第4話 忘れ形見
「マリリンはスコットの恋人で、アーロンはスコットの忘れ形見だ」
彼は険しい表情でそう告げると話を続けた。
彼が言う『スコット』とはバーナードの親友で幼なじみだ。旦那様とともに戦地で戦っていた。
だが彼は半年前に戦死した。その訃報は手紙で知らされていたのでソフィアも屋敷の者たちも知っている。
激戦区となったサギー地方の駐屯地となった町に、彼の部隊は1年ほど駐屯していたらしい。
スコットは町の食堂で働いていたマリリンさんと恋に落ちた。
戦時下の抑圧された環境が、二人の関係をより一層熱くさせ、しばらくしてマリリンさんが妊娠した。
そしてスコットが戦死した三カ月後に、アーロン君が生まれたという事だった。
マリリンさんには身寄りがないそうだ。
「スコットが亡くなった今、彼女が頼れる親類はスコットの両親だけだ。彼らもきっと息子の忘れ形見を大切に迎え入れてくれるだろう」
ソフィアは浮かんだ涙をハンカチで拭った。
ハービスにはスコット様の親御さんがいる。
彼の戦死の知らせが届いた時、屋敷の皆は衝撃を受けた。その時は少しでも残された御家族の方の助けになればと、ソフィアはスコットの実家に足を運び、食事や生活の世話を手伝っていた。
「スコット様の事は残念でした。お悔やみ申し上げます。今もまだ皆も哀しみにくれています」
「ああ。スコットの両親には改めて軍隊長と共に挨拶に行こうと思っている」
バーナードの隊は最前線で戦っていた。ザギー地方は特に酷かった。敵を打ち負かしたとは言え、戦争というものは無傷では終わらない。
「本当に残念でした」
執事のモーガンも哀しそうに頷いた。
「スコットの両親に彼女と子供を会わせるために、まずはスコットの家へ行き、話をしなければならない。彼らは、スコットに子供がいることは知らないからな」
知らないという言葉に皆が驚いた。
戦地から手紙のやり取りはできたはずだ。愛する人と自分の子供の事ならば両親に知らせるべきだったと感じた。
「スコット様の御両親は、お子さんがいることを御存じないのですか?突然の知らせでしょうから驚かれるでしょう」
執事のモーガンが恐る恐るバーナードに訊ねた。
「ああ。スコットは恋人がいる事も、子供の事も知らせていない」
戦時中とはいえ、亡くなる半年前には出会っていたはずだ。なぜ知らせなかったのだろう。ソフィアの頭の中に疑問がよぎる。
現地では教会で誓いを立てることは叶わなかったという。
勿論入籍を済ませているわけでもない。今の状態だとアーロン君は私生児だ。
バーナードは眉間にシワを寄せて苦い顔をした。
「子供ができたことを知り、スコットとマリリンは結婚することを誓い合った。けれど入籍する前にスコットは亡くなってしまったんだ」
「そうだったの……ですね」
バーナードの言葉に頷くしかできなかった。
戦争が落ち着いてから、入籍し子供を作ることもできただろう。
愛し合っているなら尚更、時期を考えなければならない大事な事だ。
やはり予期せぬ妊娠だったんだろうか……
「でも、戦地との手紙のやり取りはできたのではないですか。家族に知らせる事はできたと思います。私の友達の恋人なんて毎週手紙をもらってました。旦那様だって奥様にお手紙を……」
不敬にあたるにもかかわらず、メイドのミラが口に出してしまう。
「マリリン親子は辛い思いをした。スコットが死んでしまった事実はどうしょうもない事だ。まさか自分が死ぬとは思わなかっただろう」
バーナードはメイドにも納得がいくように丁寧に答えた。
「誰にも罪はない。スコットは亡くなってしまったが、その血を分けた子供が存在する事を知ったら、きっと家族も温かく迎えてくれるだろう」
戦争はいろんな事が無茶苦茶になってしまう。
倫理感、物の道理、善悪でさえ分からなくなる。
そう考えると仕方がない事だったのかも知れない。
亡き御子息の子供として、アーロン君に会い、彼の両親が少しでも明るい未来に希望を持って下さればいいけど……
ソフィアは先の見通せない話に少し不安になった。
けれど、戦時下で一人で出産した彼女は沈痛のままここまできたのだろう。その事を考えるとマリリンさんには同情する。
バーナードは隊を率いる隊長だ。責任感の強い彼は、きっと残された彼女たちを放っては置けなかったのだ。
「私にお手伝いできることがあるなら、何なりと申し付けください。ゆっくり休めるように、何か必要なものがあったら気兼ねなく言って下さい」
ソフィアが思いやりのある言葉をかけると「ありがとう」とバーナードは微笑んだ。
スコット様の御家族に受け入れてもらえるまでの間だけだ。そう思い旦那様の考えに反論はしなかった。
メイド長のダミアは主人の決めたことに口を出すべきではないと無言だった。
けれどどうしても言いたかったのだろう。
「……あの赤子は黒髪で瞳の色は黒色でした」
最後にそう呟いた。
スコットの髪は金色で瞳はブルーだった。
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