ。


頼もしい後継者がいて、サイクスのお店は、順風を帆いっぱいに受けて舟が進むがごとく邁進するだろう。



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