第2話 【ソフィアside】 帰還 


空は晴れているけれど、春の始まりの風はまだ少し冷たい。

私(ソフィア)はコートの襟を立てた。


長きにわたる隣国との戦争に勝利し、二年ぶりに夫が戦地から帰ってくる。

兵役で戦地へ着いていた息子や夫が戻ってくる事を、家族たちは涙ながらに喜んだ。

領民は平和になったことを祝い、町はお祭りムードに溢れ返っている。


私もまた、帰還してくる夫の帰りを楽しみに待っている一人だった。


私がバーナードに会うのは二年ぶりだった。

結婚して三カ月でバーナードは戦地に着いた。お互いまだ新婚だったにもかかわらず出兵しなくてはならず、嫁いできてすぐに領主の代理として私は仕事を覚えなければならなかった。

右も左も分からない若い娘が領を預かるのは大変な事で、毎日寝る間もなく必死に働いた。

命を懸けて戦地で戦っている主人の為にも、この領地の民たちを飢えさせるわけにはいかないと、必死の思いで毎日頑張った。


私とバーナードは婚約期間もほぼない状態で年齢と家柄のみで急遽決まった結婚だった。


その時私は伯爵家の次女で年齢は二十歳。バーナードは若くして領主となりハービス領を統治する二十五歳だった。



三カ月だけの夫婦生活だったが、領主としてリーダーシップを遺憾なく発揮し領民たちを導き、見目麗しく男らしいバーナードの事を私は好きになった。

思いやりがあり、何もわからぬままハービスに嫁いできた私の事を気遣ってくれた。不器用で言葉足らずなところはあるが、彼の内面の潔さや誠実さを好ましく思った。


二年間という辛い時期を乗り越えて、やっと夫婦としてこれから暮らしていけるのだと思うと感無量で、期待に胸が膨らんだ。

少しでも彼に美しい姿を見てもらいたいと、できるだけ見栄えのするワンピースを身に着けて薄く化粧をし、髪を結った。豪華なドレスは全て売ってしまい、現金化して領地の民の為に使ってしまった。

残っている洋服は実用的な物ばかりになったが、私の美しさは着飾らなくても変わらない。




「奥様!旦那様がお戻りになられました」


軍服に身を包んだ夫が屋敷のドアから入って来る。その姿を見たとたん私の目は涙でいっぱいになった。

実に二年ぶりに見る夫の姿だ。

ハーヴィス領の領主であるバーナードは、黒ぐろとした艶のある髪と同じ色の瞳、彫刻のように整った顔立ちと鍛えられた体躯。誰もが羨む堂々とした姿は、何年経っても記憶のままだ。

私は夫の姿に惚れ惚れする。


愛するバーナードは私を確認すると、彼女に微笑んだ。

長旅で疲れているだろうが、夫は彼女の顔を見ると嬉しそうに「ただいま」と声をかける。


私は溢れ出る涙を抑えることなく、彼の元に駆け寄った。


「おかえりなさい旦那様、無事のご帰還をお喜び申し上げます」


震える声が、会えなかった長い時間を物語っている。


「堅苦しい挨拶はなしだ。ソフィア苦労をかけたな」


バーナード は優しく私の髪を撫でた。


執事やメイドたちも、涙ながらに主人の無事の帰りを歓迎した。


夫は自分の感情をあまり表に出さない。けれど今は妻に会えた事を心から喜んでいるようだ。


表情が変わらない事で、他人から冷たく怖い人だと思われがちなバーナードだったが、本来の彼は領民の気持ちに寄り添い、熱い心を持った思いやりのある優しい人間だった。

そんなバーナードを私も心から愛していた。


「屋敷の事、領地の仕事もみてくれて私には感謝している。長い間、屋敷の皆にも苦労をかけた」


「旦那様こそ大変な任務、本当にお疲れ様でした。やっと戦いも終わったので、これからは穏やかに暮らされますよう私も傍で支えたいと思います」


「ありがとうソフィア。昔のように平和で活気のあるハーヴィス領を取り戻す。皆も今後ともよろしく頼む」


使用人たちにも声をかけ、バーナードは領主らしい言葉で感謝を伝えた。


「旦那様が無事に帰って下さっただけで、私共は大変うれしく思っています」

「領主様が戻られたので、領地も昔のように活気づくでしょう!」


執事やメイド達は喜びの声をあげた。


私にとって屋敷の使用人達は苦しい時を共に乗り越えた同士のようなものだった。

皆が喜んでいることが何より嬉しかった。




けれど、その時はまだ彼の後ろに、小さな赤ん坊を連れた女性が立っていることに誰も気がつかなかった。


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