第8話 ハンドクリーム


あれから旦那様はマリリンさん親子にできるだけ配慮し、不自由がないように世話を焼いていた。

スコット様の御両親に認められなかったことに彼女がとてもショックを受けている様子だったからだ。


バーナードは早く邸に帰ることができると、アーロンの顔を見に彼女たちの部屋へ向かう。

出産の時もバーナードは彼女と一緒にいたらしく、生まれてきたアーロンのことは、我が子のように愛情を持って見ているようだった。


きっとお優しい旦那様は、スコット様がいない状態での出産だし、不安だろうからとマリリンさんを気遣って傍にらっしゃったのね。

戦地での様子は私にはわからない。

自分がマリリンさんだったらと考えると、きっとその時のバーナードの存在は心強かったと思う。




「王都で人気だというハンドクリームだ」


その日、旦那様は王宮へ出仕していた。帰りに時間があったからと私にお土産を買ってきてくれた。

王都で人気だというハンドクリーム。

飛び上がって喜びたいほど嬉しかった。


「有難うございます。旦那様」


子供っぽいと思われたくなかったので、淑やかにニコリと笑い感謝をのべた。


「赤子でも使えるクリームだそうだ。肌に優しい成分で手荒れにもきくと言われた」


手荒れにも……

自分の手をテーブルの下に隠した。


貴族の夫人とは思えないほど手が荒れている。

アカギレも酷かった。

農地で畑仕事を手伝っていたので仕方がないことだけど、旦那様に見られていたと思うととても恥ずかしかった。


「気を遣っていただいて、申し訳ありません」


旦那様は照れたように首を振る。


「まぁ、アーロンの頬がカサついているから、良いものを探していた。君にもどうかと思ったまでだ」


私は隠した手を膝の上で固く握りしめた。

私の為に選ばれたのではなく、アーロンの為だったのね……


マリリンさん達の部屋には新しい家具や洋服が次々に運び込まれる。

彼女たちは何も持っていなかったから旦那様が好きな物を買うように言われたようだった。

私はそれをできるだけ目に入れないように日々の執務をこなしていた。



「奥様、今日は町の視察へ行かれますよね。新しく執事見習いになった二人もつれていってください。主に町の領民たちに顔を覚えて貰いたい者達です」


モーガンは新しく入った執事見習いを私に紹介した。

一人は旦那様の部隊で共に戦っていた者らしく、旦那様お墨付きのガブリエルだった。彼は剣の腕も立ち、護衛としても申し分ないという理由で、モーガンは私に付けてくれたのだろう。


そして、以前は王宮で参謀事務官をしていたというコンタン。

戦時中は戦略担当官だったという。けれど、防御、防衛に対する持論を強調しすぎて彼は王宮を出されたらしい。

自分の考えをしっかり持ち、安全を第一に考えるコンタンの慎重さは貴重だと思うし、頭も切れる印象だったので信用できると思った。



町の中は活気づいていた。

新しい仕事を求め他の領地からハービスに移り住んでくる者たちも多くいるようだった。


「凄い人出ね。今のままだと住む場所の確保にも困るでしょうから、早急に仮住まいの住居を建てなければならないかもしれないわ」


「ソフィア様、住居の建築に踏み切る前に、まずは道を作るべきです」


コンタンは住まいよりも道路の確保が重要だと訴えた。

話を聞いてみると、なるほど納得だった。


それに道の整備は、建築資材が必要というわけではないので、すぐに取り掛かる事ができるだろう。道を作る事で職業の安定も図れる。

良いアイデアだと思った。


その夜は遅くまで執務室にこもり、コンタンと共に計画を練った。 区画整理は役場に一任しようという話になった。

旦那様が完全に執務に復帰なさる時に、ある程度やるべき事が決まっていれば、彼の仕事も楽になるだろうと私は執務に没頭した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る