座席になった話

六散人

【01】

――だりいな。

俺は帰りの電車に乗りながら思った。


隣にはミユキが座って、スマホをいじっている。

頭空っぽのバカ女だが、顔と体はいい。

まあ、そういう俺もバカなんだけどな。


俺は2人分の席を占領して、思い切り足を投げ出して座っていた。

迷惑だろうが何だろうが関係ねえ。

俺はやりたいようにやるだけだ。


「タカシ。あのジジイ、こっち見てるよ」

ミユキが言ったので、その方向を見ると、確かにしょぼくれたジジイが、俺たちをチラチラ見てやがる。


俺たちが優先座席に座っているから、こっち見てやがるんだな。

俺が睨んでやると、ジジイは慌てて目を逸らした。


優先座席だから譲れってか?

アホ抜かすな。

席なんて、先に座ったもん勝なんだよ。

文句あんなら、こっち来て、面と向かって言ってみろ。


俺はついでに周りの連中を見まわした。

誰も怖がって、こっちを見ない。


ああ、気分いいな。

これからもぜってえ、優先座席に座ってやる。

誰か座ってたら、力ずくで退かせてやるからな。


『こいつら、こっちに来るな』

『ああ、間違いなく来るな』

その時、妙にくぐもった声が聞こえた。


――何だあ?

俺は隣のミユキに訊いた。

「今、何か聞こえたか?」

「うん。聞こえたね。こっちに来るとかなんとか」


周りの誰かが、何か言いやがったのかと思い、周りを見回したが、そんな感じでもない。

俺にビビってる奴ばっかりだ。


『声が聞こえてるみたいだぞ』

『じゃあ、近々こっちに来そうだな』

また声がした。


どうやら背中の方から聞こえたみたいだが、そんなはずはねえ。

後ろは座席の背もたれだ。


「タカシ。何か後ろから聞こえたんだけど」

ミユキが怖がって、俺にもたれ掛かってきた。


「んな訳ねえだろ。こいつらが小声で何か言ったんだよ」

俺はまた、周りの連中を一通り睨みつけてやった。


『ビビってるぞ。こいつ』

『じゃあ、こっちに来ても、大して長いこと生き残れねえな』

また声がした。


「何だってんだ。こら」

俺は声にムカついて立ち上がった。

驚いた奴らが、振り返って俺の方を見たが、片っ端から睨みつけてやると、ビビって目を逸らすだけだ。


「ちっ。何だってんだ。まったくよ」

腹立ちが収まらないので、誰か捕まえて殴ってやろうかと思った時、電車が駅に着いた。

俺は腹立ちまぎれに、邪魔な奴らを乱暴に押しのけながら電車を降りた。


***

――イライラすんなあ。まったく。

俺は今日も優先座席に座っていた。

3人掛けの真ん中に座って、足を思い切り広げているので、誰もビビって俺の隣に座ろうとしない。


それはいいのだが、イライラが収まらない。

原因は、ミユキがいなくなったからだ。

ミユキは一昨日から家に帰ってないらしい。

今日学校で、先公に訊かれたが、俺にはまったく心当たりがなかった。


――あのバカ。家出でもしやがったか?それならそれで、ラインくらい寄こせよ。

ミユキにラインしても全然既読にならないので、携帯に掛けてみたが、こっちもまったく繋がらない。

親が電話しても同じらしい。

そんなんでイライラしている上に、学校であれこれ先公に訊かれたのにも腹が立った。


『ミユキはもうこっちに来てるぞ』

またあの声が聞こえた。


なんなんだよ、まったく。

うるせえんだよ。


『お前ももうすぐだな』

その声に切れて立ち上がろうとした時、電車がトンネルに入った。

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